第3話 ベアリング
アイカユラは、店番やエルメアーナの世話をするので、工房に入ったとしても指示された通りの事を行う程度で技術的な話は聞いても、その良し悪しが理解できている訳では無かった事と、エルメアーナが納期の話をして面白くなさそうにしたので別の話をする為に話題にした。
それは、エルメアーナにとっては組み立てているパワードスーツの一番のキモの部分になるので、話したくて仕方が無い部分だった。
新技術を扱っている事が疲れも時間も忘れて没頭させていた事もあり、聞かれた事にとても嬉しくなっていた。
「これは、ベアリングを使っているんだ」
悦にいった表情でエルメアーナは答えると、アイカユラは少し面倒くさそうな表情をした。
「あんな部品を一つ使ったからって、どれだけの意味があるっていうのよ!」
アイカユラは面白くないといった表情をして答えたが、エルメアーナにとっては想定内の答えだったようだ。
その対応についても想定してるというように表情には余裕があった。
「なあ、車軸の固定って、どうなっているか分かるか?」
その質問にアイカユラは面白くなさそうな表情をした。
「あのね、私は鍛冶屋じゃないのよ。そんな鍛冶屋の技術的な内容に私が付いていける訳ないでしょ!」
その反論を聞いてエルメアーナは納得するような仕方無いというような微妙な表情をした。
「まぁ、そうだな」
すると、考えるような表情をするが、直ぐに何か閃いたようにアイカユラを見た。
「なあ、お前はいつも料理を作るだろう」
「え、ええ」
アイカユラは、話がガラリと変わったことに驚いたような表情をした。
「まな板の上で食材を切るよな」
「え、ええ」
話が具体的な方向に進んだ事に違和感というより怖さを感じているようだが、エルメアーナは面白そうに見ていた。
「そのまな板の下に丸い棍棒が並んでいてあったらどうなる」
それを聞くと黙って考え始めたのを見てニヤリとすると話を続ける。
「まな板の下に同じ大きさの棍棒が、横に2本3本と並んで置いてある。その上にまな板が置かれているんだ。そこにニンジンを置いて包丁で切るとどうなる?」
エルメアーナの誘導にアイカユラも想像できた。
「そりゃぁ、まな板の下の棍棒が転がってしまうから、まな板が動いて切りにくいでしょうね」
それを聞いてエルメアーナはニヤリとした。
「棍棒が転がるのは、摩擦が減るからだろ」
その一言でアイカユラは閃いた。
「そうか、棍棒の無い状態が今の車軸なのね。コロコロと転がる棍棒がボールで、まな板とキッチンの天板が、車軸と軸受って事だから。……。動きがスムーズになるって事だから、力が掛かったとしても動きは良くなるってことね」
エルメアーナは、答えに満足そうな表情をしたが、アイカユラは、直ぐに不安そうな表情をした。
「だけど、あれって量産して既存の馬車の車軸とかに使うって言ってたでしょ。売り出したら直ぐに評判になって、他は秘密を知ろうとするわ。私なら馬車を買ってきて調べる。そうしたらベアリングを使っている事も知られるでしょうから、同じ物を作ると思うけど」
アイカユラの疑問もエルメアーナには理解できていたようだ。
「ふ、ふ、ふ。あれの凄さは、これから出るさ」
エルメアーナは、アイカユラの反応にムッとするような様子もなく、むしろ当然の反応として答えた。
アイカユラには、エルメアーナの余裕が気に障った。
「何よ。あんなもの誰だって作れるでしょ。買ってきて同じように作るだけじゃない。直ぐに真似されて似たような物が売られてしまうから、値段なんて直ぐに下がってしまうわよ! イスカミューレン商会から、あんな高い機械を10台も購入して、元なんて取れるのかしら!」
少し怒った様子で反論したが、エルメアーナには通じず、お前は分かっていないといった表情をすると、右手の人差し指を立てて左右に振った。
「ちっ、ちっ、ちっぃ。あれは、誰も真似できないさ」
その態度が更にアイカユラをイラつかせた。
「なんで、そんな事が言えるのよ!」
エルメアーナは、思った通りの反応が愉快そうだ。
「あれは、精度が必要なんだ。手作業で作るとしたら、一個や二個作る程度なら構わないかもしれないが、それには膨大な時間がかかってしまうさ。それに見た目が同じになったからといって、実際に組み立てて使ってみたら、手作業で作った物では違和感が出る。ボール1個の精度もだが、ベアリング一つに使うボール全てが同じ寸法になるように揃える必要がある。あれの精度は人が手作業で作れるような物じゃないんだ」
その説明でも納得できないというようにエルメアーナを睨む。
「だったら、同じようにイスカミューレン商会の機械を買って、同じように円盤みたいな金型を取り付ければ良いんじゃないの。それなら、真似して作れるでしょ!」
全く同じように機械を購入したら同じ物が作れるだろうという事は簡単に想像がついてしまう。
アイカユラのように技術的に深い理解の無い人からしたら、同じ機械を用意すれば同じ物が出来ると思ってしまうが、エルメアーナは開発から携わっていた事もあり、目で見て判断のつかない部分がある事を知っていると、似たような物を作ったとしても紛い物になってしまう事を理解していた。
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