立石美桜の策略
「やっぱり平林君といると楽しいなぁ。料理もとっても美味しかったし、ワインも沢山飲んじゃった」
「本当に美味しいよな。ただ高級感がありすぎて落ち着かないのがなぁ……」
「ふふふっ、緊張し過ぎだよ。でもまぁ平林君らしいかなっとっと——」
「立てるか?」
彼女は立ち上がる。
「勿論、それじゃお会計してくるね」
「ごちになります」
「うんうん♪ 素直でよろしい!」
そう言って、彼女は受付で会計を済ませる。同僚に一言、二言やりとりをして彼女は出てきた。
ふらふらと足元がおぼつかない。危なっかしいので彼女を支える。
「ありがとう。それじゃぁ行きましょうか」
チーンとエレベータの音がして扉が開く。倒れそうになりながら彼女とそのエレベータに乗り込んだ。
「うん。本当に久々だよ。こんなに楽しいお酒を飲んだのは——」
エレベータの扉が閉まり動き出すと、すぐさま到着のベルを奏でた。
「乗るエレベータを間違えたか?」
最上階への扉が開く。そこは高級感溢れるホテルのロビーだった。葉桜と川のせせらぎが描かれた絨毯は、土足で踏み入ることが憚られるほど見事だ。
「わぁ、凄いね……」
凄すぎてエレベーターの外に出ようという気すら起きない。
落ち着きのある光に照らされた奥に続く通路。その先には一泊86万円もするロイヤルスイートルームがあったりする。コンセプトは確か『特別な二人の夜を演出する』である。社長の強い拘りで作ることが決まったのだが、ここの凄いところは常に予約で満室だということだ。
プレプレオープンの打ち上げ会で、ベロンベロンになった常務以上の取締役は部屋のベッドを利用し、
「立石知ってるか、あのカーペットの上で寝ても腰が痛くならないんだぜ」
興奮を含んだ一言に、白石が腹を抱えて大声で笑い出した。
エレベータが閉まって動き出しても彼女は笑い続けた。人が乗ってきてようやく声を出して笑うを我慢してくれたが、完全に脱力してくつくつと身体を痙攣させていた。
1階に到着して、ようやく笑いの渦から抜け出せたようだ。
「——ごめんっ」
「いや、俺こそなんかごめん。清楚系のイメージ壊しちゃったっぽいんだけど」
「全然問題ないよ」
ぐっと背伸びをして、彼女はニッコリと笑った。
「何もかもが馬鹿らしくなる、素敵な夜だった」
立石が俺の懐に潜り込んでくる。
何をするのかと思えば、ネクタイを触り出した。
「歪んでるよ。アフターこそ、しゃっきりして欲しいな」
彼女は腕時計を見る。
「そろそろ帰りましょうか。その前に……」
彼女がバッグの中から取り出したのはスマホだった。
「連絡先を交換しておかないとね。ちなみにこれはプライベート用。あとこれからは遠慮なく呼び捨て良いからね♪」
水曜日、出勤したら庶務課の同僚に囲まれた。
「やりやがったな平林、いや、平林先生! お前は俺たちの希望ですよ!」
「一課の受付嬢と展望レストランに行ったんだって!?」
「な、何で知ってるんだ?」
後から合・コン! 合・コン! と何故か大盛り上がりしている。意味がわからない。
「知らないわけがないだろ。展望レスランの受付も一課担当だぞ。情報なんて一瞬で出回るに決まってるだろ!」
「おいおい、彼女たちのプライベートはどうなっているんだ? ってか何で合コンなんだよ?」
「平林さん、俺が説明しましょう」
「梅野、どういうことだ?」
「平林さんが立石さんに合コンを依頼する。すると立石さんが先輩に失望します。おk?」
「だから庶務課は合コンがゼロなんだよ。おk?」
「Boo!Boo!」
俺は同僚を席から散らすように追い払う。
それを見計らって大久保さんと竹田がやってきた。
「でぇ〜平林、行ったのか、最上階」
「白状してください!」
ニヤニヤと嫌らしい笑みで問い詰めてくる。
「上に行くエレベータに間違えて乗っただけで、そのまま1階に降りたよ」
だがその一言に、二人はすんっと真面目な表情に変化してしまった。
「それ、本気で言ってるんですか、平林先輩」
「おい、竹田。いきなりどうしたんだ」
「平林、最上階行きのボタンはレストランの受付が押すことになってんだよ。セキュリティ上、間違えて上に行くことは絶対にない」
俺はゾッとした。
立石美桜は一体何に巻き込もうとしているんだ!?
「あー、俺は何も聞かなかった。行くわ……」
「お、俺も……先輩、変なことに首突っ込まないでくださいね」
俺はデスクで頭を抱えた。
「……勘弁してくれよ」
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