第5話 招かれざる客(2)
車の行き先が確実となったことで、セバスチャンはウィルソンの映像の時にも使った無地の垂れ幕に映像を投影する装置を用い、監視カメラの映像を大画面に映し出した。一つの大きな画面の中に分割された複数のカメラ映像が映し出され、また車が通過した景色を映していた映像はこの場の誰も手を加えずとも順次切り替わっていく。不穏な車の動向を横目に、住人たちはアスティマの提案に耳を傾ける。彼が話した計画に全員が驚きを隠せなかったが、エリカを含め反対する者はいなかった。
会議が終わり程なくしてついにその時が訪れる。屋敷の建つ丘のすぐ下に渦中の車が姿を見せ、数度折り返す坂道をゆっくりと登っていた。じきに正門へと到達するだろう。それを視認したヘンリーとセバスチャンが部屋の扉に向かって歩いて行ったかと思えば壁の前に立ち止まり、行動の意図が分からないアスティマが二人の視線の先を見るとそちらにも何か映像が映りそうな機械があった。
やがてアスティマたちが見ている映像には丘を登り切る車と、そこから降りて来る一人の人物が映った。仰々しく兜と胸当てを装備し、詰め襟の服に身を包んで颯爽とマントを翻す姿はアスティマにとって見慣れたものだったが、現代では時代掛かった装いだろうと感じる。
エイトが突如虚空に向かって「人物を拡大」と発声するとカメラの映像が人物を中心に拡大され、顔立ちや帯剣については分かったが問題の銃は良く見えなかった。件の人物は車体前方の扉ではなく後方の扉から降りて来たので車内にはまだ人がいるだろうが、そのまま一人きりで正門に向かい歩いていた。その騎士風の男が門柱の前に立つと同時に部屋全体にチャイムが鳴り響き、目の前の垂れ幕とヘンリーたちの見つめる画面に門柱の前の映像が映し出された。セバスチャンが壁の機械にある小さな突起を押して語り掛ける。
「こちらはハワード家の執事です。どちら様でしょうか?」
「エレノア騎士団聖騎士ジェラルド・リデフォールと申します。礼を逸した突然の来訪となり誠に申し訳ございません。ヘンリー公にいくつかお話を伺いたいのですが、門を開けていただけますか?」
聴こえてきた男性の声は明瞭だがどこか慇懃無礼にも思える独特の響きがあり、壁の画面に映った顔はにこやかではあるものの腹の内の読めない貼り付けたような笑顔だった。アスティマには聖騎士というのがどの程度の階級か分からなかったが、エストリンがボソッと騎士団の幹部だと教えてくれた。
「ジェラルド様ですね、旦那様に取り次ぎますので少々お待ち下さい」
セバスチャンはすぐ隣にヘンリーがいるにも関わらずそう言った。流石にこちらの様子は見えておらず突起から手を離すと音声も相手には聞こえないらしい。
「ジェラルド卿か、いつかのパーティで顔を合わせたことがあるな。エレノア騎士団で序列五位の騎士だ」
ヘンリーは顔見知りらしく相手の素性を知っていたので、聖教会と騎士団の関係が今一つ分からないアスティマはヘンリーに尋ねてみる。
「例のエレノアの正体を知る可能性は?」
「低いかと。騎士団で知る者がいるとしても総長のみ、甘く見積もって序列三位まででしょう。そこまでが聖教会の司教に相当する地位で、五位だと司祭相当だったと記憶しています」
聞いたところ組織体系はアスティマが表向き所属したアルテナ聖堂騎士団とそう変わらないようだ。教会に属する騎士団は騎士修道会とも言われる通り団員が修道士でもあるのだが、修道士より地位の高い助祭、司祭、司教の位階は通常は騎士には与えられない。
「司祭相当なら大したものだが、所詮はただの猟犬か‥‥‥」
アスティマに説明を終えたヘンリーはセバスチャンに語り掛ける。
「居留守なんて使ったところで向こうも葬儀から戻るのを監視して来たのだろうね。セバスチャン、僕が直接玄関で出迎えると伝えて」
「承知しました」
セバスチャンが了承の旨を相手に伝えると、映像の中で巨大な門が一人でに開かれていく。男性は再び車に乗り込み敷地の中へ入った。しかし門から建物までもかなりの距離があり、車を止めるスペースも少し離れているとのことなので騎士たちはまだすぐには来ないらしい。この間にヘンリーは来訪者に関するある情報をアスティマに伝えた。合わせてエリカも自身が知るメダリオンに関した「秘密」を打ち明け、これを受けてアスティマは計画を多少変更した。
「ではヘンリー、手筈通りに。防衛ラインは玄関先、最終防衛ラインはエントランスホール応接スペース」
「はい、武装を理由になるべく玄関先で対処いたします。向こうの態度が強硬または令状を持っていた場合は時間を稼ぎます」
「その場合は即座にパターン・アンヘルに移行する」
その耳慣れない言葉を聞いてエリカが呆れたような顔でアスティマを見つめた。
「パターン・アンヘル‥‥‥作戦名のつもり?アンタ何か楽しんでない?」
アスティマは再び甲冑をまとうと作戦名に文句がありそうなエリカと共にリビングを出て広々とした廊下を歩き、程なくしてエントランスホールに辿り着いた。周囲を見渡して自身が潜むのに適した場所を探す。
やがて吹き抜けになったホールの両端から弧を描く階段が合流する床の真下、二階ギャラリーと柱によって影ができている空間へ目を付け、エストリンにその周辺の照明を落としてもらう。玄関口から向かって右側に応接スペースがあるので、そこから遠い左側の柱の陰に身を潜めた。明かりを消しても方々の窓から差し込む光によってアスティマの影が生じたが、メダリオンの魔力を借りて行使する簡素な魔法でかき消す。これで来訪者が武芸の達人であろうと魔法を使えようと気配を気取られる心配がなく、それでいて入り口での会話が聴こえ何かあった時にはすぐに飛び出せる。甲冑の音が鳴らないように身動きは取れないが、直立不動で待機など騎士には良くあるシチュエーションだ。
エリカの待機位置は正面の扉と応接スペースから死角となり会話が聞こえる場所ならどこでも良かったが、後の演出のためにアスティマの真上、二階ギャラリーから屋敷の奥に続く廊下の際付近にしゃがんでいる。本来ならアスティマからも見えない位置だが、身体に魔力が通っている状態のアスティマは視覚に頼らない周囲の影の把握が可能で、さらに魔力の有無とは無関係に影を見て立体の姿を色まで含め把握する特異な能力があるため、エリカの姿を正確に捉えていた。それを知るエリカはどうせ見ているだろうと言わんばかりに、アスティマに向かってベーッと舌を出した。そしてホールで待ち受けるのはヘンリーとジェシカの二名で執事セバスチャンが騎士たちの出迎えに向かい、子供とメイドたちは周囲にはいない。これもアスティマの指示だった。ヘンリーは例の小さな機械に目を通した後にアスティマに報告する。
「外を掃除しているリンとリラから連絡です、騎士たちが車から降りる際に中を覗いたところ降りてきた七名は全員男性、それ以外に人は乗っていなかったと。私もまだ近隣を警戒していますが別段異変はございません。まもなくセバスチャンの案内を受け騎士たちがここに到着します」
これで必要な情報は揃った。騎士が七名、仮に銃を持っていようとこの甲冑で物陰から懐に飛び込めば仕留められそうな数だが、屋敷に来た騎士を始末したところでハワード家にとっての頭痛の種が増えるだけだろう。そして殺さずに制圧となると今のアスティマにとってはなかなかに面倒だ。
全ての準備を終えたアスティマが周囲の影を知覚しながら息を潜めていると、やがてもう一度チャイムが鳴った。先程とは少し違う音で、館の扉の前に人が来た合図なのだろう。ヘンリーが扉に右手をかざし「解錠」と発声すると両開きの大きな扉が一人でに開いていく。門といい扉といい、アスティマの目には魔法にしか見えなかった。玄関の扉が開け放たれると、まずは騎士の案内を終えたセバスチャンが靴を脱ぎヘンリーの側へと戻る。その間も身動き一つ取らずに扇状に居並んでいた厳しい男たちに向けて、ヘンリーはにこやかに言い放った。
「ようこそ、聖騎士団の皆さん」
ヘンリーに声を掛けられた騎士たちは一礼したが、兜を脱いでいたのは先頭のジェラルドだけで、後ろに控える騎士たちは頭を下げただけだった。
「ご無沙汰しております、閣下。斯様な時期に突然の訪問となり、誠に申し訳ございません。快く迎い入れていただきまして感謝いたします」
話しながらジェラルドもまた兜を被り直す。穏やかに事が済むと思っていない心情が透けて見えるようだった。
「遠路遥々ご苦労様。しかし正直に言うと今日はただでさえ気分が優れないというのに仕事も終わってなくてね。できれば用件はこの場で手短かに話してもらいたい」
ヘンリーは目上の者として接しているが物腰は柔らかい。ただ、穏やかながら相手を威圧するような物言いでもあった。
「承知いたしました、では単刀直入に申し上げましょう。この屋敷には魔族が潜伏している疑いがあります」
なるほどそちらかと、アスティマはそう思った。これは決して想定外の事態ではない、当然ながらヘンリーにとっても同様だろう。
「魔族だって?聖女様の結界に守られたこの土地に?聖教会が聖女様のお力を疑うようなことを言うのは不味くはないかな」
ヘンリーは変わらずにこやかではあるが言葉には多少の棘がある。
「そう言われてしまうと何とも心苦しいのですが、聖女様の結界と言えども構築は800年も前のことですので」
それでもジェラルドは気に障った様子など微塵も見せずに会話を続ける。
「そうだね、それなら是非とも一度エレノア様に当家へお越しいただき結界の確認や再構築をご依頼したいものなのだが。出来得る限りのおもてなしとお礼はさせていただくと、卿から伝えてはもらえないだろうか」
ヘンリーは続け様に揺さぶりを掛けた。聖教会の関係者は今のエレノアを何者として扱っているのか、この問い掛けで少しでも何か分かれば良い、そういう意図だろう。ジェラルドは何食わぬ顔で答えた。
「申し訳ありませんが、聖女様は世の混乱を避けるために人前に姿をお見せにならないもので。私などでは御目通りも叶いませんし、言伝などはとても」
「混乱か‥‥‥活動当初のことに心を痛めていらっしゃるのかな。本来なら人に分け隔てなく接する方だと思うが、どれだけ徳の高い人物ならば御目通りが叶うんだい?ご友人の遠い子孫でしかない私風情では無理かな」
それはもはや挑発とさえ取れる嫌味で、現に他の騎士たちはの表情は険しさを増した。一方アスティマは聞いていて笑いが込み上げて来る。
「それについても私ではお答え致しかねます、人と接する機会が限られるのは聖女様というより教皇や大司教たちの意向かと。さて、手短かにと仰せでしたのに少々話が逸れてしまいましたね。つきましては閣下、この屋敷と敷地内での魔族捜索の許可をいただいてもよろしいですか?」
話が逸れたというよりヘンリーがはぐらかしたが正解だが、こんな言い方をするとはジェラルドという男も良い性格をしていると感じた。それに、聖女ではなくあくまで教会上層部が判断していると暗に責任をそちらに擦りつけた点も見事ではある。話を戻されたヘンリーはポリポリと頭を掻きながら困ったような顔をする。
「いやはや参ったね、卿らを疑うわけではないが守るべき宝が多い家に顔も知らぬ者たちを上げるほど、ハワードの当主は平和ボケしていないんだ。ましてや子供のいる家に武装した者を。魔族が紛れ込んでいても私とセバスチャンがいれば事足りるさ」
ヘンリーは声こそ常に穏やかだが、だからこそ風格がある。少なくとも後ろの騎士の何人かは見て分かる程度にたじろいでいる。
「ふふっ、異なことを仰いますね閣下。堂々とあの車で来て不審な行動など取るわけがありませんよ」
「ハハハッ、ウィルソンのこともあったからナイーブになっていてね。本当はこの家にアスティマ卿の記録が残されていないか探しに来たのではないのかい?」
それは互いに友好を示す笑いではなく明らかな威嚇だった。そして再びヘンリーが仕掛けた。ウィルソンの名前を出した瞬間、数名の騎士が顔がわずかにピクリと動いた。
「いえまさか。そのような意図はございません」
だがジェラルドは敵意も動揺も見せない。後ろに控える騎士たちより仕事ができるようだが、ジェラルド自身の受け答えも多少は迂闊なものだった。
「ありもしないものを探せない、とは言わないのだね」
ヘンリーはすかさず切り込む。
「ウィルソン教授は聡明でご立派な方でしたからね。彼がああ言う以上は私のような者が軽々しく否定は出来かねます」
だがジェラルドも隙を見せない。むしろ一般的には好意的に見られる謙虚な受け答えだ。
「ウィルソンの例の配信か‥‥‥インタビューを受けたあの方までもお認めになってはね」
「私は口を紡ぐ他ありませんよ」
ヘンリーは審問官から見ても話の運び方や会話の間の取り方が巧みで、この食えない男相手にもほんの少し状況を有利に進めていた。ジェラルドはこの場面では「あの方とは?」と惚けるべきで、こう聞き流してしまっては映像に登場したのがエルフの女王だと聖教会が暗に認めたとも取れるだろう。仮にもし全く関わりのない第三者がこのやりとりを見ているとすればそのような印象を与えるはずだ。
「教会は私がウィルソンに情報を提供したのではないかと考えていると風の噂で耳にしたが、ウィルソン失踪後の通信記録や足取りは分かってないのかい?それが分かれば誤解も解けそうなものなのだが‥‥‥」
ヘンリーのその言葉の真偽はアスティマには分からないが、これもまた誘導尋問だと直感した。
「今の所は何も。私には上の考えは分かりかねますよ、このように気の進まぬ任務に駆り出されているわけですからね、立派な社畜という奴です」
「ふふっ、社畜だって?序列五位の騎士がその発言は不味いな」
一見なんてことはない会話だが、ジェラルドの返答は「聖教会がウィルソンやヘンリーについて調べている」事を認めたような形にもなっている。アスティマはこの時代のことに詳しくはないが、先程のヘンリーの話を思い返すとそれを調査すべきは本来なら警察という組織のはずで、聖教会が調査しているのは不自然なのだろう。恐らくヘンリーはこの言葉を引き出したかったのだ。
「どうかご理解いただけませんか。我々とて人に危害を加えたりはいたしません、ましてやハワード家の方に」
「本当に魔族の捜索なのかね、卿に命を下した者の意図するところは。何なら今伝えてみてはどうだい?ヘンリーはイーサン様とアスティマ卿が稽古なさっている御姿を記録した投影機が家にあると言っている、と」
それはヘンリーのアドリブでありハッタリだ。そんなものは残されていないはずだが騎士たちにその判断は付かないだろう。
「ご冗談を」
序列五位の騎士ともなるとやはり一筋縄ではいかない。これ以上話しても明確なボロが出るとは思えないのはハワード家の誰もが感じたようで、ここで今思い出したかのようにジェシカが「あっ!」と声を上げ、胸のポケットにある機械を手に取った。
「ごめんなさい!元々この携帯を使って主人のお絵描き講座ゲリラ配信を始めるところだったのでそのままで‥‥‥今、映ってます‥‥‥」
「なっ‥‥‥!!」
突然の告白にジェラルドのすぐ後ろの騎士とその他数名の騎士が動揺して声を上げた。
「あの、アレクサンドリアで作ってから全く動かしてないアカウントでして、SNSでもまともな宣伝はしていないので観ていた人は少ないのですが」
この辺りの話はアスティマには良く分からなかったが、世界の誰もが映像を観覧できる状態なのはハッタリではなく事実で間違いない。何故ならそれを指示した張本人がアスティマだからだ。実際どれだけの人間が見ていたのか知らないが、これは聖教会の立場が不利になる決定的な発言を引き出し記録することが目的ではない。アスティマの狙いは「ウィルソンの葬儀の日に騎士たちがハワード家を訪れた」という記録を残すこと、世界に向けて今までの会話がリアルタイムで流れたかもしれないという意識を相手に植え付けることだった。この中で今ヘンリーは「アスティマは存在する」という前提で話し、ジェラルドはウィルソンのインタビュー相手がエルフの女王であることを否定しなかったが、どうとでも誤魔化せそうな形でもあったので果たして後々どうなるか。ここでセバスチャンがすかさずジェシカのフォローに回る。
「まぁ奥様、突然の来訪でしたので慌ててしまっても無理からぬこと、騎士の皆様もお許し下さるでしょう。当家の敷地内で旦那様を撮影することが目的であったわけですし」
「あの、皆さん本当にごめんなさいね‥‥‥はい、切りました」
ジェシカはここで配信を終わらせる。これも相手がボロを出さないようならこちらに不利になることを言われる前に終わらせろというアスティマの指示だった。
「いえ、まぁ。お忙しいことを承知でアポイントメントもなく尋ねた我々も悪いのですよ。一つ言わせていただくならば、それほど興味深い配信でしたらきちんと告知してPCから行った方がよろしいかと」
他の騎士たちに比べてやはりジェラルドは落ち着いていた。
「あら、ありがとうございます」
「しかし我々としても誇りある騎士の職務でここにいます。無礼は承知の上でそう簡単に引き下がれなくてですね。なるべく穏便に事を運びたかったのですが」
「おや、何かな?怖いね」
ジェラルドは背後に手を回し丸まった大きめの紙を取り出した。それを広げてヘンリーの前に突き出す。
「ヘンリー・ハワード閣下、あなたには現在エレノア聖教会より魔族隠匿の疑いが掛けられております。我々の捜査にご協力いただけるのでしたら悪いようにはいたしません」
それは国の然るべき機関が発付した令状だろう。先程ヘンリーが「今日になったのは国の許可を得るまでの時間では」と話していたことからも分かるように、当然相手が令状を出してくることはヘンリーもアスティマも予想していた。本来は持っているなら真っ先に提示するものだろうが、聖教会か騎士団がハワード家に対して令状を請求したこと、あるいはアマテラスという国がその要求を呑んだことを世に知らしめたくない者が多く、なるべく提示せず事を進めろと命じられていたのではと、アスティマはそう考えた。
「代行令状か、なるほど。この土地に魔族が侵入したのではなく私が匿っていると思われているわけだ、心当たりはあるね。私が魔人を保護する施設の運営を始めたのは今日昨日ではないのに、なぜこのタイミングなのか大いに疑問ではあるけれども」
「それは私にも分かりかねます、しつこいようですが私は所詮、組織の歯車ですから」
魔人というのはアスティマの時代にはあまり使われなかった言葉だが、当時と同じなら人と魔族のハーフを指す言葉だ。
「これは残念ながら私の手には余る事態のようだね、お手上げだ」
「ご理解いただけましたか」
ヘンリーには不本意であろう言葉を聞いて、ジェラルドは勝ち誇るようにそう言った。しかしアスティマからすれば、如何にヘンリーの地位があれども世界宗教と国家の法律に抗うことは無理があることなど初めから分かっていた。
むしろエストリンから話を訊いていたことで、屋敷に騎士が向かっていると知った時に「魔族が家にいる弱みを突かれる」という考えは真っ先に浮かんでおり、騎士が目立つ車で来たことからもこの状況は想定内だった。もしも相手がこの大義名分を持たずウィルソン関連の聴取に来た場合は、撮影されていた時点で引き下がる可能性も視野に入れて映像を撮らせていたが、どうせそう都合良くはいかないとは思っていた。ここでヘンリーの合図によりパターン・アンヘルが発動される。ヘンリーが「お手上げ」と発言した時は即座に姿を見せるように「彼女」には事前に良い含めてあった。アスティマは影から見る視界によってその人物が動き出したことを知り、人知れずニヤリと笑った。
「あら、お客様はエレノア聖教会の方だったの?」
エントランスホールを見下ろすギャラリーから、突如として玲瓏たる声が響く。誰もが反射的に声のしたギャラリーの中心へと目を向ける。そこに悠然と佇むのは、飾り気のない蒼のドレスを身にまとう女性だった。オパールの輝きを称えた瞳に、蒼穹を思わせる髪は上品に結い上げられている。不思議なことにそれらは、窓から差し込む陽の光を浴びて時折茜色の色彩をも覗かせた。
蒼き麗人は何気ない一言で空間を支配し、その場の視線を独り占めしながらゆったりとした足取りでホールの階段を降りてくる。
「ごきげんよう、騎士の皆様。私は聖ハワード家当主イーサン・クロス・ハワードの名代、アンジェリカ・ハワードと申します。当家に関わるお話でしたら私が伺いましょう」
800年もの時を隔て尚も現代に伝わるその姿、蒼天使と謳われた美貌と気品を兼ね備えた偉人。誰もが知る大英雄アンジェリカの来降を前に、騎士たちは口をパクパクと開けて愕然とし、事前に打ち合わせをした屋敷の住人たちでさえ息を呑む。その中でただ一人アスティマだけが、顔を覆う兜の中で表情一つ変えずに事の成り行きを見守っていた。
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