クトゥルーの箱

船越麻央

 大いなるクトゥルーへ

 私の部屋の机の上に置いてある小さな木箱。実家で親父の遺品整理の際、発見して持って来たモノだ。木箱の上蓋には、月桂冠をいただく美しい若者の頭部が彫られている。15センチ四方ほどの大きさで、オルゴールかと思ったら中身はカラだった。


 私はなんとなく捨てるに忍びなく、持ち帰ってしまった。木箱はそのまま机の上に放置して、しばらくは何事もなかった。ところが……。


 その日の深夜。私は何か異様な気配に目を覚ました。窓の外はゴオゴオと風が吹き荒れていて、遠くで犬の鳴き声が聞こえる。それに……玄関ドアをドンドンと叩く音がするような……。


 こんな夜中にいったい何だ。


 私は寝床から起き上がると部屋の電気をつけた。つかない! すわ停電か? 私は手探りでスマホを探して、そのライトを頼りに非常用の懐中電灯を見つけた。


 私は懐中電灯で周囲を照らした。とりあえず室内は異常なし……いや……少しおかしい。


 机の上の例の木箱。その木箱の中から何やら唸るような、呪文を唱えるような奇妙な声がするのだ。


「ふんぐるい・むぐるうなふ・クトゥルー・ルルイエ・うがふなぐる・ふたぐん」


 私はその不気味な声に引き寄せられて、机の上の木箱を手に取った。先ほどの呪文が一段と大きくなる。私の周囲は異常な冷気に包まれた。


 私は木箱の上蓋を開けた。すると……今度は違う声がした。


「ああ、汝、死して横たわりながら夢見るものよ、

 汝のしもべが呼びかけるのを聞きたまえ。

 ああ、強壮なるクトゥルーよ、わが声を聞きたまえ。

 夢の主よ、わが声を聞きたまえ。

 ルルイエの塔に汝は封じこめられしも、

 ダゴンが汝の呪わしい縛めを破り、

 汝の王国が再び浮上するであろう。

 深きものどもは汝の秘密の御名を知り、

 ヒュドラは汝の埋葬所を知れり。

 われに汝の印をあたえたまえ、

 汝がいずれ地上にあらわれることを知りたいがため。

 死が死するとき、汝のときは訪れ、

 汝はもはや眠ることなし。

 われに波浪を鎮める力をあたえたまえ、

 汝の呼び声を聞きたいがため」


 私は戦慄に凍りついた。


「ルルイエの館にて死せるクトゥルー夢見るままに待ちいたり、されどクトゥルー甦り、その王国が地球を支配せん」


 私は発狂した……らしい。


「ふんぐるい・むぐるうなふ・クトゥルー・ルルイエ・うがふなぐる・ふたぐん」


 


 

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クトゥルーの箱 船越麻央 @funakoshimao

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