「空き箱」【KAC20243:箱】

冬野ゆな

第1話

 それはいつの間にか俺の部屋にあった。

 小さな箱だった。

 部屋に置いた白い猫足テーブルの上。乱雑に置いた漫画雑誌やゲームパッドに混じって、ちょこんとおかれていた。紙製で、ちょうどキャラメルの箱くらいの大きさだ。パッケージタイプで、蓋と本体が繋がっている。でも、何も書いていない。

「なんだっけ、これ?」

 どこかでこんなもの買っただろうか。開けてみると、中身は何もなかった。もうとっくに取り出して箱だけ残っていたのが、何かの拍子に出てきたのか。いずれにせよ覚えていないので、潰してゴミ箱に捨ててしまった。


 翌日、それはいつの間にか俺の部屋にあった。

 小さな箱だった。

 紙製で、ちょうど漫画が十冊ほど入りそうな大きさだった。ちょうどテーブルの上を占拠している。百均でよく売っているタイプのものだ。

「あれ?」

 昨日の記憶が蘇る。しかし、こんな大きさではなかった。それに、形も違う。今日のは、蓋と本体が別のやつだ。箱を開けてみると、やっぱり中身は何もなかった。これも、中身を取り出して箱だけ忘れていたのが不意に出てきたのだろうか。

 そういえばテーブルの上に置いてあったものがみんな無くなっていた。また母さんが勝手に片付けたのだろうとそれほど気にしなかった。ただ、ゲームパッドが見つからず、どこに片付けられたのかわからなかった。


 翌日、それはいつの間にか俺の部屋にあった。

 ちょうど抱えられるくらいのサイズの段ボールだった。

 部屋のド真ん中を占拠している。

 母さんか父さんが、届いた荷物を部屋に置いてくれたのかと思った。でも、差出人のシールはないし、剥がしたような跡もなかった。不審に思って、部屋を出る。

「母さん、部屋に置いてあったやつ、なに?」

「なんのこと?」

「段ボールだよ。誰かから来た荷物?」

「知らないわよ。荷物が来たの? 中身は?」

「いや、怖いから開けてないんだけど……」

「なんで荷物が来たのに開けないのよ」

 ダメだ、話が通じない。

「違うよ、俺の部屋に置いてあったんだよ、段ボールが。誰が置いたのかと思って」

「宅配の荷物を?」

「だから荷物じゃなくて……ああもう、荷物の話はいいや。あとさ、また俺の部屋片付けただろ。ゲームパッドが見当たらないんだけど、どこにやったの?」

「わかんない子ねぇ。だいたいゲームなんか探してないで、勉強でもしなさい。無いんだったらちょうどいいでしょ。来年から受験なのに、あんたは……」

 小言をいう母さんを適当にあしらい、俺は部屋にとって返した。

 ――そういえばあの段ボール、ぴっちり閉まってたけどガムテープもなかったな。

 部屋に入ると、まだ段ボールはあった。開くのかと思って手をかけると、あっけなく開いた。結局、中身は何もなかった。こうなるともう、誰かの悪戯だろうか。やりそうな人間といえば、姉しか思いつかない。姉が帰ってくるのを待ち構えて、玄関で仁王立ちした。

「おい、姉ちゃんかよ。俺の部屋に段ボール置いたの」

「え? なにそれ。知らないわよ」

 俺は自分の推理力を発揮して、姉が犯人である証拠を淡々と述べた。

「そんなつまんないことするわけないでしょ。というか、どいてよ」

 姉はあきれ果てたような顔で俺の肩を軽く押すと、そのまま「ただいまー」と言いながらキッチンに入っていった。

 部屋に帰ってふと思い出した。

 そういえば、俺の部屋のテーブルはどこに行ってしまったのだろう。


 翌日、俺は目を覚ました。

 箱は部屋の中になかった。やっぱりあれは姉の仕業だったに違いない。俺に犯行を指摘されたから悪戯をやめたのだ。俺は着替えを済ませると、いつものようにあくびをしながらリビングに向かおうとした。部屋を出て扉を閉めたとき、不意に気付いた。

 部屋の扉が消えていた。

 そういえば俺の部屋は箱形をしていたとふと思った。

 

 翌日、俺は居間のソファで目を覚ました。

 俺のものが何もなくなってしまったから、ここで寝るしかなかったのだ。父さんも母さんも、姉ちゃんでさえ、俺が居間のソファで寝ることになったのに何も疑問を感じていないようだった。そもそも俺の部屋なんてものが存在しなかったみたいに。

 朝食の場で、俺はそれとなく尋ねた。

「父さん、俺の部屋って……」

「ん? そうだなあ、お前もそろそろ自分の部屋が欲しいよな。でも、部屋がないからなあ……」

 父さんはそう言って首を傾げていた。

 俺が制服のまま家で過ごしても、普通のこととして流されていた。


 箱だ。

 箱なのだ。

 すべてが箱になって、消えているのだ。

 いったいなにが起きているんだ?

 次は何が消えるっていうんだ。

 テーブルのものが消えて、やがてテーブルそのものが消え、そして今日は部屋が消えた。じゃあ明日になったら何が消えているっていうんだ。

 俺は家の中で使えそうなものを持って、夜中に家を飛び出した。静かに扉を閉めようとして、目の前で家が消えるんじゃないかと思った。俺は震える手で、そっと扉を閉めた。目を閉じたまま振り返り、一気に駆けだした。あったはずの生け垣が無いような気がしたが、もうどうしようもなかった。中にいた両親も姉も、多分どこにもいないのだ。


 俺はどうしたらいいかわからないまま、夜の町を走り抜けた。コンビニの灯りを見るとホッとした。中に入ると、「いらっしゃいませ」とやる気の無い声がした。明るい店内を見ると、これまでのことが嘘だったんじゃないかと思えてくる。季節外れになりかけている肉まんとカレーパンとお茶のペットボトルを買い、また外に出た。外に出たらコンビニが消えるんじゃないかと思ったが、コンビニは消えなかった。ホッとする。

 このままじゃ家出と間違われる。でも制服はブレザーだから、なんとか社会人に思われないだろうか。とりあえず校章と、ネクタイを外して荷物に突っ込んでおいた。

 コンビニの前に座り込み、肉まんを頬張りながらこれからのことを考える。すべてが箱になって消えてしまうなんて、だれが信じるだろう。そもそも何が起きているのだろう。だいたい、俺はごく普通の高校生だ。なにもない。こんなことが起きるなんて……、いや、それとも特別だからこそ何か起きているのか。俺は自分が思っている以上に普通の高校生ではなかったということか?

 買ったものを食べきると、だいぶ気力が戻ってきた。

 とにかくどこか休めるところを探さないといけない。今日からは宿無しなのだから。いまの時間からだと、電車も無さそうだ。歩いて繁華街の方に行けばビジネスホテルくらいはあるだろう。それから、朝になればもう少し動きやすくなるはずだ。

 俺は荷物を背負うと、線路沿いに繁華街の方に向かって歩き始めた。

 いつもだったら電車に乗って数駅というところだが、今日だけは歩きだ。途中でコンビニもあるし、疲れたら入って休めばいい。そんなことを二、三回ほど繰り返すうちに、眠くなってきた。途中でビタミン剤も買い、トイレも使わせてもらってから再び歩き出す。

 それにしても、まだ真っ暗だ。

 朝にはならないんだろうか。

 へとへとになってきた頃、スマホの時計を見ると、朝の六時を表示していた。

 もうこんなに歩いていたのか。


 だけど、あたりは真っ暗だ。朝の光のひとつすらない。いまの季節だったら、六時ならもっと明るくてもいいはずだ。

 俺は最悪の事態にたどり着いて、そろそろと上を見上げた。

 空は夜とは思えないほど真っ暗だった。

 その空に線が入り、まるで蓋を開けるように光が入り込んできた。

「……やめろ」

 空の隙間からは奇妙な光が差している。

「やめろ、開けるな!」

 俺は空に向かって叫んだ。

「開けるなああああ!!」

 隙間から覗き込んだのは、俺の顔だった。

 それが、俺の意識の最後だった。

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「空き箱」【KAC20243:箱】 冬野ゆな @unknown_winter

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