君だけを救いたい僕と世界を救いたい君の八つの世界線【Ⅲ】

双瀬桔梗

第三の世界線

 手の平に収まるサイズの正方形の箱。それぞれ異なる動物と花が、違う色で描かれた箱が五つ、広い机に等間隔で並べられている。その中の一つ……白いウサギとスズランの模様が入った箱を、おおがみれいはじっと見つめる。


 第二の世界線で自分の首にガラス破片を突き刺した黎は、再び過去に戻っていた。今度は、あまろうがヒーローになる事を止めず、自身も『ヘルト』の開発部のスカウトを受けた。


 ――ろう君は例え自分に力がなかろうと、命懸けで誰かを助けようとする。だったら、戦える力はあった方がいい。


 そう考えた黎は、あまろうがヒーローになる事を今度は止めず、自身も『ヘルト』の開発部のスカウトを受けた。


 ――それから、最初の未来の時よりも、強い力が必要だな……。志郎君が死なないよう、僕がパワードスーツや武器を強化しないと……。


 黎はそう決意し、最初の世界線で侵略者『イレーズ』から盗んだを利用して、新たな変身アイテムを作った。それが、この箱だ。


 最初の世界線で黎はイレーズのを、志郎の死後すぐに辞めていたヘルトへ匿名で流した。だが、後の志郎との戦闘で目にしたパワードスーツが明らかに不完全だった事から、それを活かせる開発者はいなかったようだ。それもそのはず、黎自身もこの第三の世界線で知った事だが、を満たしている者にしかこのアイテムは完成させられないのだから……。


 しかし、その条件を満たしている黎には、イレーズの技術チカラを取り込んだ変身アイテムを作る事ができた。それでもなお、ウサギとスズランの白い模様の……志郎の変身アイテムである箱をじっと見つめ、更に改良できないかと考えている。


――そういえば……どうして異世界からやってきたイレーズが、この世界の動植物について詳しいのだろう。


 思考の過程で、自身が最初の世界線で怪人になる際、体内に取り込んだ宝石にも狼と薔薇が描かれていた事を黎はふと思い出す。能力や攻撃方法もその動植物に因んだものだ。


 その事を黎は一瞬、疑問に思う。だが、メンテナンス室の扉が開いたため、そんな事などどうでもよくなり、この場にやってきた人物……志郎に微笑みかける。


「そろそろメンテ終わった頃かな~と思って来たんだけど……早かった?」

「いや、メンテナンスは終わってるよ」

「いつもありがと。“メンテは”って事は他に何かあったとか?」

「ううん。ただ、もっといろいろと強化できないかと思ってね」

 黎は志郎の変身アイテムである箱を手に取り、使用者本人に渡す。箱を受け取った志郎は、ウサギの模様を空いてる方の手でつつく。


「今のままで十分だと思うけどな。黎クンがパワードスーツとか強化してくれたおかげで、のケガも減ったし、すごく助かってるよ?」

 志郎は他のアイテムに目を向け、皆……同じチームのメンバーの顔を思い浮かべる。


「いや、まだまだ足りない気がする。もっとこう……イレーズを圧倒できる力も必要だろう」

「まぁ実際、そんな力があれば助かるとは思うよ? でもそこは戦闘員が各々、鍛錬を積んで補えばいいし。何よりオレは……黎クンが無理し過ぎて倒れないかが心配だな」

 志郎は箱をぎゅっと握り締め、自分より少し背の高い黎の顔を上目遣いで見つめる。彼の心配そうな眼差しに黎はうれしくなり、にやけそうな口元を引き締めた。


「前線で戦っているに比べれば、これくらい大した事ないよ。一緒に戦えない僕はせめて、の役に立つものを作る事でを守りたい」

「へへ……ありがと」

 黎の言葉に志郎は照れくさそうに笑い、お礼を言う。


 それから他のメンバーの箱も手に取ると、「皆に渡してくるね」と言って黎に背を向けたが……出入口付近で一度、立ち止まる。


「志郎君?」

「あのさ……他の開発部の人達が話してたのを聞いちゃったんだけど。……黎クンが作ってくれたこれ、本来、人間には作れないものだって言ってて。これを作るための知識だって、どこで得たのか謎だって言ってたんだけど……」

 志郎にしてははっきりしない物言いに、黎は“何か勘付かれている”のかと内心、焦る。が――


「それって、皆が知らないような難しい本を読んで、密かにめちゃくちゃ勉強してたりするからとか!? 人間には作れないものを作れるように鍛錬を積んでさ、人一倍陰で努力してるとかじゃないのかなって。だとしたら、オレがぐっすり眠ってる時も黎クンは全然、眠れてないんじゃないかとか、考えてたら心配になって……。ホントのホントに、無理してない!?」


 ――予想外の発言と問いかけに、黎はきょとんとなると同時に、何もバレていない事に安堵した。


 振り返ってまくしたてた志郎の表情は、あまりにも黎に対する心配に満ちていた。ここまで志郎が心配してくれている事に、黎はうれしさを隠しきれず、緩む口元を手で覆う。


「黎クン……なんか笑ってない?」

「いや……志郎君があまりにも可愛い顔で、僕の事を心配してくれてるから……嬉しくて」

「あのさぁ……こっちは真剣に――」

「大丈夫だよ。はしてないから。しっかり眠っているし、全く無理はしていないよ」

 少しムッとする志郎の言葉を遮り、黎ははっきりとそう伝え、穏やかな表情で微笑む。黎本人にはっきり否定された事で、それ以上何も言えなくなった志郎は「ならいいけど……」とだけ返す。


「本当に無理だけはしないでね」

 メンテナンス室を出る直前に、それだけ言うと志郎は今度こそこの場を後にした。


 一人になった黎はふぅと息を吐き、椅子に腰かける。


 黎は志郎が心配するような事は本当にしていない。ただ、ある事に気がつき、それを変身アイテムの開発に利用しただけだ。


 ――時間が巻き戻る事も含め、一体、どういった仕組みかは分からないが……使える力があるなら迷わず活用すればいい。志郎君のために。


 黎は一瞬だけ、左手のみを怪人化させ、ほくそ笑む。


 第三の世界で黎はイレーズと接触すらしていない。それなのになぜか、この世界線でも彼は怪人になれた。その事に気がついたのは、変身アイテムを完成させる最後のピースを探している時だった。


 怪人になれる事に黎は最初こそ、戸惑いはしたが、すぐに探していたピースはこれだと……。変身アイテムを完成させるには、イレーズの……怪人の力が必要だと直感し、利用した。そのおかげで完璧な変身アイテムを作り上げる事ができたのだ。


 ――これで例え、志郎君が最初の未来の時と同じように、あのを庇ったとしても、変身が解けて命を落とす事はない。


 開発部の人間には、出撃場所を指定する権利はない。基本的に司令部やヒーロー本人達の判断で決められる。だから黎はありったけのチカラを箱に込めた。


 これで何も問題ない。そう信じて……。




 ――どうして……どうしてまた……。


 ヘルト本部の地下にある牢獄の中で、黎は一人、頭を抱えている。


 黎が作ったアイテムの数々のおかげもあってか、ヒーロー達はイレーズと互角以上に戦えていた。最初の世界線では命を落としたヒーロー達は志郎を含め、今度は死なずに済んだ。


 それなのに、別の問題が起きた。力を制御できなくなったヒーロー数名が、暴走を始めたのだ。


 力に溺れ、理性を失い、街を破壊し、一般人を襲うヒーロー達。その彼ら彼女らが纏うパワードスーツは、まるで怪人のような見た目に変形していた。


 アイテムを作った黎は当然、ヘルトに対する背信行為を疑われ、この牢獄に入れられてしまう。毎日、尋問をされるが、黎はただ「裏切っていない」と主張する事しかできない。


 ただ一人、志郎だけは黎の潔白を信じている。黎の疑いを晴らすと約束し、力に呑まれ暴走する事なく、いろんなものと戦い続けた。暴走した者は切り捨てるよう命令されれば、他のメンバーにそんな酷な事はさせまいと、自らの手を汚した。世界を……多くの人を救うためには仕方のない事だと、自分に言い聞かせながら。けれども、新たに暴走した同じチームのメンバーには、トドメを刺す事はできなかった。


 少しの間だけ、正常な状態に戻ったメンバーの「助けて」の言葉に志郎は動揺する。それと同時に、今まで手にかけてきた仲間の顔が思い浮かび、彼は刀を手放す。その瞬間、また暴走を始めたメンバーの強烈な一撃を受け、命を落とした、と。


 志郎と同じチームの、唯一の生き残りである青年が黎の元へ伝えにきた。青年は立ち去る直前に、「全部、アンタのせいだ」とだけ吐き捨てる。


 憎しみに満ちたその声と言葉は、黎の耳には入っていない。彼はただ、志郎の死を受け入れられずに、項垂れている。


 それから暫くして、顔を上げた黎は虚ろな目で左手だけを怪人化させ、その鋭い爪で自分の首を掻き切った。


 ――次こそは……志郎君を……必ず……


 薄れゆく意識の中、黎は最期まで、志郎が生きている未来だけを想像していた。


【第二の世界線 終】

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