朱い雨の降る時間4

この屋敷の全ての部屋には時計が付いていた。

そして、僕は夜が来るタイミングを全て把握している。

僕たちがここで目が覚めたのは午後一時より少し前。

初めての夜は午後一時からの十分間。

二回目の夜は一時半から始まる予定になっている。

それまでの間に、参加者みんなに人狼候補を確認してもらわないといけない。

僕たちは一階の部屋を見て回った後、二階へと続く階段へ向かっていた。

「一階には五つの部屋があって、私たちが最初に居た部屋と音楽室、書斎、寝室、絵を描くためのアトリエのような場所の五つね」

美里さんが確認できたことをまとめる。

「美里さんはさっき、どこに隠れたんですか?」

「私は寝室のベッドの下に隠れたの。寝室は他にもクローゼットとかあったから、何人か隠れられるかも」

「アトリエもデッサン用の小物が山積みになっている段ボールがあったから、その中に紛れ込むのもアリかもしれないな」

「一真はどこに隠れたの?」

「俺は二階のパーティー会場みたいな場所だよ。テーブルクロスが床までついてる円テーブルがたくさんあったから、その中の一つに」

「ということは、けっこう隠れる場所は豊富っぽいね」

「そうね。でも、人狼に見つからないような場所かと言われると、少し自信無いけど」

美里さんが難しい顔をする。

確かに、普通のかくれんぼだったら即見つかりそうだよな。

でも、ロボットは動くものにしか反応しないし、ボールでも追っかけていくようなやつだから、人狼というよりほぼワンちゃん。

隠れさえすれば、心配は要らないんだけどね。

ま、教えてあげないけど。

二階に着くとまず、すぐ左の厨房を覗く。

「あっ!」

一番最初に入った美里さんが小さく声を上げる。

視線の先には、三体のシェフロボット。

「人が居た」

「ここにも居るのか」

一真は呟くと、率先して部屋に入っていく。

そしてシェフの一人に「すみません」と声をかけた。

おお、勇気あるな…。

「ん?何だい、お坊ちゃん」

「え…」

抑揚の無いシェフの声に、一真が目を丸くする。

けれどもすぐに真顔に戻ると、「ちょっと失礼」と言ってシェフの腕まくりされて見えている手首を掴んだ。

「…これ、人間そっくりだけど、ロボットだ。俺の力じゃびくともしないし、この本物そっくりの皮膚も多分シリコン」

「この子は何を言っているんだろうね」

シェフロボットは隣のシェフロボットに笑いながら話しかける。

でも、その声にも抑揚は無い。

「こういう人たち、パーティー会場にもたくさん居たんだ。さっきは何となく様子を確認しただけで、話しかけなかったから気づかなかったけど…。それにしたって、動作も見た目も人間そのものだな」

一真はシェフの右腕を離し、感心したようにため息をもらす。

「もしかして、本物の人間は私たちしか居ないんじゃない?それじゃあ、人狼もロボットってことかしら…」

「屋敷の従業員の中に人狼が居るって言っていたから、そうだと思いますよ」

こちらに戻ってきた一真は、部屋の時計を指す。

「もう夜が終わって十分が経ちます。さっき俺が隠れたパーティー会場に行きましょう。隠れる場所も多いし、人狼候補もたくさん居ますよ」

四人で厨房を出て、ちょうど目の前に入り口があるパーティールームへと入る。

「うわぁ、広い…」

パーティールームは二階の片側全てを占める広さがあり、部屋の装飾も豪華。

円テーブルが十卓ほどランダムに置かれており、その間を二十体以上のメイドや執事姿のロボットが動き回っている。

「この中から人狼を見つけ出すの…?」

「骨が折れそうですよね」

表情が曇る美里さんに対して、一真はまるで他人事。

この子、冷静なのは良いけど、リアクションが良くない。

もうちょっと怖がってもらわないと困るなぁ。

チラッと後ろの春香に視線を向ける。

春香はさっきからずっと喋らずに、身を縮こませて僕らについてきているだけ。

そうそう、こんな感じでさぁ!

まったく、一真くんも見習ってほしいものだね。

やれやれ、と心の中でため息をついている間にも、美里さんと一真は部屋の様子を観察する。

「そういえば、この屋敷って窓が無いよね」

「俺たちが逃げないようにするためじゃないですか」

それもあるけど、何よりロボットのキラーモードをオンにするためには真っ暗闇にしないといけないからなんだよ。

…っていう言葉は、しっかりと飲み込む。

「とりあえず、この部屋にいるロボットに片っ端から話しかけてみます?何か人狼に関する情報がもらえるかもしれないですし」

僕が提案すると、美里さんたちは頷く。

「鐘が鳴ったら、このテーブルの下にそれぞれ隠れましょう。ロボットは多いから、手分けした方が良いかも」

「じゃあ、夜まで個々で聞き込みですね。分かりました」

一真はそう言うと、いの一番に四人の輪から離れていく。

さてと、僕も行くか。

部屋を軽く見渡して、ちょうどテーブルにカトラリーを並べている若めの執事に近づいた。

「ちょっといいですか?」

「はい。何でしょう?」

「今みなさん、何をされているんですかね?」

「パーティーの準備ですよ」

「へえ、大変ですね。ところで、人狼って知ってます?」

自分の作った設定を深堀するのは面倒なので、すぐさま聞かなきゃいけないことに話題を持っていく。

「人狼…!」

ロボットは器用に怯えた表情を作る。

「もちろん知ってます。この屋敷に時々出るんですよ。ここにはたまに『夜』がやってくるんですが、その時に屋敷内をうろつくんです。人狼が出た時は、息を殺してじっとしていろと言われていますが、怖いですね…」

「そうですか」

話を聞きながら、部屋の時計に視線を向ける。

そろそろ二回目の夜が来る時間だ。

参加者三人の様子をうかがうと、それぞれ一生懸命質問をしている。

一人目の脱落者が出た後は、しばらく参加者の行動を観察する方が観戦者の好みだ。

だから、二回目の夜は僕は行動しない。

でもその後、その頑張りを全て潰す。

これが僕のシナリオ。

さあ、どこまで頑張ってくれるかな?

ニヤッと笑みをこぼした時、どこからか鐘の音が響いてきた。

その途端、パーティー会場は一気にざわつき始める。

「夜だ…」

「夜が来る!」

「人狼が来るぞ!!」

メイドや執事が口々に叫び、その場にしゃがみ込む。

それを見た参加者三人も、慌てて近くの机に入る。

僕も目の前のテーブルの下に潜り込んだ。

その後、しばらく厳かな鐘の音が鳴っていたが、不意にテーブルクロスの外が暗くなる。

二回目の夜だ。

参加者が近くに隠れているため、今テーブルから出るところを見られたら人狼だとバレてしまうかもしれない。

どうせすることも無いし、今回はここでやり過ごすか。

僕はあぐらをかいて、小さく息をつく。

静まり返った部屋。

ちょっとしてから暗視スコープを取り出し腕時計を確認すると、夜はまだ七分あった。

何もしないと、結構長く感じるな。

そう思った時、部屋の入口の方から音がした。

ドアを開け、何者かが部屋に入ってくる。

人狼か。

きっと今頃、他の参加者はドキドキしてるんだろうなぁ。

カツ、カツ、カツと良い音をさせながら、人狼はこちらに近づいてくる。

春香ちゃんとか、大丈夫かな?

パニックになって今テーブルから逃げ出したりしたら、困るな。

この夜に人狼に襲われるのはマズイ。

参加者とは別の不安で、少し心臓の動きが速くなる。

けれど、足音は数分間部屋の中を練り歩くと、再び部屋を出て行った。

ふう、良かった。

それからは再び静寂な時間が続く。

そして、再びテーブルクロスの向こうが明るくなった。

クロスの端を持ち上げて、外の様子を見る。

近くにいるロボットたちは「良かった」と言いながら、また仕事を再開していた。

僕は机の下から這い出すと、一番近くにいた一真に駆け寄る。

「ねえ、今人狼が来たよね!?」

「ああ、そうだね」

反応薄いな。

「それにしても、夜の間は人狼以外は動かないのか」

そりゃそうだ。

動いたら攻撃されちゃうもん。

「ってことは、人狼を見つけるのは簡単なんじゃないか?」

一真が考え込むような仕草をしていると、春香と美里さんもこっちに集まってくる。

「さっき、部屋に入ってきたのって人狼だよね?」

「さっき聞いた感じだとここの従業員は人狼に怯えて夜は動かないから、そう考えて良いと思います。そして、出て行ったことも分かっているから、とりあえずこの会場内には今、人狼が居ない」

「じゃあ、ロボットたちが移動しないうちに、他の部屋にいるロボットを確認した方が良いってこと?」

「そうですね。人狼はシュウの話だと拳銃を持っているかもしれないから、持ち物も調べてみましょう」

一真と美里さんは勝手に話を進めて、二人ともパーティー会場の出口へと向かってしまう。

今回は行動的な人が多いなぁ。

もうちょっとビビッてくれた方が、絵面的には良いんだけど。

それとも、僕の作った設定があんまり怖くないのか?

うーん、でもまだ始まったばっかりだし…。

いざ自分が殺されそうになったら、流石に怖いよね?

この落ち着きを崩せるよね?

見ごたえがあるものになっているか心配で、頭を抱えたくなる。

「なんで…」

その時、小さな呟き声がして、僕は後ろを振り向く。

そこには肩を震わせている春香が立っていた。

「なんで、みんなはあんなに平気そうなんですか。もうすでに人が一人殺されてるかもしれないんですよ?実際に居なくなっているんですよ?」

うん、僕も疑問。

おじさんが殺されたとき、もっと取り乱したような演技をした方が良かったのかな?とか反省が止まらないんだけど、君はどう思う?

…なーんて、聞けないけど。

「きっと二人も本当は怖いんだけど、我慢してるんだよ。ほら、恐怖は伝染するって言うでしょ?春香ちゃんや僕を不安にさせないために、引っ張ってってくれてるんだ」

自分で言いながら、そうであることを切実に願う。

「頼りになる人が二人も居て、不幸中の幸いってやつじゃない?」

「…そう言われれば、そうかな」

春香はなんとか笑顔を作る。

「僕たちも二人の力になれるように頑張ろう!それで、全員でゲームをクリアしようよ!」

「うん…!」

お互いに頷きあって、一真たちと同じように部屋の出口に向かう。

でも、春香ちゃんは精神的にそろそろ限界かな?

多分、普段から臆病な子なんだろう。

早めに楽にしてあげるかな。

そう思い至り、僕は次の予定を決める。

よし、二人目の犠牲者は春香ちゃんにしよう!

えっと、四回目の夜の後までに二人目は始末しないといけないから…。

頭の中で具体的な台本を組み立てながら、パーティー会場の扉を開けた。

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