今日もどこかで人は死ぬ。

なんでみんな頑張るの?

無題。

「えっ…、あっ…」

「えぇ…?」

 軽い怖気の次に来たのは面倒臭さだった。

 2月。木曜日。18時。帰宅ラッシュ。満員電車。弱小バトミントン部の補欠として部活動にひぃこら取り組んだヘロヘロの身体を、全周、おっさんリーマンでギュウギュウにされていた、その時。

 慌ただしい車内アナウンスが、次の駅で、電車と人が接触する事故があったと連絡した。

 …ミョーに今の駅での停車時間が長いなーと思ってたら、それだったんだ。

 私は、周囲の動揺の中、事故が、アナウンスの述べる程度の可愛いものなのか、それとも、暗に示さなければ受け入れられない程痛ましいものなのか、どっちなんだろうとぼんやり考えた後、後者だった場合のことを考慮して、心の中でナンマンダブを唱えた。


 車内から、少しずつ乗客が減りつつあった。

 ギュウギュウのギュウで、このままジュースになっちゃいそうだった我が身が、徐々に自由を取り戻しつつあった。

 2回目のアナウンスで、発車までしばらくお待ち下さいと伝えられた時、殆どの乗客が車内から去った。

 木曜日、18時、帰宅ラッシュだというのに、長椅子一本を独占できるほど、車内はガラガラになった。

「おぉ〜…」

 軽く、感嘆が漏れた。

 目の前には、意地でもこの電車で目的地に行かんと、優先席の端っこにふんぞり返るおじさんが一人だけ。

 この車両の支配者は、私と、おじさんだけ。

 私は、ドキドキしながら長椅子の真ん中に座った。

 そして、私は、人としてあるまじき行為…、『隣の座席に自分の荷物を置く』をやってみた。


 …結局、培ってきた社会性が勝ってしまって、私のリュックは、間もなく私の膝の上に置かれた。

 背を丸め、リュックにあごを乗せて、へにょっとしていると、3回目のアナウンスが流れた。1回目、2回目と同じ内容に加えて、振替輸送を行っていることが伝えられた。

 ショージキ、振替輸送?とかよく分かんなかった。スタスタと電車を降りていったベテランリーマンたちに比べて、私は汗臭さも人生経験も足りなかった。

 だから、車内に残る私は、仕方なくふんぞり返ることにした。具体的には、はしたなく脚を組みながら、イヤホンでご機嫌な音楽を聴くことにした。

 いやぁ、スカートの下にジャージ履いてて良かったー。なんて、冬場に100万回は思ったことを改めて思いながら、私はスマホの音量をMaxにして、重低音に心を揺さぶった。


 …が、10分もしない内に、私の肩を車掌が揺すった。

 この電車は回送になるので、降りてください、とのことだった。

 私は、降りたこともない謎駅に放り出された。

「どこ…、ここ…?」

 困った。

 振替輸送とか、どうして利用したら良いか分からない。駅員に聞くのは…、なんか恥ずかしい。

 私は、駅構内をウロウロした挙げ句、何を血迷ったのか、改札から外に出てしまった。


 私は、切符売り場で路線図を見上げた。

 ここから家まで、他の電車でどう帰ればいいのか知りたかった。

 けど、何をどうしても、物凄く遠回りをしなければ、家の最寄駅には辿り着けそうになかった。

 ならバスを…、知らない土地でバスに乗るなんて、怖いこと、私には出来なかった。

 私は、泣く泣くお父さんに電話した。

 事情を話すと、お父さんは、今から会社を出て、迎えに来てくれると言ってくれた。

 私は、駅前の歩道で、知らない町の風景に気圧されながら、本当にお父さんが来てくれるのか、心をか細くして待った。


 外気の寒さで全身がヒリヒリし切った時、お父さんの車は私の前に停まった。

 外は寒いから、どこか店に入っててくれたら良かったのに、と、お父さんは言った。

 そんなに沢山お小遣い貰ってないよと愚痴ったら、お母さんには内緒だぞと、5000円もくれた。

 やった。日曜日にCD買いに行こ。

 その後、私は助手席のシートに身体をへばらせながら、急に人身事故のアナウンスが流れたこととか、待ってたんだけど、結局、回送電車になっちゃったこととか、泣く泣く電話した時にも話したことを、改めてお父さんに喋った。

 大変だったなぁ、と、お父さんは言った。不景気だからなぁ、とも、お父さんは言った。

 人は、不景気だと死ぬのかぁ、と、私は一つ、賢くなった。

「今日は、お母さんが友達とご飯食べに行ってるから、僕たちも外食で済ませよう」

 そうして、車は、家の近所にあるファミレスに停まり、私は、ハンバーグを頬張った。

 ただのハンバーグではなかった。それは、登下校中、店の前を通る度に嫌でも目に入るのぼりにあった、季節限定の、きのこと煮込みハンバーグだった。

 私は悲願が叶った物語の主人公のような気分で、これを食い散らかした。ついでに、お母さんと一緒だと絶対に頼ませてはくれないドリンクバーもアホみたいに堪能した。


 私は、ほわんとした感覚に包まれながら、再度、助手席に背もたれ、いつもなら時速4kmで流れる通学路の景色を、時速40kmで眺めた。

 たまには、こういう日もアリかな。

 私は、ハプニングが続いた今日一日を思い出しながら、そう思った。

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