第4話 大浴場の尋問(2)
アスティマはエストリンの耳元で囁いた。彼女の弁明などお構いなしにハッキリと。それでもまだ彼女に取り乱す様子はない。
「私が‥‥‥魔族?何を仰っているのです?私は門の秘密は存じ上げませんでしたが、このお屋敷に古来よりエレノア様の結界が張り巡らしてあることは伺っております。魔族などが入り込む余地はないと、アスティマ様が一番良くご存じのはずです」
「その口振りだと、この時代では人と魔族が共にいるのは自然なこと‥‥‥というわけでもなさそうだな」
「ええ、それもあなた様は私などより遥かに良くご存知のはず。人と魔族が手を取り合うことなど夢物語だと」
アスティマの威圧的な切り返しにもエストリンはハッキリと答えたが、アスティマは彼女の瞬きからほんの少しの感情の乱れを読み取った。
「でもねぇリンちゃん、コイツ昔は自分の立場を悪くしてまでいつかは魔族との共存を目指すべきなんて言ってた男なんだから、正直に話した方が良いと思うわよ」
「そう、だが言葉とは裏腹に多くの魔族を葬った男でもある。隠すべき事情がないなら、身の安全のためにも真っ先に誰かしらが明かすと思うのだが。この家のメイドたちは魔族だが敵ではないと」
折れないエストリンにエリカとアスティマは揺さぶりをかける。彼女が魔族であろうと構わないが、隠す理由を知りたいと暗に伝える。
「この屋敷には、魔族などおりません。他のメイドたちも歴とした人間です」
間近でエストリンの目を覗き込み、アスティマは言葉による説得を断念する。
「‥‥‥強情だな」
「うっ!!」
アスティマはエストリンに跨ったまま胸元に手のひらを押し当てた。まるで胸ごと心臓を握りつぶすかのような位置に指を食い込ませる。エリカは「アスの手でそれならホントおっきいわね~リンちゃん」と妙な感想を漏らしていた。
「この世界に帰ってきた俺には何も分からなかった。極端な話、人の生活の痕跡があるこの広大な屋敷が無人だった時、爆撃さえ覚悟した。住人と出会した時点で杞憂かとは思ったが、イーサンの末裔という話も世界情勢もメダリオンも‥‥‥信じる根拠はなかった」
「そういう‥‥‥ことですか‥‥‥あなたは審問官、初めから全てを疑って‥‥‥」
「今まで俺が聞かされた話が全て偽りでないことを誰が証明する?この屋敷の住人は確かに門の守人で、断じて監視者ではないと」
「今あなたの側にはエリカ様がおられるでしょう。旦那様があなたの敵対者なら、メダリオンをお渡ししません」
エストリンはかつて世界で最も恐れられた騎士に凄まれても毅然とした態度を崩さず、しっかりと論理的に言葉を返した。
「そうだ、その通りだ。もしも出て来たのがアンジェリカならば俺を欺くための作り物と疑う余地もあったが、この年頃のエリカの人格と容姿を用意することなど第三者には不可能に近い。エリカを見てようやく安心できた」
「アタシのお陰ね、感謝しなさいよ」
エリカは冗談めかして言うが、もしもエリカがアスティマに自分は紛れもなく本物だと教えるためにこの姿で出て来たとしたら。つくづく敵に回せない女だと感じアスティマは苦笑する。
「ヘンリーは俺の敵ではないと証明した。元々疑わしい点が多かったわけでもない。この家の住人は信用に値すると考えて良いはずだった、お前たちさえいなければ」
「つまり、メイド全員が闇の魔力を持っていることについて納得できる理由を提示せよと?しかしそれは珍しくとも決して起こり得ないことでは‥‥‥」
ここまでしてようやくエストリンの声音には恐怖と、ほんの少しの苛立ちが滲んだ。
「別にその理由を説明されたところで俺は納得しない。魔族であることはほぼ確実だと考えているし、お前に関しては種族まで予想がついてる」
「アスティマ様、恐れながら申し上げますが私は人です。あなた様が何と言おうとも‥‥‥」
エストリンはハッキリとした声で言い放った。アスティマの目にはただの保身にも見えなかったが、他のメイドを庇っているのか。それとも、主人であるヘンリーにはアスティマへの敵意はなくとも、人に話すことの憚られる裏でもあるのか。アスティマもまた覚悟を決める。
「そこまで言うなら仕方ない、体に直接聞くとしよう。エリカ、メダリオンの魔力を借りるぞ」
アスティマはエストリンに跨った姿勢のまま上体を起こし、ポケットからメダリオンを取り出す。アスティマの位置はエストリンの胴体を抑え込むマウントポジションではなく脚寄りのため、股間を蹴り上げられないように両脚で強く挟み込む。素早く二人に近付いたエリカはエストリンの背後に回って彼女の上半身を軽く起こし、後ろ手に押さえ付け拘束する。その体格に見合わない力強さに驚いたのか、エストリンが「えっ」と小さく声を漏らした。
「はいはい、これも貸し一つね。ちなみにどっから流し込むつもり?闇の魔力ならより体内の闇に近いところが良いと思うけど。ついでに想定される正体を考えたら、やっぱアソ‥‥‥」
「頭には穴が多く空いてるが万一にでも脳に後遺症が出ては困る」
「いや違くて」
アスティマはエリカに取り合わず、エストリンの形の整ったへそに太く逞しい人差し指を押し当てる。
「あっ‥‥‥何です‥‥‥?」
「そこぉ?もっと手っ取り早い所あるけど流石に気が引けるって?良かったわねリンちゃんがデベソじゃなくて、お互いに」
エリカの声を無視し指先に意識を集中させたアスティマは、メダリオンから供給される魔力を己の体内で闇の魔力へと変質させ、エストリンの体に注ぎ込む。それは闇の魔力で肉体を構築される魔族をも呑み込むと言われたほど深い闇の魔力だが、単に魔力を流すだけならば人体にさほど悪影響はなく、魔族には加減さえ間違わなければ栄養となる。つまりアスティマは今、エストリンに栄養を与える意図の行動を取っていた。魔族が人に化けるためには魔力を常にコントロールする必要があるので、このように膨大な魔力を注がれれば本性を晒さずにはいられなくなる。ましてや身体に魔力を注がれるなど、この時代ではあまりない経験だろう。やがて二人に押さえ付けられたエストリンは体をピクリピクリとさせもがき出した。
「何‥‥‥?‥‥私の中に‥‥‥入ってくる‥‥‥黒くて‥‥‥大きい‥‥‥あっ、ダメッ!!はぁぁあっ!!!」
エストリンは体を捩りながら妙に色気のある声を漏らし、エリカは小さな身体に見合わぬ安定感で彼女を抑え込む。
「やっぱり何かこの子いちいち‥‥‥アス、変な気起こすんじゃないわよ」
エリカはそういうが、エストリンのおかしな言葉選びとやたらと扇情的な反応に、アスティマは変な気を起こすどころか失望を抱いていた。己の推測が限りなく正解に近付いていく、それはつまり彼女が嘘を吐いたことを意味するために。
「いけません‥‥‥そんなところ‥‥‥もう‥‥‥入らな‥‥‥はぁっ!!あっ!!んああああああああああああっ!!!!!!」
エストリンの絶叫が響き渡り、溢れた魔力による黒い閃光が迸った後、その背後には翼と尻尾が現れていた。下腹部には淫紋と呼ばれるとある魔族の力の源。そして体の至る所に浮かび上がる魔法印、それは魔法の行使に必要な血管によって描かれた紋様であり、想像よりも数が多い。魔法印の数だけ多くの魔法を素早く使えることになる。
「‥‥‥やはりサキュバスか」
アスティマはポツリと呟く。エリカはエストリンの上半身を後ろから支えて起こしながら観察する。
「魔法印は顔、胸元、下腹部、背中、翼?この量、かなりできるサキュバスね。これじゃあ、この家の男たち全員搾り取られてるのかしら‥‥‥イヤ~ねぇ」
エリカはアスティマが頭に過ぎっても黙っていたことを平然と口にする。この言葉にエストリンは心外そうに肩を震わせた。
「そのようなこと‥‥‥断じてしていません!!私はこの家のメイドです!奥様にもお嬢様にも後輩たちにも恥いるような行いを、どうしてできましょう」
その言葉に呼応するように、エストリンの翼と尾は再び消え、淫紋と魔法印も薄れて見えなくなった。その必死の訴えはアスティマからすると信じたいものではあったが、サキュバスの生態を知る彼にはおいそれと信じられるものでもない。
「‥‥‥確かに、長年サキュバスと共に暮らしているこの家の男が揃って壮健でいるのもおかしな話だ。夜な夜な外で男を漁っているのか?」
「なっ!?そんなことはいたしません!私は人間で、淫魔などではないのです!!」
「‥‥‥だってさ。どういう意味かしらね」
エリカが複雑な心境を滲ませた顔で言う。既に魔族だと露見していて殺意を向けられているわけでもないのに、なぜここまで頑ななのか。エリカの言う通り心中は測りかねる。
「‥‥‥その真意を問おう」
アスティマは左手にしっかりとメダリオンを握りながら、エリカに支えられたエストリンの鳩尾に右手を押し当てた。
「な‥‥‥何をっ」
「別に命を取ろうというわけじゃない、エリカ、魔力にまだ余裕はあるだろうな」
「あるわよ、このくらい大したことじゃないから」
言われてみれば昔と比べあまりにもみみっちい魔力の使い方だと自覚し、アスティマは苦笑する。
「なぁエストリン、俺が知っているサキュバスとお前は確かに違うように見える。だが俺は確証が欲しい」
言いながらアスティマがエストリンの鳩尾から手を這わせ乳房を鷲掴みにすると、エストリンは吐息を漏らし顔を背けた。本人の意思に関わらず男を魅了するサキュバスとここまで触れ合えば、流石のアスティマも男としての本能が多少は刺激される。しかし昔とあるサキュバスとの関係をエレノアに疑われた時の彼女の冷淡な瞳を思い出すと、不思議と感情を上手くコントロールできた。
「ふぐっ‥‥‥!」
エストリンは必死に声を抑えながら、純粋に怖がっているように見える。男との触れ合いを嫌がるサキュバスは見たこともないが、彼女はどう見ても悦んではいない。そんな相手に半ば封印していた忌むべき魔術を使うことは憚れるが、やり通さねばここまでの行動が全て無意味になってしまう。当時とて職務での尋問の際には用いていたが、魔族というだけで若い女をこのような目に遭わせているのは正しい行いではないという思いが、アスティマに重くのしかかる。その憂鬱を飲み下すようにアスティマは彼女の心臓を指差し口を開いた。
「万物に変ずる虚空、手中にあり掴めぬ無限、汝は遥か深淵より覗く隣人」
「メンスアウディオ(その心に問う)」
それは闇の魔術の詠唱、人の心に土足で踏み込む無作法であり、人権の蹂躙だった。もっとも今のアスティマは一目見て他者の心の全てを見通せるわけではなく、その上この詠唱だけでは準備が足りない。アスティマの今までの言動の全ては、彼女の精神を不安定にさせこの魔術を成功させるための布石だった。
「一つ、ヘンリーはお前の正体を知っているか」
第一の質問、当然ながらエストリンは答えないが、この魔術の前に黙秘は意味を成さない。彼女の心の中にアスティマが見た回答はイエス。やはりヘンリーは知っていた。
「二つ、人間にサキュバスとして接したことはあるか」
第二の質問、次に見えた回答はノー。信じ難いことに彼女は嘘を吐いていなかった。
「三つ、この家の人々を家族だと思っているか」
最後の質問、その答えはイエス。三つ目の質問の後にアスティマはエストリンの体から手を離す。アスティマが忌避する力を行使してまで得た答えは最良のもので、胸を撫で下ろすと同時に強い罪悪感に襲われる。その心を見透かすようにエリカがアスティマに向けてニヤリと笑い、それを見たアスティマは無言でエストリンから離れた。
「‥‥‥なるほどねぇ。辛い目に遭わせてごめんなさいね、ハワード家の優秀で誠実なメイドさん。アタシたちはもうあなたをいじめないから安心して」
エリカは謝罪しながら、辛そうなエストリンを支えて長椅子まで連れて行く。アスティマはあられも無い姿でいる彼女をもう見ることはせず、気配だけでそれを感じっていた。
「サキュバスの性への欲求は人間より遥かに強く、理性で抗えるものではない。それが俺の理解だった。だがお前はこの家の者を惑わしていない」
アスティマは背中越しにエストリンに語り掛けた。
「私の心を‥‥‥覗いたのですか?」
エストリンは息も絶え絶えに下を向いたままアスティマに尋ねる。
「そうだ、だが今の質問への回答がイエスかノーか、それ以外は見てない。だから聞かせてくれ。エストリン、お前は己がサキュバスであることに強い嫌悪を抱いているのか?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥私は、いかがわしいことは嫌いです。私は人間で、この家のメイドです。これまでも、これからも」
エストリンは確かな決意を秘めた声音で言い放った。
「辛いでしょうに、多様性の時代かしら」
エリカが気遣わしげに呟き、少し間をおいて「アス、何で後ろ向いてんの?」と聞いてきた。
「本来なら女の肌はじろじろと見るものではないからな、ましてや触れることなど以ての外。申し訳なかった、俺は卑劣だった」
アスティマは目を閉じて振り返り、エストリンたちに近付いた。
「何を‥‥‥‥‥‥」
エストリンの戸惑う声に向けてアスティマは膝を曲げ、床に手を付いて深々と頭を下げる。
「おっ、でた~。アマテラス式最上級謝罪、土下座」
「強さこそ正しさだと信じる俺にとって、本能に抗う強さを持つお前は敬意を表すべき者だというのに、俺はその尊厳を踏み躙った」
焦ったエストリンが椅子から立ち上がり、アスティマの肩に触れる。
「あ、頭をお上げ下さい!!あなたにそのようにされては私の立つ瀬がございません、どうか目を開いて下さい!」
アスティマは頭は上げ恐る恐る目を開く。しかし当然ながらエストリンは今の間に服など着ていないので、目の前に魅惑の胸元が惜しげもなく晒されてしまう。
「そうか?ならお前のその艶かしい肌の表面から内蔵に至るまで全てを俺に曝け出してもら‥‥‥あっ」
「えっ?」
肌に触れたりはしないものの突然おかしなことを口走ったアスティマに慄くエストリン。エリカはそんな二人を呆れたような顔で見ていた。
「あ~あ~情けないわね、ちょっぴりチャーム掛かってんじゃない。ダメよリンちゃん、そんな不用意に近付いちゃ。アスは魅了されないように目を閉じてんの。コイツ強いのが好きだからアンタの話聞いてチャームが掛かりやすくなったのよ。魅了のされ方がやたら気持ち悪かったけど、聞かなかったことにしましょう」
「えっ、あっ!?失礼しました!」
エストリンは咄嗟に両手で体を隠すような仕草をしたが、そんなことで隠れるわけがないのでアスティマは目を閉じる。
「いや、油断した。また怖がらせてしまって悪い‥‥‥。しかし少し気を抜いたらこのザマとは強烈だな、この家の男たちはどうして平気なのだろう」
意識していれば問題ないかと思いつつ、念のため薄目になったアスティマは純粋な疑問を口にした。
「‥‥‥アンタに対しては多分、主人のヘンリーが神様みたいに崇める相手に嫌われることを恐れて、無意識にチャームが強まってたんでしょう」
その疑問に答えたのはオロオロしているエストリンではなくエリカだった。
「わ、私がそのような無礼なことを‥‥‥?あの、どうすれば良いのでしょう」
エストリンはアスティマに詰められていた時よりも焦っているようにも見え、エリカを縋るような目で見つめる。
「嫌われちゃっても良いやって思えば良いんじゃない?それかメチャクチャ嫌いになる」
「うぅむ、賢い」
エリカの素早い返答に思わずアスティマは腕を組んで唸ったが、エストリンはポカンとしていた。
「いえそれは‥‥‥ウィルソン教授の件があってから旦那様にアスティマ様のお話を伺いましたので、嫌うことなど‥‥‥」
エストリンの言葉にアスティマはヘンリーを思い浮かべる。あの様子だと聖堂騎士アスティマの良い面ばかりを強調して話したのだろうなということは想像に難くなかった。
「まっ、少なくとも怖がったらダメね。この家の男たちが平気なのは信頼関係があるからよ、ありのままを受け入れてもらえるって」
別にサキュバスでもなければ魔族に詳しくないはずのエリカの推測は、アスティマの目線でも説得力があった。
「私が信頼しているから‥‥‥?それなら、そちらの方向性で‥‥‥」
アスティマは薄目でぼやけた視界の先でエストリンが自身を見ている気がしたので返事をする。
「いや、現実味がないな。出会ってすぐに胸を揉んでくるような気色悪い男と信頼関係を築けるのは、それこそサキュバスくらいだ」
エリカが「自分で言うの、それ」と呆れたように言う。
「俺だって出会ったばかりで胸を揉んでくる自分より厳つい男がいたら恐怖を覚える」
アスティマがエストリンの心情を慮り何の気無しに言い放った言葉で、不意を突かれたかのように二人が吹き出した。
「ちょっとサイアク!ブライアンに胸揉まれるアンタ想像しちゃったわよ!!」
ブライアンとはアスティマが所属した聖者の影の騎士で、アスティマよりさらに大柄な男だ。アスティマの頭にまで一瞬おかしな光景が浮かび堪らず首を振る。
「言葉に出すな!アイツは華々しく散ったんだ!」
「そんな薄目で真面目なこと叫ばれても‥‥‥まぁ死に目に会えて良かったわね」
エストリンは下を向いてプルプルと震えていた。今の今まで小声で笑っていたのに、急に話題が不謹慎になったせいで笑えなくなってしまったのだろう。
「悪いなエストリン、おかしな話をして」
「い、いえ、私としたことがまた失礼を」
「ていうかいつまでも半裸で話してないで、アンタ匂うんだから早くオフロ入るわよ」
そのエリカの何気ない一言にアスティマは目を剥く。
「入浴を勧めたのはエストリンを他の住人と分断するためのアシストではなく俺が本気で臭かったからと?‥‥‥悪いなエストリン、そんな奴が間近にいて気分が悪くならなかったか?」
「いえ、良いにお‥‥‥私は特に何も感じませんでした。800年も幽閉されていたと思えないほど綺麗なお姿ですし、何もない空間でそれだけの歳月を無事に過ごされたということは、身体の状態が変化しない魔法をお使いなのかと」
「なかなか鋭いな、その通りだ」
そうしてアスティマとエストリンが話している間にも、エリカは一人でスタスタと浴室の扉に向かって歩いていた。肉体がない人間がどうして入浴に一番乗り気なのか、それが分からない。
「さぁ!800年振りのオフロよ!!」
エリカが両手を広げて叫ぶと着ていた衣服が消える。アスティマは手にしたメダリオンとエリカの背中を交互に見つめながら首を捻った。
「‥‥‥服まで己のイメージ次第なら、お湯に浸かるのは気持ち良い事だと思い込めば気持ち良く感じるのか?‥‥‥分からない」
「エリカ様、お待ち下さい!」
アスティマの背後からエストリンが呼び止めるも、エリカは待ち切れない様子で浴室の扉を開け放つ。先に行っても中の勝手が分からないだろうと思ったアスティマが振り向くと、エストリンが下着を脱ぐところだった。エリカを見る時に油断して目を開いていたアスティマは思わず「うっ!!」と大きな声を出しながら目を閉じる。その声でエリカも背後の出来事に気付いたらしい。
「ちょっ、リンちゃん!?何で脱いでるのよ!」
「あ‥‥‥私がご一緒させていただく話も正体を見極めるためのフェイクでしたか?」
その問い掛けに、エリカに代わってアスティマが答える。
「聞きたい話があるからできればいてもらいたいが、この部屋のどこかに水着があるんだよな?いきなり脱がなくとも」
「‥‥‥えっ?はぁあっ!!!申し訳ございません!!先ほどチャームへのご忠告をいただいたばかりなのに!」
エストリンはやはり無意識にやっていたようで、指摘されてから口早に謝った。
「仕方ないわよ、アスが突然プレッシャーを与えたから今は気が緩んでおかしくなったのね」
「お前が先走るから焦ったんだろ。しかしサキュバスのチャームなどあの頃はどうということもなかったのに‥‥‥不便なものだ」
アスティマはエリカに言い返しながら額に手を当て天を仰いだ。
「‥‥‥あの、では一度失礼して着替えて参ります」
そう言うとエストリンは急いでメイド服を入れた篭を手に取りクローゼットに向かう。エストリンを見ないようにしていたアスティマは目を開け、首を上に向けたまま横目でエリカを見た。自身のイメージに合わせて姿を変えるなら、もしかすると黒子などはないのだろうかと些細なことが少しだけ気になったせいだった。
「アンタ、アタシの裸は見るのね」
言いながら体を隠すでもなくただ目を細め渋い顔をするエリカに、アスティマは向き直り特に包み隠さずに答える。
「別にその年頃のお前の姿を見ても‥‥‥自分のイメージで作ってる体なら背中にあった黒子はあるのかと気になってな」
「何、アタシの身体の黒子の位置なんて覚えてるワケ?イヤラシイわね」
「アンはあまり隠さない女だったしガキの頃一緒に水浴びも‥‥‥いや文句があるなら脱ぐなよ。思念体に濡れるも何もないだろ」
「オフロよ?アンタは入浴する時に服着てるワケ?折角だしアンタもそれ脱げば?」
エリカはアスティマの水着を指して指をちょいちょいと下に動かす。
「何も折角じゃないが?エストリンが可哀想だろ」
「そんなに他人に気を遣うタイプじゃないでしょ、いつだってやりたいようにやるヤツじゃない」
「それじゃまるで俺が見せつけたいヤツみたいになるが?」
「え~そうでしょ?リンちゃんの前で脱ぎたそうにウズウズしてなかった?」
「あぁ?むしろお前が勝手に脱がしたんだろ。エストリンが驚いて尻尾を出さないか試したんだろうが、俺が上を脱いだ時エストリンが涼しい顔で目を逸らしたのを見てなかったのか?あの程度でボロを出す相手じゃないのは分かる、浅慮だったな」
「はぁ!?試すに越したことないでしょ?上半身とそのモノじゃ全然違うし!」
エリカは叫びながらアスティマに近付き股間にめり込みそうな勢いで「そのモノ」に向かって指を差してきたが、寸前でアスティマが腕を掴み「おい、やめろ!」と声を荒げる。そのまま二人がやいのやいのと言い合っていると、棚の向こうから「あの‥‥‥」と消え入りそうな声が聞こえた。
「私はあの時からエリカ様にもサキュバスだと思われていたと言うことですか?私‥‥‥そんなにサキュバスに見えますか?」
二人の会話はエストリンにも当然聞こえたらしく、彼女の声音は明らかに暗かった。アスティマはこれはいけないと思考を巡らせる。
「いや、俺たちのような大戦時代の老いぼれは色気のある女を見るとサキュバスだと疑う習性があるんだ。お前自身からはサキュバスらしからぬ純情さが滲み出てる」
「老いッ!?いやまぁ、そうなのよ、そうそう。サキュバスって天下取りかけた時もあったから闇の魔力の気配がする美女ってだけで警戒心がね!年寄りの偏見よ、偏見!」
エリカは明らかに何か他のことを言いたげな顔をしながら一応は話を合わせたが、そう言いながらしっかりとアスティマの脛をゲシゲシと蹴っていた。
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