箱の中と外

@curisutofa

箱の中と外

「水筒と保存食は持ったな?」


「はい。何から何まで、本当にありがとうございました」


声を潜めながらお母さんと話をしている、御領主様に御仕えしている衛兵の人は、箱が積まれている荷馬車の中から外の様子を窺うと。


「旦那さんとは子供の頃から付き合いがあった。衛兵の薄給はっきゅうでなければ、残された妻や息子の為に滞納している税金を立て替えてやりたいが。俺にも養うべき家族がいるんでな」


一家の大黒柱だったお父さんが病気で倒れて亡くなった後に。御領主様に御仕えしている役人から、滞納している税を納める事が出来ないなら、お母さんとボクの母子を近くの御領地を御治めになられていられる、男爵バローン閣下の奴隷市場に売りに出すと通告をされましたから。お母さんはお父さんの友人だった衛兵の人の助けを借りて、荷馬車で運ばれる箱の中に隠れて逃げ出す事にしました。


「さっ、箱の中に入りな。魔法薬ツァオバー・トランクの調合に使う薬草だから香りはかなり強いが、領界の検問所で警備犬に匂いで嗅ぎ付けられる心配はせずに済む」


「はい。解りました」


お母さんが返事をして箱の中に入ると、衛兵の人はボクの目を真っ直ぐに見詰めて。


「お袋さんを大切にな。男なら守ってやれよ」


恩人である衛兵の人に、ボクは深々と頭を下げて。


「はい。ありがとうございました」


衛兵の人は笑顔でボクに対して頷くと、母子二人が箱の中の薬草に身を潜めたのを上から確認して。


「空気が入るように少しだけふたをずらして閉める。到着するまでは狭いが、我慢をしてくれ」


「はい。解りました」


お母さんが返事をすると、衛兵の人が箱の上にふたを置いて。


『ガンッガンッガンッ』


くぎふたを箱に打ち付ける音がして、薬草の強い香りが漂う箱の暗闇の中で、ボクはお母さんと二人きりになりました。


『何の音かしら?』


『カツンッ。はい。御嬢様。薬草を運搬する箱のふたがずれていましたので、直しておりました』


箱の外から衛兵の人が、初めて聞く声と話をしているのが伝わって来ると。


ギュウッ。


お母さんが一人息子のボクの事を、力強く箱の暗闇の中で抱き締めました。


『衛兵はそのような仕事もするのかしら?』


『はい。御嬢様。魔法薬ツァオバー・トランクの調合に使用する薬草は、御父君であらせられる御当主様が御治めになられていられる御領地における、重要な特産品ですので』


衛兵の人が話をしているのは、御領主様の御息女であらせられる令嬢フロイラインです。


『そう』


ゾワッ!。


何故だから解らないですけれど、荷馬車に積まれている箱の中を令嬢フロイラインの視線が透過とうかをして、中を見通しているような寒気を覚えました?。


ギュウウウッ。ドクッ、ドクッ、ドクッ。


ボクを力一杯抱き締めるお母さんから、激しく脈打つ心臓の鼓動が伝わって来ました。


『まあいいわ、私の管轄かんかつでは無いから。御父様ファーターに御仕えをしている衛兵として、職務に精勤せいきんをする事ね』


『は、はい。御嬢様。有難う御座います』


箱の外から聞こえて来ていた、令嬢フロイラインと衛兵の人による話し声が聞こえなくなると。


「フウッ…」


お母さんが安堵の溜め息を吐き、ボクを抱き締めていた力を弱めました。


「見逃して頂けたようね」


暗闇の中でお母さんの顔は見えませんけれど、ボクも同意をしまして。


「はい。お母さん。ボク達の存在に、令嬢フロイラインは気が付かれていたようです」


箱の中でお母さんが頷く気配がして。


「この事は誰にも言っては駄目よ。見逃して頂けた令嬢フロイラインに迷惑を掛けたくは無いから」


「はい。お母さん」


今日起きた事は死ぬまで誰にも決して話さないと、心に硬く誓いました。

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