幕間 移動靴屋の話

 靴屋のグリムローグと申します。ええ、靴屋。靴の売買を生業としております。どういったご用でしょうか、水辺の方。

 靴に興味を持たれたのですか。ですが……ああ、そもそも種族として履く足を持たないのですね。まあ人生何があるか分かりませんし、何かの折に靴が必要になることもあるかもしれません。あ、いえ、フィッティングなしでお求めになるのはあまりお勧めできません。その時があればまたおいでください。地上の靴屋はいつでも歓迎いたしますよ。

 そうですね、では、履かない靴でもご覧になりますか?

 ええ、この通り、買い取りも行っておりますが、曰く付きのものばかりで、実用品として求められるものはほとんどないんですよ。もっぱら観賞用、蒐集用になります。ひやかし用でもありますね。

 たとえばこちら、ガラスの靴になります。

 もちろん靴として履かれても結構です、靴ですからね。ただ、ご覧の通りとても小さくてなかなか合う方がいらっしゃらないのです。似たようなサイズだと他にも銀の靴、金の靴なんかもございまして、そう、これですこれ、なんですが、人の目を惹くのはやはりガラスですね。私は金の靴が好みです。

 こちらの赤い靴は、脱がせるのにひどく難儀したそうです。そう、脱げなくなったんですよ。呪いの靴です。死ぬまで踊り続ける呪い。もう最後は暴れ馬のカブを揺れる地面から引っこ抜くみたいな状態でした。暴れ馬のカブって何なんでしょうね、でもたとえるならこうとしか言いようがない。

 ……どうでしょう、履いてみれば分かるんでしょうかね、今もそうなのか。お勧めはしません。

 そちらは鉄の靴です。真っ赤になるまで焼いたものを履かせるんです。何のために? さあ。人それぞれの使い途です。

 もちろん使用済みです。未使用品は意外と出回らないんですよね。最近は新作でもあまり見かけなくなりました。

 そちらは特注の長靴になります。人用ではなく、とある動物用に作られたものです。一見すると飾りや置物のようですが、新品の実用品です。何だと思いますか?

 ご名答、そう、猫です。後ろ足で立つ猫のための長靴。四足歩行が基本の獣ですが、世界は広いですからね、人のように歩き喋る者もいるところにはいます。

 こういうこともありますので、一概に無理なものは無理ということもありません。縁があれば魚が陸に上がることもあるでしょう。

 おや、もうお時間ですか。そうですね、空模様も怪しくなってきました。この調子で行くと海も荒れるでしょう。お気をつけてお帰りください。

 ありがとうございました。ではまた、いずれ。

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