立石の本質と新世代の社員
お昼休みのチャイムが鳴った途端、立石美桜からLIMEが届く。
〔迎えにいこうかな〕
>〔騒ぎになるから待ち合わせで!〕
〔仕方がないなぁ。この前のベンチで〕
>〔了解〕
3階の庭園へとやってきた。今日は風も無く暖かな陽気である。
指定のベンチに腰掛けると、立石がやってきて横に座った。
「良い天気だね」
「そうだな。それで、俺を何に巻き込もうとしている?」
その一言に彼女は嬉しそうに微笑む。
「察しが良くて助かるよ」
彼女が横に座りお弁当を広げる。
「隠れ蓑になって欲しいの。つまり彼氏のフリ」
つまり現在進行形で誰かにアプローチされているということか。俺に恨みを買えと……
「俺でなくても良くない?」
彼女はお箸で卵焼きを摘んで、こちらへと差し出してくる。
「……何?」
「何って、餌付け?」
「え、餌付けって……はっ、さては本性を表したな」
「ふふっ、平林君といると退屈しないな。さぁ胃袋を掴まれ、私の虜になりなさーい」
「や、ヤメロォー」
と言いながら、俺は口を開けて彼女の卵焼きを頂く。役得である。
「——くっ、う、上手い!」
「ふっ、食べてしまったね。これで君は私の虜。さぁ次は何が食べたい?」
「トマトでお願いします」
「はい、どうぞ♪」
気づけば俺は一度も箸を持つことなく、立石の手作り弁当を平らげていた。
「ごちそうさまでした。大変美味でした」
「お粗末様でした。平林君、口元汚れてる。ちょっと待ってね」
そう言って、彼女はウェットティッシュを取り出す。
受け取ろうとした手が空を切った。彼女の手が口元へと伸びていく。
「じっとしててね」
まるで小さな子供を甘やかすように汚れを拭う彼女。
「はい、綺麗になったよ」
「……あ、ありがとう」
恐怖が込み上げてくる。今、理解した。彼女の本質は極度の世話好き。ダメな男をさらにダメにして、自分無しでは生きられなくする生き物だ。
彼女に愛されれば最後。彼女無しでは生きられなくなるだろう。
「どうしたの、震えてるよ?」
「あ、いや、大丈夫……」
そう、大丈夫だ。だってこれは飽く迄見せかけ。彼氏彼女のフリなのだから。
解決しさえすれば問題ない。自然と消滅するだろう。
自分に言い聞かせ気持ちを落ち着かせると、向こう側から高級スーツを着こなしたキザな男がこちらへと歩いてきた。
「美桜、ここで何をしている?」
俺は目を丸くした。いきなり下の名前を呼び捨て。凄い自信家である。
「下の名前で呼ばれるのはちょっと……」
「照れたところも可愛いじゃないか」
——しかも話が通じない!?
こいつの相手は並の者では太刀打ちできまい。名前は徳永一輝。我が社のエリート営業マンだ。新世代の社員らしく受付嬢の立石を狙っているようだ。
徳永が俺を見て鼻で笑った。
「美桜、付き合う相手は選ぶべきだ」
「俺もそう思う」
「ちょっと、平林君——!?」
「ふっ、さすが雑用係の庶務課だな。身の程を弁えているじゃないか」
聞き捨てならない台詞に、俺は立ち上がり彼を見据えた。
「失礼だが、庶務課は雑用係という認識は訂正して頂きたい。私たちは営業一課を含め様々な部署の手助けしている。効率よく仕事ができるようにサポートすることで会社に貢献しているんだ。俺のことをどう思おうが構わない。だが庶務課が下に見られる筋合いはない」
庶務課の社員として、そして役員としての立場もある。絶対にここは譲れない。
「た、例え庶務課の力がなかろうとも、営業一課は今以上の成績を上げようじゃないか!」
「言ったな? その言葉、忘れるなよ。俺の名前は平林だ。覚えておけ」
何だこいつはという顔をして、彼は去っていった。
「平林君、大丈夫?」
「全く問題ない。そうだ、この問題が解決したら受付一課と庶務課で合コンとかどうかな?」
嫌われる覚悟で言ってみたものの、彼女は悪巧みを思いついたと言わんばかりにふふんっと笑った。
「それは妙案。展望レストランにいた子に相談してみようかな。きっと良い返事が貰えるから任せておいて」
広げていたお弁当箱を片付けると彼女は立ち上がって歩いていった。
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