第2話 おいしすぎるおかし
お屋敷の玄関では執事服を完璧に着こなしたロマンスグレーの男性が、その後ろにはメイド、フットマンがずらりと数十人居並んで寸分の狂いもなくそろったお辞儀をしていた。
こんなに人間を召し抱えていられるということは、もしかしなくても相当なお金持ちなのだろう。
「セバス、お客様をお連れしましてよ。おもてなしを」
「おかえりなさいませ、お嬢様。承知しました。」
本物の執事とメイドさんだ!と己のボルテージが上がってくるのがわかる。落ち着きなく彼らをチラチラと盗み見てはそわそわする挙動不審ぶりを発揮していると、どこをどう歩いたのか記憶のないまま天使に先導されて応接室に通されていた。
はっとしたころにはシックな柄でふかふかのソファーに腰かけており、目の前にお紅茶(あえてお紅茶と言おう)が給されたところだった。
「ああありがとうございます…。」
挙動不審をしていた恥ずかしさと恐縮さで縮こまっていると、向かいに腰かけた天使が私にほほえみかけていることに気づいて胸の鼓動がおかしな程高鳴る。
「あの、あの、なにかおかしなところでもありましたか?」
「いいえ、おかわいらしいと思っておりました。」
「いやいやいや、私なんか…!クリスティーナ、様?こそお美しくて可憐で…」
思ってもみなかった言葉にたじたじになりながらも、自分から見た少女がいかに素晴らしいかを筆舌尽くそうとするが、少女が食い気味に前のめりになってきた。
「ティーナとお呼びくださいましな、ユミさま」
「え…ええっと…」
語尾に音符でも付こうかという程に上機嫌な少女はなんと愛称で呼べという。
ニコニコの笑顔がさらにまぶしくなる。直視できず視線をさまよわせながら覚悟を決めた。
「ティ、ティーナ?」
「はい、ユミさま。あ!そうですわ、お茶菓子はいかが?」
というが否や、特に合図も出していなかったというのにメイドさんが入室してきてお茶とお菓子を配膳してくれる。もちろんお嬢様のお茶といえばついてくる3段のスタンドもあった。こんなの実際に見るのはもちろん初めてである。
それぞれ小さくて一口サイズに作られているのに、装飾は繊細に施されていて口に入れるのがもったいないと言わざるを得ない。
「わぁ…!お嬢様ティータイムだ…!!」
「アフタヌーンにはまだ少し早いですけれど、甘いものがあったほうがユミさまも落ち着けるかと思いましたの。どうぞお召しになって。」
「ありがとうございます!でも食べるのがもったいないくらいきれいですね…!」
お気になさらすどうぞ、とさらに進められては、目の前で誘惑してくるお菓子たちを断るなどできはしない。なぜなら甘いものには目がないからだ。
まずはお茶を一口いただく。口に含んだ瞬間、口腔内いっぱいに芳香が広がる。いつも飲んでいる紅茶と全然違う。何が違うかといわれると難しいが、気分が落ち着いてくるところをみると、鎮静効果のあるハーブティーのようだ。
続いて本命のお菓子をいただく。ひと際目を引くのは、美しい彫刻のような飾りを施されたピンクのケーキだ。誇張なく一口サイズだというのに、近くで見ても繊細に、優雅に飾り付けられたことが判る。分かってしまう。もったいないとは思いつつ、一息に口に含んで咀嚼する。
「……!」
私の一挙手一投足に注目していたティーナにはクスリと笑われたがこの際気にならない。
おいしい。おいしすぎる。筆舌に尽くしがたいおいしさだ。自分にこのおいしさを形容する語彙力がないことが悔やまれる程においしい。
「お口にあったようでよかったですわ。」
「…!……!」
このおいしさを伝えたい気持ちと、まだ口の中で味わっていたい気持ちがぶつかり合い、声にならない声をあげるが、まだ口に入っているためお行儀悪くてしゃべれないという難しい心境に陥ってしまった。口の中からなくなってしまうのが惜しくてたまらないが、いやいやをしてもその瞬間はやってくる。
「はぁ…。とってもおいしいです…」
「フフフッ。まだいくつもありますわよ。遠慮せずどうぞ」
「いただきますッ」
それからというもの、目の前の少女に構うことも、会話に花を咲かせるということもせずに、ゆっくりじっくり味わいながら食べ進めていった。我ながら甘いものに目がなさすぎではないか、とも思考がよぎったがすぐに霧散する。それもこれもお菓子がおいしいのがいけないのだ。
「ユミさま、ユミさま」
「はへぇ?」
無我夢中でお菓子を食べ進めている私に誰かが呼びかける声が聞こえて、顔を上げれば向かいに座るティーナだった。はしたなかったな、と考えたとたん、頬が熱くなった。
「兄が到着したようですわ」
「んくんく…えっと、アレックスさん…でしたっけ。」
自分たちがこの屋敷に到着してからそう時間は経っていないはずだが、もう到着したというのであれば、実はさっき自分がへたり込んでいた場所はここからそう遠くないのかもしれない。
名残惜しいがいったんお菓子から目線をそらす。
それと同時に入り口が開かれて、先ほど会った王子みたいな男性が入室してきた。
「やぁレディ達。待たせてしまってすまないね。」
「大丈夫ですわ、お兄様。私、ちっとも退屈などいたしませんでしたの。ユミさまも、我が家のパティシエの腕をお気に召したようで…。」
「はい!大変おいしかったです!」
「そ、そうか、それは何よりだ。ユミ殿が一息ついたのならそろそろ本題に入ってもよさそうかな?」
「は、はいッ!大丈夫です!」
本題、そういえば本題というものがあった。見ず知らずのお宅で供されるお菓子に狂っている場合などでは無かったのだ。あぁ、だがまだまだスタンドの上にのったお菓子たちが、私を呼んでいるような気がしてならない。
「ユミさま?もちろん召し上がりながらで大丈夫ですのよ」
未練たらたらな私の思考を、ティーナに読まれてカッと頬が熱くなった。
恥ずかしい姿を晒してしまっているが、ティーナの表情を伺うに顰蹙を買ったわけではなさそうなのが救いである。
ではお言葉に甘えて食べながら聞くことにしよう。
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