不運な男たち
白菊
ドライバーとハサミ
ある年の真夏。土曜日、快晴。夫は同僚から電話を受けて職場まで、妻は日用品を買いに出かけていた。空いた家はこの夫と妻を待っていたわけだが、哀れなことに玄関扉はあらぬ道具を夫婦のどちらかの持つ鍵と誤認して闖入者を受け入れた。
その家は敷地のありとあらゆるところから金の匂いがした。男はそこに人の気配がないのを知ると、白昼堂々、敷地に踏み入った。愛用の仕事道具で玄関から家の中に入った。庭では大きく開いたユリが甘い匂いを振り撒いていたが、玄関ではなにやら芳香剤か消臭剤が柑橘系の匂いを発していた。
男は丁寧に靴を脱いで廊下に上がった。
家はこうして詐欺に遭ったばかりでなく傷害にまで遭った。リビングの窓ガラスを破られたのである。カーテンの足元に破片が散った。哀れな窓ガラスは乱暴に作られた穴に腕を突っ込まれて鍵を開けられた。この窓ガラスにはこういうときに代わりに助けを求めてくれる相棒がいるが、あいにくなことに数日前から、警報器に声をあげるだけの電力がない。深夜の真っ暗な沈黙に充電切れを知らせてからこちら、ただ黙って充電を待ちながら窓ガラスに張り付いているのである。
開錠されて右に引かれれば、窓ガラスは抵抗なくサッシの上を滑る。家は窓ガラスのなくなったところから、ひどく散らかったリビングの中に男を飲み込んだ。
彼がリビングの散らかりように呆然としたときである。窓から入った盗っ人は玄関から入った空き巣と鉢合わせた。
「ああー!」
空き巣の声に驚いて盗っ人も叫んだ。互いに黙ったあとは盗っ人が空き巣の存在に驚いて叫んだ。その声に驚いた空き巣がつづく。
空き巣は盗っ人を指さす。「な、なんだお前は!」
「お前こそなんだよ!」
「空き巣だよ!」
盗っ人は片腕を広げた。「散らかしすぎだろバカ!」
「おれは今入ったんだよ!」
「じゃあこの惨状はなんだよ!」
「知るかボケ、先客でもいるんだろ」
ぞくりとした。「こ、怖いこと言うなよ、」盗っ人は腰からボールチェーンでぶら下がった携帯バサミを引き抜いた。「こ、殺すぞ」
「静かにしろ、まだ先客がいるかもしれないだろ」空き巣は舌打ちして乱暴に頭を掻いた。「くそ、山分けだ、金目のものを探せ」
「はあ? んな暢気なことしてたら殺されちまうだろうが!」
「収穫があれば逃げられる。死にたくなけりゃ金目のものを探せ。まだ残っているかもしれない、早くしろ」
「嫌だね、おれは死にたくない。勝手に死にやがれ!」空き巣に向けた服の背面を掴まれた。なにかがちくりと首を刺す。空き巣の仕事道具のごく小さなドライバーである。
「だめだ、お前はおれの顔を見た。逃しはしない」
「バカ、警察になんて言えってんだよ、盗みに入ったら別のがいましたってか」
「お前はそういう奴だ」
「お前におれのなにがわかるんだよ」
「とにかく付き合え」
盗っ人は空き巣の手を振り払うとハサミを突き出した。「わかったからおれに近づくな」
空き巣は目を細めた。「逃げたら殺すぞ」
「こっちのセリフだクソ野郎」
◯◯◯
結局なんの収穫もなくリビングに戻ったときである。今度は女と鉢合わせした。男二人と大差ない長身な女である。
女は膨らんだ袋を持っていた。二人を見ると穏やかに微笑した。「まあ、主人のお友達?」
女はダイニングテーブルらしい、ものが散乱したテーブルに袋を置いた。なにやら食材が出てくる。
「そちらの方はまず靴をお脱ぎになって、散らかってますけど、まずはソファにでもお掛けになってくださいな」
女の口が出したのは感じのいいやわらかな声、女の手が袋から出したのは、ビニール紐、ガムテープ、結束バンド。
不運な男たち 白菊 @white-chrysanthemum
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