アラサー女ですが、異世界召喚されちゃったので好きに温泉掘ろうと思います。

白玉わさび

第1話 よくあるあれ

記憶がはっきりしていたのは、飲めもしない日本酒を無理やり一気のみさせられたところまで。

そのあとは断片的にしか覚えてない。

揺れる視界。側溝に吐瀉物。眩しくて直視できなかったライト。強い衝撃と浮遊感――。


やっぱり、忘年会なんてものには参加するべきじゃなかったな。という思考がよぎったのが本当の最後。


 今、私は、大自然の中でへたり込んでいます。



1・よくあるあれ




えぇと。いったん整理しよう。

私は誰だ? 末舞 癒観(まつまいゆみ)だ。

ここは何処? 昔CMでみた、屋久島みたいな大自然の中に蹲っている…。

ここにくるまでの経緯は……。

「眩しい光と浮遊感、それから…だ、だめだ思い出せない。」

私には、無意識で歩き回るような、夢遊病やその類はなくて、これと言った持病もないところが取り柄だった。

そうだ、カバンにスマホが入ってないかと探してみるが、なんとカバンがない。

「え!?まじで!?カバンがないのはマズいですよ!?」

慌てふためきながら立ち上がって、自分の周囲からあちらこちらへとカバンを探し回るが、結局は見つからなかった。

「大自然に、手ぶらのアラサー女が1人…カバンも無ければスマホもない。どうやってここにきたのかも記憶がない…これはもしや…」

私の脳内にある仮説が思い浮かんだ。

最近流行りのラノベやアニメである、アレ。

「異世界召喚って…やつですか…?」

3拍しっかり深呼吸してから己に突っ込むハメになった。

「いやいやそんなまさかね!ラノベじゃあるまいし!はははは、はは…」

まさかすぎる脳内の思考についていけず、一旦笑ってみたものの、ぼっち、手ぶら、記憶なしの三役満揃ってるこの状態ではなにをどうやっても現状を調べることすらできないと悟る。

周囲を見渡してみても木、巨木、岩、岩、木、木、巨木…。

ふと、視線を下げてみれば、なにやら石を組み合わせて複雑な模様を形作っている丸い床に立っている事に気づいた。

複雑な模様は中心から同心円状に広がるように描かれているが、到底解読出来そうもない記号がズラァっと並んでいる。

どこかで見たような気がするが、これは…。

「魔法陣…?」

「まほーじんってなんですの?」

「魔法陣といえば、古今東西魔法をロジカルに実行するための…ってうわぁ!?」

ぼっちだと確信していたはずなのに、背後から声をかけられて飛び上がってしまった。

振り向くとそこには、天使がいた。

くりっくりのヘーゼルの瞳、つんと控えめに上向いた鼻、ぷっくりとして思わず吸い付きたくなるような唇。それらが神がかった黄金比で小さな顔に配置されている。

さらに、フワッフワのウェーブのかかったブロンドはふわふわなのにツヤツヤ、木陰だというのに天使の輪をはっきりと作り出していた。

さらにさらに、真白フリルのワンピースドレスをふわふわ揺らしながら、後ろ手を組んでこちらを見下ろしているその姿は正に、はっきり申し上げて。

「え、天使…?」

「?てんし…?ねぇあなた、どうしてそんなところに座ってらっしゃるの?」

口を開いてまろび出てくる声音は甘い綿菓子のように両の耳をとろかせる。

「あぁ、声まで天使…じゃじゃじゃなくて、ああああの、初めまして、あの、実は独りぼっちで途方に暮れていまして…ッ」

自分でも落ち着けとは思うが、初対面の人になんて話しかける事が少ないのだ。ましてや外国人とのコミュニケーションだなんて…ん?外国人?

「あなた、落ち着いて?大丈夫ですわ、もうすぐお兄様達がこちらにいらっしゃるもの。」

120%日本人ではあり得ない欧風のご尊顔から発せられる言語はどう聞いても日本語だった。

「天使様は日本語がお上手なんですね…?」

「ニオンゴ?ニオンゴとはなんですの?あなた、さっきから私の知らない事ばかりおっしゃるのね。面白いわ。」

眼前の天使はそう言いながらコロコロと笑う。私も釣られてヘラリと笑う。

「わたくし、クリスティーナ・ディミクレオと申します。あなたのお名前は?」

「あっ…どうもご丁寧に。末舞癒観と申しますーー」

「ティナッ!無事か!?」

自己紹介をしようとした瞬間に、木々の向こうから突然の大声が響いた。

驚いてそちらを見ると、白馬にまたがる恐ろしく顔のいいTHE・王子様。

緩いウェーブの長い髪をうなじで結わえて前に流し、堀が深いのにぱっちりとした碧眼を剣に歪めながらも手綱を器用に操り木々の間を縫って来る。

「あら、お兄様。遅いのではなくって?」

「無茶を言うな。ティナの魔法に追いつくことはさすがに無理があるだろう。」

容姿と会話の内容から、おそらく兄弟なのだろう。兄は20代半ば、妹は10代半ばから後半といったところだろうか。妹はにこやかに話しかけるが、兄はどこか不服そうだ。

そんなことよりも聞き捨てならない単語が聞こえた。

「魔法…?魔法があるんですか!?」

いろいろと条件が出そろっている。答え次第によっては、当初の自分の予想が当たってしまうが…。

「あぁ、あなたが…。ようこそわがディミクレオ領へ。聞きたいことはいろいろあるだろうが、まずはわが屋敷へ案内しよう。私はアレックス・ディミクレオだ」

「は、はははい…。末舞癒観と申しますぅ…ユミがファーストネームですぅ…」

兄のほうはべらぼうにいい顔をこちらに向けたかと思うと、にっこりと人好きのする笑みを投げてよこした。破壊力がありすぎて困る…。

「ユミさまとお呼びしてもよろしくて?お手をどうぞ」

「あ、はい、ユミでもマツマイでもマイマイでもなんとでもどうぞ…ありがとうございます。」

天使が手を差し伸べてくれるのを拝借して、ようやくのことで立ち上がった。

「ではお兄様、わたくしたちは先に帰っておりますわね。道中お気をつけて。」

「あぁ。また後で会おう」

はてな、と首をかしげる。この天使は馬で来た兄らよりも先に移動できる手段を持っているのだろうか?そう考えた瞬間ぐらりと世界が揺れた。

「ひゃっ!?」

めまいか、地震か、と身構える。揺れついでに気分も悪くなってきた。

「ユミさま、大丈夫ですわ。屋敷につきましてよ」

「え…?えええーーー!?」

天使も乱心する時代なのか、と怪しみながらそろそろと目を開けると、周囲はさっきまでの薄暗い森の中ではなく、ヨーロッパ貴族のお屋敷風庭園になっていた。

これはもしや…否、もしかしなくてもあれなのでは?自分が今まで住んでいた土地、ひいては惑星上で、架空の存在だったあの…!

「ま、魔法だーー!?」

気づけばまだ手をつないだままだった天使は、慌てふためく私をみてコロコロと笑う。

「ユミさまの故郷には、魔法はないんですの?」

「無いですね、架空の存在でした。…ちなみに今のはどういう魔法なんですか!?」

興奮して天使の御手を胸の前に引き寄せ、ついつい鼻息荒く質問してしまう。客観的にみれば引かれてもしょうがない私に対して、嫌な顔一つしないのは天使のなせる業か。

「今のは空間転移の魔法ですわ。慣れない方は気分が悪くなってしまうのですが、大丈夫でして?」

「気分ですか!?魔法って聞いて気持ち悪いのは吹っ飛んじゃいました!!」

「そうですのね、よかったですわ。では屋敷の応接室までまいりましょうか」

「はい!」

天使に手を引かれるままに歩き始める。低木もきっちり狩り揃えられ、色とりどりの花が満開の庭園は本当にきれいで、眼前には豪奢としかいいようのない大きなお屋敷がそびえていた。私の感性ではもはやお城といっても過言ではないけれど、天使曰くお屋敷らしい。


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