箱
MURASAKI
知りたくなかった・でも知れて良かった
皆さんは、タイムカプセルを埋めたことはあるだろうか。
そう、頭に浮かんだそれで合っている。お菓子が入っていた缶などに宝物を入れ土に埋め、どこに埋めたのか分からなくなってしまう。大概自分が埋めた宝物は手に戻ってくることはなく、その記憶も忘れていくものである。
主人公のミオもその一人だった。
なにせ、彼女は既に埋めた場所ではない別の場所に居たからだ。所謂【異世界転生】というものをしていたのだ。本人はそんなことを露とも思わず、この異世界での生活をそれなりに楽しんで生活をしていた。
ミオは一代貴族の男爵位を持つ父親の元で育ち、平民よりはいくらか身なりが良いという程度で、生活は楽なものではなく自らが働くことで生計を立てていた。
父親の男爵位は、国内外で認められた研究を成し遂げたため頂いたものだったが、信頼していた部下に騙されて研究の権利を盗まれてしまった。金は研究した父親には入らず、国からの報奨金のみが手元に残った。
父親は憤慨したがどうにもならず、それがきっかけで人嫌いになってしまい、ほとんど人前には出て来なくなってしまった。
母親はミオが五つの頃に、まだ世に認められない研究ばかりの父親を心配しながら流行病でこの世を去った。
大きな屋敷を維持するために使用人を雇うなど、貴族としての生活をしているうちに研究の報奨金は底をついた。ミオは権利を持ち逃げされていなければと恨むことはすぐにやめ、研究室にこもりっきりで働かず引きこもっている父親に代わり屋敷の使用人を解雇すると、自ら街へ働きに出かけ家計を支えていた。
***
「やったぞ! ミオ、これは素晴らしい研究だ!」
痩せこけた父親が興奮しながらミオを呼び、良く分からない突起がいくつかついたガラスの箱を指さして雄弁に語った。
「これは時空から物を出すという代物だ。まだ試験段階ではあるが、おかしなものが手に入った。見ろ、これだ」
父親がミオに見せたものは土が沢山ついた小さな箱のような形をしたものだった。何なのか分からないが、それを時空から呼び出したと父親は痩せた胸を張った。
その後、成功率を上げるために研究に没頭していたが、寝食を忘れて研究に没頭してしまったことがたたり、数週間後の夕食の時間に頭が痛いと言い出したと思うと、そのまま倒れ込みこの世を去った。
ミオは、もっと父親の体を気遣えば良かったと自分を責め激しく落ち込み悲しんだが、せめてあまり苦しまずに亡くなったことが幸いだとも思った。
粛々と葬儀が終わり、特に親戚関係も無い一代限りの男爵家は取り潰しとなり、ミオは平民へ身分を戻し屋敷から出ていくことになった。
たった数年住んだだけの立派な家。しかし出ていく前に家の中を整理する必要があるため、父親が研究ばかりで閉じこもっていた部屋に入ると、あの時見せられた箱のようなものが大切に保管されているのを見つけた。
何気なくその箱に触れたミオは、なぜか号泣していた。この箱には見覚えがある。箱を開けろと頭の中で何かが叫ぶので、ミオは恐る恐る箱を押さえているものを剥がす。
見たこともない素材の見たこともない物なのに、ミオは封の剥がし方を知っていた。
何重にも巻かれた透明で頑丈なテープをぴりぴりと剥がすと、異様にネバつく糊面が煩わしく手に張り付いたが、そんなことはどうでも良いとばかりに体中がざわついた。
鉄の塊のように見えるいやに軽い箱の蓋を開けると、水浸しになって何かが書かれていた跡だけが分かる上質な紙が数枚と、様々な玩具と思わしき物がいくつか入っていた。
「これ、失くしたと思っていたミーちゃんのキーホルダー! こっちは、私が書いた将来の夢……ほぼ何にも読めないけど、研究者になりたかったのね。ふふ、懐かしい」
ビニールでしっかり保護されていたため、水分から守られていた猫型のぬいぐるみがついたミーちゃんのキーホルダーを取り出し、四百字詰めの原稿用紙の読める部分に書かれた「研究者」の文字を懐かしそうに眺めた。それから、箱の中に入っていたがらくたを順番に取り出す。
最後に箱から出てきたものは、当時大好きだった漫画が一冊。
「これ、懐かしい。七つの球を集めて神龍を呼び出すのよね。捨てられそうになって死守した二巻……」
生まれ変わる前のミオは虐待されていた。気付かれないように、巧妙に。機嫌がいい時の両親が買ってくれた漫画が宝物だったが、酔いが回ると父がすぐにミオの物を捨てようとするので、泣きながら何とか守った二巻だった。
パラパラと張り付いたページをめくると、中には生前の家族が笑って映る写真が一枚挟まっていた。泥水でほとんどインクが剥がれていたが、当時のことが鮮やかに記憶となって蘇った。
あふれる涙と知りたくなかった過去。向き合うことが出来ずに、ミオは気を失ってその場に倒れ込んだ。父親を亡くしたという強い衝撃を受けたばかりだというのに、自分の死を鮮烈に思い出してしまったのだ。
転生する前のミオは、研究がしたくて大学に行ったが就職先に恵まれず薄給で、なかなか返せない奨学金と父が借りた消費者金融の借金で常に首が回らない。
一人暮らししている安アパートにまでやって来た取り立て人に腹を蹴られ、そのままこの世を去ることになった。激しい痛みを訴えても、ニヤニヤと笑って暴行を働いたあのいやらしい取り立て人の顔が頭の中にこびりついている。
目が覚めても頭は混乱したままで、ミオは家から出ることができなくなった。ミオの知り合いが心配して見に来てくれたというのに、迎え入れることもできなかった。皆、父親の死がショックだったのだろうとあえて深く関わろうとしなかった。
数日後、屋敷は売りに出された。しかしなかなか買い手が見つからず廃れていき、それと同じようにミオのことは街の人々の記憶からも薄れていった。
***
「やっと、できた」
十数年後、ミオはある小さな王国の研究室に居た。
とうとう小さな箱に様々なものを閉じ込めるという技術の開発に成功したのだ。
父親の遺した空間を異次元に繋げる研究をもとに、あの漫画の中に描かれていたような技術を生み出すことができた。カプセルの開発は難しく、結局は箱の形に落ち着いてしまったが満足のいく結果を作り出せた。
今後、世に広まれば長期の旅行や引っ越しなどに困らなくなる。この技術を発表したら、この世界の色々な常識が崩れてしまうが、知ったことかとミオは思う。
一度は絶望したが、自分が研究者だったことを思い出すことができたおかげで、過去の記憶から便利なものを生み出すことができたことを、良かったとすら思える。
――研究者は研究を発表し、世の中を今よりも良くすることが使命だから。
数年後、ミオは父親のように一代男爵位を拝命する。街中ではまだ庶民が手を出せる値段ではないものの、開発した技術が徐々に浸透してきていた。
ミオは本棚に飾った猫のキーホルダーとドロドロの漫画を見ながら微笑む。あと数十年経てば、子どもらがそこかしこでこう言っている事だろう。
「ほい、ぽいっ」
箱 MURASAKI @Mura_saki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます