第5話 満月の夜の出会い
自室にはベッドやクローゼットの他に、暖炉とその側にはゆったりくつろげそうな一人用の椅子、部屋の中央に机を挟んで二台のソファがあった。洋服などは既にクローゼットに入っていたので、伯爵の侍女がしまってくれたのだろう。
ベランダに出てみると、下は崖になっていて、はるか彼方に森林が見える。落ちたら命の保障は無さそうだ。
今日は満月だ。寝静まったのか、フクロウの鳴く声がやたらと響く。今なら、だれにも見つからずに城を探索できるだろうか。私は、そっとドアのカギを開け、外に出ようとした。
「そのドアのカギを開けてはいけないよ」
背後から見知らぬ男性の声がして、びくっとした。すぐに振り向くと、仮面をつけた金髪の男性がベランダに立っていた。
「どうやって入ってきたの!?」
ベランダの下は絶壁であり、下から登ろうにも、下の階には窓しか無いため、登るのは困難だ。
「月から降りてきたのさ」
仮面の男が近づいてくるにつれ、仮面からのぞく瞳の碧さが、暗闇で輝いて見えた。
「ふざけないで。ここに入って、何をしようとしているの?」
私は暖炉に備え付けてあった灰かき棒を持って、これ以上近づかれないように牽制した。男は私の警戒を解こうと、黒いマントの端をつまんでお辞儀した。
「失礼。怖がらせちゃったみたいだね。俺の名前はジュリオとでも名乗っておこうか。危害を加えるつもりはないよ。ただ、城の謎を解く協力をしてほしいのさ」
「協力、ですって?」
「君は花嫁として選ばれるために来たはずなのに、『夕食時は部屋から出ない』という城のルールを破ろうとしている。つまり、君の目的は花嫁になることではなく、城の謎を解き明かしたいということ。違うかい?」
ジュリオの言うことは当たっている。それに、城の内部でしか知らないようなルールのことまで知っている。怪しいが、協力者となってくれるかもしれない。
「ちなみに、なぜカギを開けてはいけないの?静かに閉めて抜け出せば、だれにも気づかれないかもしれないわ」
「決まった時間はないけど、真夜中から夜明け前までの間、伯爵自身がカギが開いているか確かめている。もし開けたままで、もぬけの殻であれば、それはルールを破っていることになる」
「それなら、真夜中になる前に急いで部屋に戻っておけば、大丈夫じゃないかしら?」
私の考えに対し、ジュリオはやれやれと頭を振りながら答えた。
「真夜中の前にも確かめることもあるし、時間をおいてチェックしていることもある。カギをかけていない部屋は、伯爵は『招待されている』と考えているんだ」
「もし、カギをかけ忘れていたら…?」
「想像を絶する大人の体験が待っているだろうね」
ジユリオは楽しげに笑うが、私はぞっとして思わず悲鳴をあげそうになっていたのを必死にこらえた。ミッシェルはその危険性に感づいていて、私に注意してくれたのだろうか。そう考えると、夕食の後に伯爵と出かけたブリジットは、そうなることをわかって、あえて誘ったのだろうか…
「それなら、どうやって城を探索するというの?」
「そこで僕の出番というわけさ」
ジュリオは金具つきのロープを出すと、城の中央部分の屋根にあるガーゴイル像に金具をひっかけ、次に、自分と私の腰にぐるぐるとロープを巻き付けた。手際の良さにあ然としていたが、後から嫌な予感がしてきた。
「ねえ、これってまさか…」
「そう、空の散歩にご案内といこうか!」
私の答えを待たずに、私をお姫様抱っこで抱えるとかけ足でベランダを飛び出す。
私は今度こそ悲鳴をあげてしまいそうになっていたが、そんなことしたら伯爵にばれてしまっては何もかもが水の泡だ。私は唇を噛みしめ、ジュリオにしがみついた。叫びそうになるため、目をぎゅっとつぶった。
ひゅうと風をきり、ふわっとした独特の感覚に慣れず、手に汗がにじむ。浮遊感を感じなくなった後も、落ちるのではないかと怖くてじっとしていたが、それを見てジュリオはくすりと笑った。
「居心地が良いなら、このままでいようか?」
「け、結構ですっ!」
はっと我に返り、私は急いでジュリオの腕の中から降りようと体をばたつかせ、降ろしてもらった。
花嫁候補は城の端に隣接された別邸に集められており、伯爵は城の中央に部屋があると、城に行く前に城の使用人から聞いたことがある。やっと城の中心部分の屋根に来たわけだが、これでどうやって中に入るのだろうか。
周りを見渡す私に対し、ジュリオが壁沿いに作られた鷲の石像を横に動かすと、隠し通路が見つかった。私が通路に驚いていると、得意気にジュリオは話しかけてきた。
「これで謎解きの協力者だと信じてもらえたかな?」
私一人では、解決できないかもしれない。ジュリオの協力が必要だ。
「ええ。申し遅れてしまったけど、私の名前はアンジェリーナ・サンチェス。これからよろしくね、ジュリオ」
「その名前の通り、天使のように清らかで美しい。お会いできて光栄だよ、アンジェ」
ジュリオは膝をつき、私の手にキスをした。私はそういった行為に不慣れであるため、照れているのが伝わらないように顔を背けるので精一杯だった。
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