第7話 乗馬用の馬選び

 ジュリオとの城の探索以来、平和な日々が続いていた。ギャレット伯爵は仕事で外出していることが多かった。


 伯爵の外出中、ブリジットも頻繁にパーティに外出し、そのまま外泊してしまうこともあった。早朝に帰ってきた日は、お酒臭く、明らかに酔っており、玄関で見かけた時は「朝食はいらないわ」とだけメイドに言い残し、夕食まで自室にこもっていた。ブリジットは私とミッシェルのことを敵視しており、伯爵がいない時は、私には「乳臭い女に結婚なんてまだ早くてよ」と言い、私は表情を曇らせた。さらにミッシェルにまで「顔も見せられない傷物の女なんて、伯爵が選ぶはずがないわ」と侮辱した。あんまりな言い様に私が文句を言おうとしたところ、「取り合わなくていいわ」と静かに制した。ブリジットは隙あらば伯爵の腕を組み、着実に距離を狭めている。私は成り行きでこの城に来てしまったが、ミッシェルは伯爵とそこまで親密になれておらず、心を痛めているだろう。


 ミッシェルは日中、部屋で刺繍をすることが多いが、度々私をお茶会に誘ってくれた。ミッシェルはだれに対しても素顔を隠していたため表情がわからないが、私に話しかける時は優しい声色であり、気遣ってくれることも多く、二人目のお姉様ができたような感覚だった。


 城の探索の進捗はどうかというと、芳しくない。伯爵が不在の場合は、城の使用人が花嫁候補へ目を光らせているため、怪しまれないようにすることが大変だった。


 だが、その平穏の日々もつかの間だった。





 ある朝、朝食を食べているときにギャレット伯爵はこんな提案をしてきた。


「休みが取れたから三日後、みんなで乗馬でもしようか」


 突然の提案に、私はきょとんとした顔をしてしまった。ミッシェルは相変わらず落ち着き払っていたが、明らかに動揺していたのはブリジットだった。


「その乗馬というのは、一人で乗るのではなく、手綱はだれか引いてくれるという意味ですわよね?」


「いいや、一人で乗るのさ」


「そんなの、無理に決まっていますわ!馬なんて、あんな危険なもの…」


 ブリジットはぶるぶると身を震わせた。その様子に対し、伯爵は少し困ったように笑った。


「僕は馬の遠乗りが好きで、生前の妻ともよく遠乗りしていたんだ。馬の扱いが長けた使用人はいないから、長距離まで付き合わせることもできない。私は、妻となる人に、乗馬ができていてほしいんだ」


 伯爵は、自分の要求を退けることはなかった。


「城の東側に馬小屋があるから、乗馬までの間にどの馬が良いか決めておいてくれ。なに、みんな気性が優しい子ばかりですぐ仲良くなれるさ」


 乗馬なんて、私も何度か乗ったことがあるだけだ。これは困ったことになった、と私も頭を抱えてしまった。





 夜、自室に戻ると既にジュリオがいて、ソファでくつろいでいた。知り合ってからは頻繁に訪れてくるため、もう驚いたりはしなくなっている。そこで、今回伯爵から提案された話をジュリオに相談してみた。


「乗馬を提案されたか。伯爵の常套手段だな」


「馬にもいろんな性格の子がいるだろうし、ちゃんと乗らせてくれるか不安よ」


 形の良い唇に手を添えて考えこんだ後、ジュリオはこうアドバイスしてくれた。


「白馬を選んでくれ。大人しい馬だし、これまで白馬を選んだ女性が花嫁に最も選ばれていた。一頭だけだから、間違いようがない。それと、乗馬までの間にブラッシングしたり、できる限り仲良くなるようにするんだ」


「わかったわ。なんとかやってみる」


 不安でいっぱいだったが、私は一人ではなく、協力してくれる人がいる。就寝前にカギがかかっているか厳重に注意した後、眠りについた。

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