第13話

 今日は、何もできなかった。


 今日は、何もできなかった。


 今日は、何もできなかった。


 その一文が、私を狂わせる。


 仕事をしていない分、何かをしていないといけない心地になるのである。


 いけない――というのは、駄目だということである。

 

 駄目。

 

 幼い頃、散々両親から言われてきたことだった。

 

 お前は駄目。

 

 弟を見習え、と。

 

 弟は優秀である。

 

 弟という成功例をもって、自分たちの教育が間違っていないと証明したかったのだろう。


 私は、駄目である。


 そんな固定観念を植え付けられて育ったからか、私は自分が何かしていないといけないような、強迫的な何かを抱くようになった。


 何かをしなければ。


 何か、集団のため、社会のために、行動しなければ。

 

 そう思うけれど、身体も心も、言うことを聞いてくれない。


 病院の先生も、週一で訪問する看護師の先生も、「今は休むとき」だと言っている。

 

 しかし私は、そうは思えない。


 仕事を辞し、生活保護を受けながら、病気の療養に尽力していても、「申し訳ない」「人々の税金を私のために使うくらいなら、私は死んだ方が良いのではないか」「もっと私より、生きているべき人間がいるのではないか」と思ってしまう。

 

 私は、そういう人間である。


 まあ、だからといって死ぬことができないというのも、事実である。

 

 職を辞して、貯金が底をついて、家賃の更新料が払えなくなって、市役所に行って保護を申請した時が、ついこの前の頃のようだ。


 あの頃は、必死だった。


 このままでは死んでしまうと思って――生きようと思っていた、のかもしれない。


 しかし今は、違う。


 私は、生きていてはいけないのではないだろうか。


 次第にその考えが、私の中を浸蝕してくる。

 

 五月の中旬の話である。




(続)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る