人魚姫

 人魚姫は岐路に立たされていました。つまり、自分の命と王子の命どちらを取るかです。

 細かなことは省きますが、色々あって人魚姫は声を失い、代わりに人の脚を得ました。そうして海から上がって陸に立ち、今は王子の傍にいます。恋心を胸に秘め。

 ですが、ああ、なんてこと! このままでは人魚姫は泡となって消えていく運命だというのです。人魚姫の姉たちがその旨を伝えにきました。

「細かなことは省くけど、死にたくなければこいつを王子に刺しなさい」

 姉たちは一振りのナイフを差し出しました。「後生だから言うことを聞いてちょうだい」

 そんなわけで、夜半、人魚姫は戸惑いながらも王子の寝室に向かいました。

 王子はすやすや眠っています。この方にナイフを……人魚姫は胸が締めつけられるような気持ちになりました。

 バーン! と大きな音を立てて寝室の扉が開きました。見るとそこには王子の婚約者が立っているではありませんか。

「黒髭チャレンジ!」

「は?」

 人魚姫が白目をむいてる間に婚約者はナイフを取りだし王子に刺しました。

 特に何も起こりません。王子はすやすやと眠っています。スゴイすやすやしています。

「さあ!」

「え、私ですか」

「順番よ」

 人魚姫は恐る恐るナイフを突き刺しました。手応えはなく、やはり王子はすやすや眠っています。脈ありです。

 二人は交互にナイフを刺していきます。何巡目でしょうか。いやさすがにそろそろやばいんじゃないの、そう人魚姫が思った瞬間、今までとは違う、少しだけ重い感覚がナイフ越しに伝わってきました。

 あっギミックに当たってるやつだ。そんなことを思った時には既に王子は飛び出していました。

 人間の王子から人魚の王子が飛び出しました。あの髭のように。

「おめでとう」

 婚約者が手を叩きます。

「おめでとう」

 どこからか出てきた姉たちが泣きながら手を叩きます。

 人魚となった王子は人魚姫の手をとりました。人魚姫の脚がゆっくりと魚の尾に戻っていきます。二人は陸の上で抱き合いました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る