第15話 ジュリオの素顔

 私は無我夢中で走っていたけれど、ジュリオは緊迫した状況でも冷静だった。今は真夜中で、城の罠が作動している。


 幾何学模様が描かれた廊下も、廊下の端を渡らないといと落とし穴にはまってしまうことをジュリオは忘れておらず、ジュリオが先導して進んだ。


 そして、その先にある伯爵の部屋につながる廊下には、騎士の鎧が飾られいるため、鎧から剣と鞘を、鎧の背後からそっと奪っていた。


 ただ、階段を降りようとした矢先、カチッと音が聞こえた。降りようとした階段が無くなり、私達は滑り落ちた。


「きゃああああ」


 階段は大きなスロープになり、ダンスパーティー会場だった広間に転がり込むことになった。


 そして、目を疑ったのが階段だ。先ほどまでは一階まで降りることができる階段だったのに、下の階へ続く階段は壁でふさがっている。


 逃げ道がなくなって愕然としていると、背後からギャレット伯爵の声が聞こえた。


「やけに城の構造に詳しいな。城に潜り込んでいたネズミはお前だったのか」


 隠し通路を使ったのか、突然ギャレット伯爵が現れた。過去の花嫁は、逃げ出しても最期はこのようにして追い詰めたのかのかと思うと身の毛がよだった。


 ジュリオは静かに立ち上がり、剣の切っ先をギャレット伯爵に向けた。


「最初は、花嫁候補達の遺体の隠し部屋に潜り込むためにアンに近づいた。けど、会う度、アンに惹かれる想いが隠せなくなった。今までの暗い日々が色鮮やかになったんだ。アンをお前の好きにさせない」


「ふん、色恋も知らないガキが。果たしてお前に守りきれるかな?」


 ジュリオとギャレット伯爵で激しい攻防が始まった。ジュリオが優勢かと思われたが、途中でギャレット伯爵が、床をドン、と踏んだ。


 すると、壁に穴が空き、ジュリオが立っていた絨毯が壁の穴に吸い込まれたため、ジュリオは倒れ込んでしまった。ギャレット伯爵はその隙を見逃さず、ジュリオの腕をふみつけ、持っていた剣を奪い、壁の端へ投げつけてしまった。


 私がジュリオの傍に駆け寄るよりも早く、ギャレット伯爵は行動に移していた。


「殺す前に、貴様の素顔を拝んでやろう」


 ギャレット伯爵はジュリオから仮面をはぎ取ったが、ぴたりと動かなくなった。


 しん、と不思議と静まり返った。私が二人の傍に近づくと、なぜギャレット伯爵が固まってしまったのか理由がわかった。


 逃げることで必死で気づかなかったが、広間の窓へ嵐のような雨が降りつけていた。時折光る雷光に、ジュリオの顔が照らされる。


 先ほどまでの威勢が無くなった伯爵が、よろよろと後退りながら、小さく呟いた。


「ジュリエッタ…?君なのか?」


 ジュリオの素顔は、ジュリエッタを男性的に凛々しくしたような美しさだった。ミッシェルも火傷が無ければさぞ美しいだろうと、日々思っていたけれど、まさか火傷が無いとジュリエッタそっくりの美貌だったとは思わなかった。


「僕がミッシェルとして扮装していた時の火傷は、特殊なメイク方法でね。素顔を見せても、ジュリエッタ姉さんとの繋がりがわからなくするためのカモフラージュだったのさ。まあ、火傷をしていても、醜さに惑わされずにお前が直視していれば気づけたことだが。火傷をした醜い顔でも、何も変わらずに接してくれたのはアンだけだった」


 ギャレット伯爵はなお、立ちすくんでいる。ジュリオは立ち上がり、ギャレット伯爵に鋭い眼差しを向けた。


「僕の本当の名前は、ヴィンセント。ジュリエッタの弟、ヴィンセントだ!」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る