第6話 真夜中の探索

 隠し通路を抜けると、様々な絵画の部屋につながっていた。椅子なども備え付けられているが数が少ないため、絵画を鑑賞する目的の部屋なのだろう。


 中でも一際大きな肖像画があり、白馬に横座りしながら優しく微笑む女性が描かれていた。肖像画には、『ジュリエッタ。彼女の美しさは永遠に』というタイトルが付けられていた。透明感のあるプラチナブロンドの髪に、澄んだ湖畔を思わせる青い色の瞳。


 私が肖像画に見惚れていると、ジュリオが肖像画について説明してくれた。


「こんな人がいたなんて信じられないだろう?彼女が、ギャレット伯爵の初めての奥方なんだ」


「綺麗な方ね。もしかして、亡くなってしまったから伯爵は再婚しようとしているの?」


「そのようだね。初めての奥方を亡くしてからは、再婚を繰り返し、花嫁はいなくなっている。その真相を、僕は知りたいんだ」


 そう話した後、ジュリオは拳を握りしめていた。これほど綺麗な奥方がいたのなら、他の女性は目に入らないだろう。花嫁候補で言うと、ブリジットも華やかで綺麗だったが、ジュリエッタの美しさは神聖で比べ物にならなかった。

 今後、伯爵を愛する女性が現れても、ジュリエッタの魅力に勝つためには並々ならぬ努力が必要だろうと思った。



 肖像画の部屋を後にして先に進むと、蝋燭で照らされた廊下に出た。床は、赤や黒の色で幾何学模様がデザインされていた。


「ここから先は、夜になると罠が仕掛けられているから気をつけてくれ」


「罠ってどんな?」


 私は不注意にも、足を止めていなかった。廊下へと進もうとした時、急にジュリオに肩をつかまれた。


「危ない!!」


 ガタ、と床が開き、落とし穴に落ちてしまうところだった。恐る恐る落とし穴をのぞいてみると、大量の槍で敷き詰められていた。高さはそこまでないが、落ちたら足がずたずたに切り裂かれてしまうかもしれない。よく見てみると、布の切れ端が所々に槍にひっかかっている。過去に落ちたことがある人がいるようだ。


「ありがとう、ジュリオ。油断していたわ」


「この幾何学模様の廊下は、足を踏み入れると落とし穴が作動してしまうんだ。ここを渡るには、模様が書いていない廊下の端を渡らないといけない」


 ジュリオは私の前に立って誘導してくれた。私が落とし穴の罠を作動してしまったため、元に戻さないと伯爵にばれてしまうと危惧していたが、ジュリオが元通りにしてくれた。


 廊下を渡りきった後、幾何学模様の左端に小さな鳥が描かれており、その部分にジュリオが足を踏み込むと、ゆっくりと落とし穴が塞がれ、元通りとなったのだ。


 罠はそれだけではなかった。伯爵の部屋につながる廊下には、騎士の鎧が飾られてあり、手に剣を持たされていた。まるで動き出しそうだ、と私が思っていた矢先、ジュリオから話しかけられた。


「ちなみにここも、危ないところなんだ」


 ジュリオが金具がついたロープを鎧の傍に落とした。


 しゅっ、と鎧が剣を振り下ろした。剣の切っ先が鈍色に輝いていた。油断すると怪我をしそうな罠が多くて、これでは心臓が何個あっても足りない。


「危ない仕掛けが多いのね…これじゃ、罠のことを知らないで夜中に出歩いたメイドさんは危ないわ」


「そうだね。だから、伯爵以外は夕食後出歩かないように指示されているようだよ」


「罠はこのままにしているなんて、伯爵は何を考えているのかしら…」


 私の疑問に対し、ジュリオは小さくつぶやいた。


「それか、あえて罠を残しているのかもしれないな…」





 ジュリオが私の自室へ送り届けてくれたため、無事に帰ることができた。


「ジュリオ、送り届けてくれてありがとう。あなたがいなかったら危なかったわ。あんな仕掛けがあったなんて…」


「僕もある程度は仕掛けを知っているんだけど、真相にはまだたどり着けないんだ。だから、伯爵に接触できる君にも協力してほしい」


 ジュリオは私の手に口づけた後、ベランダに立った。


「また、ここに立ち寄らせてもらうよ」


 ジュリオがベランダに飛び降りたため、慌ててベランダの下をのぞくと既に姿が無かった。本当に不思議な人だ。どこから現れ、どこに消えてもおかしくない気がする。


 今日は長い一日だった。念の為、部屋にカギがかかっているか確認した後、ようやくベッドで眠りにつくことができた。


 眠っている時に、カチャ、とドアノブから音がした気がして思わず目が覚めた。カギがかかっているから、入ってくることはない。でも心配になってしまう。音は気の所為だ、も強く思い込み、眠れるように努めた。

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