朱い雨の降る時間2

夜は一回十分間。

一度目の夜が終わるにはまだ時間がある。

僕も人狼ではあるが、僕以外にもう一人人狼がいる設定となっている。

まあ、そっちに気を取られている隙に僕が参加者を仕留める予定なんだけどねぇ。

でも、その人狼は僕を殺すことも可能だから、その用心はしなくてはならない。

本当なら僕を襲う設定にはしたくなかったんだけどさ。

実は僕と参加者以外はすべて人工知能搭載の人間そっくりロボットとなっている。

それらは「キラーモード」という機能が付いていて、人狼役の個体はそれが夜になるとオンになるのだ。

このロボットは常連の旦那が「会社の研究で試験的作ったから」って貸してくれたんだけど、それが動くものを検知すると即襲うようになっている。

ただ、対象物が何かは識別できないため、僕も構わず襲われるってわけ。

父さんは「殺し屋を雇うより安上がりだ!」って言ってたけど、実の息子殺されたらどうするんだよ…。

大口を開けて笑う父さんの顔を思い出し、呆れながら一階の端にある階段を目指す。

えっと、まず僕は厨房に行きたいんだけど。

確か厨房は二階。

暗視スコープを片手に、音を立てないようにして、慎重に階段を上る。

二階まで最後の一段というところで立ち止まると、廊下の方に耳を澄ました。

…カツ、カツ、カツ…

少しずつ遠ざかっていく、革靴の音。

…人狼だ。

廊下に居るのかぁ。

陰から顔を出して覗くと、メイド服を着た女性の後ろ姿が見える。

人間そっくりの見た目と歩き方。

そして、右手には大きな包丁。

こっちに背を向けてはいるけど、一応注意を逸らしておこう。

ロボットとの距離は数メートル。

向こうに歩いて行っている時だから、ちょうど良いな。

僕はポケットに入れていたスーパーボールを取り出すと、ロボットの死角から頭上を通り越すように投げた。

すると。

ピピピッ

ロボットの視覚カメラに映ると同時に、ロボットがすごい勢いで走り出す。

そして、まだ床に落ち切っていないスーパーボールに包丁を振り下ろした。

今だ!

僕は物陰から飛び出すと、すぐ横の厨房のドアを開け、体を滑り込ませる。

完全に扉を閉めると、「ふぅ」と肩から力を抜いた。

「ふふん、せめてボールと人間くらいは見分けられたら良かったのにな?」

暗視スコープを目にあてたまま、厨房を見回す。

厨房は壁際に棚やコンロ、シンクが付いており、中央には大きな作業台が置かれている。

そして、シェフのような姿でうずくまっているロボットが三体。

でも、人がいる気配は無い。

ここは二階だし隠れる場所も無いから、参加者は居ないはず。

じゃ、さっさと武器を取り替えますか。

僕はベルトからさっき使ったテーザー銃を取り出すと、厨房のゴミ箱の奥の方に隠す。

次に、調理スペースの方へ行くと、ナイフ入れから一本のナイフを抜き取った。

ナイフの刃の部分に軽く指を当て、確かめる。

…よし。

一応カバーを付けて、拳銃と同じようにベルトに挟み込む。

これで武器は揃った。

次は参加者に頑張ってもらわないとな。

そう思った時だった。

ガチャ

背後からドアを開ける音がし、僕は動きを止める。

人狼だ。

検知されないよう、全身に意識を回して固まる。

襲ってくる気配は無く、こっちに近づいてくる足音がした後、パッと厨房の明かりが点いた。

急な光に、まぶしさで目がくらむ。

目を細めながら時計を確認すると、夜が始まってからちょうど十分経っていた。

最初の夜が終わったのだ。

振り返り、人狼の様子を見る。

彼女は作業台の前で盛り付けられた料理をお盆に乗せようとしていた。

けれども、その近くのまな板には一本の包丁がある。

これが彼女の武器だ。

僕はチラッとこの部屋の監視カメラの位置を確認する。

そして彼女に近づくと、肩をポンと叩いた。

「人狼同士、頑張ろうね!」

彼女は僕の方を見ると、「はい」とほほ笑んだ。

うん、受け答えは問題無し。

えっと、次は居間で参加者が集まるんだっけ。

ゲームオーバーになった男性の言葉を思い出し、厨房の出口へと向かう。

それにしてもあの男性、有能だったな。

初めのまとめ役は僕がやろうと思ってたんだけど、僕の出したかった指示、全部出してくれたし。

そりゃあ、冷静に考えられたら多くの人が同じような指示をするはずだけど、こんなイレギュラーな状況で冷静に判断できるとか凄い。

やっぱ、警察官って怖いなぁ。

力でやりあったら、絶対倒せないし。

後に残すべきじゃないよね。

強いのはゲームに順応しないうちに始末する!うん、これ基本!

…大丈夫、上手くれている。

口元に笑みをたたえて、厨房のドアを少し開ける。

廊下には誰も居ない。

下の階から、人の足音とドアが開閉する音が聞こえてくる。

そろそろみんな集まった頃かな?

僕も合流しないといけないが、その前に階段とは逆の人狼が走っていった方へ向かう。

えっと…、あった!

床には真っ二つになったスーパーボールが転がっている。

「よしよし、キラーモードの調子も良好だねぇ」

二つをひょいと拾い上げると、ポケットにしまう。

そして再び階段の方へ向かうと、階下に下りてゆく。

一階の廊下も人の気配はもう無い。

僕は大きく息を吸って、気合を入れた。

さぁ、また一芝居だ。

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