第34話   三人で外出……あれ? ノワールは?

 おいおい、出かけるんじゃないのかよ。なんかノワールだけ、いつの間にか部屋からいないんだけど。出かける間際でぐずぐずするのが、うちの弟たちみたいだな。


「なあ、ノワールは? さっきまで部屋にいたよな」


「僕に着替えに行ったんですよ」


「ん?」


「僕に着替えに行ったんです」


 ……ん? 二回言われたけど、意味が全くわからねえ。サフィールに着替える??? サファイア姫に着替える??? どういうこと?


 あ、部屋の扉がノックされた。


「お待たせー」


 そう言って部屋に入ってきたのは、ええ!? サファイア姫!? 服装も髪のちょっと崩れた編み込みヘアまで、そっくりだよ! 姫が二人になっちゃったんだけど、え、ちょっと、なんだこれ、どういうこと???


「ふふ、すっかり狼狽していますね。僕たちの区別は、目の色が違うのでわかりますよ」


「え? ああ、ほんとだ、目の色は変わらないんだな」


「出かけるときは、二人とも目隠しをするんですけどね」


「じゃあ意味ないじゃんかよ!」


 二人して一斉に、黒いリボンで両眼を覆い隠してしまった。……わー、怪しい魔法少女キャラって感じ。


「それでは、参りましょうか。いつもお外にお出かけするときは、これぐらい時間がかかってしまうんです」


「ボクの着替えは数分で済むんだけど、時間がかかる時もあるよ。初めて化ける相手とかね」


 ああ、声はノワールなんだ。でも、その格好は数分で済むレベルじゃないぞ。髪の編み込みとか、特に時間かかった。いったい、どうなってるんだ?


 どうやって着替えてるんだ〜???


 もちろん、すぐにノワールに質問したけど、「もう夕方になっちゃったから、急ごう」って、はぐらかされた。


 夕方までかかったのはサファイア姫の髪型のせいだぞ。も~~~、外の空気が吸えるなら何でも良いか。どうせ明日も明後日も検査だろうし、ここら辺でいつもと違うこと挟まないと、やってらんねーよ。



 見張りの兵士と立派なお城の玄関に見送られて、双子みたいな目隠し姫様二人と、なぞのオーバーオール青年と、他には……ルナと初めて会ったときに護衛してたムキムキのお兄さんたちが、しっかり武装した状態で十名ほど、ぞろぞろと……。このお兄さんたちの異様に鋭い眼光よ、神経を使う仕事しすぎて、こんな顔になってしまったんじゃないか。


 このお兄さんたちは、お城でもたまに見かけた。要人の護衛として、ぴったり側を歩いてる感じだったよ。顔も体格も、そこにいてくれるだけで頼りになりそうな雰囲気に溢れてる。


 ……以前までは街で「悪さ」してた俺が、ルナに酷い目に遭わされたあげく今じゃ城の中で胎の中オモチャにされて……このお兄さんたちの目には、今の俺ってどんなふうに映ってるんだろうな、予想すら付けられねぇ……。


 予想も何にもできなさすぎて、一周回って開き直って、あんまり恥ずかしくないって言う俺のメンタルも、相当おかしくなってきたぞ。もう胎ん中見たけりゃみんなして見ろよ(投げやり)。



 城下町って言ったって、テントが出てて、野菜売り場が並んでて、干し肉屋さんが点々とあって、後は、パン屋さんかな? なんでか果物屋さんと一つの棚に並べてパンを売っている。


 時間が夕飯どきなのに歩いてる人はまばらで、お店も特に大声で客寄せもしてなくて、オシャレしてる人も、これといって見かけない……良く言えば平和だけど、悪く言えばすごく地味だった。俺が想像してた市場の100分の1くらいしか合ってない……。


 俺が森にいた頃は、夜に忍び込んでて、朝一で様子を見に行って、それですぐ森に戻って寝てたから、この城下町がどんなふうに賑わってたのかなんて、全然観察してなかった。たぶん俺が気に留められないくらい、毎日静かに時間が流れていたんだろう。


 すぐそこに妖精たちが住んでいる不気味な森があるのに、ここで平和に暮らせてるのって、ある意味凄いのかもな。もう少しお互いに、離れた位置で暮らすことは、できなかったのかな。ルナたちの話してる内容的に判断してみても、妖精たちとすごく仲悪いみたいだし、お師匠様も、俺が人間のそばに近づいてること心配してたもんな。


 今思えば俺のわがままを叶えてくれてたお師匠様は、とても優しい妖精だと思う。そしてその優しさを、俺はここで裏切り続けているわけだ……。正気に戻った俺が抱く、当然の感情なのかもしれないけど、もうあの森で下半身をぐちゃぐちゃにされるのは嫌なんだ……。腫瘍が巨大化していくのも怖いし、無精卵なんか産んだ日には、俺はマジで窓から飛び降りかねない。自分の体がそこまで変化して、正気を保てる自信が全くない。


 俺のオーバーオールの胸ポケットの中で、爆睡している妖精たちも、今じゃたったの二匹だ。ずいぶん減ったなぁ。初めは大勢でオモラシオモラシーって宇宙人みたいに騒いでたくせに。他のヤツらは全員森に帰って、今頃はお師匠様に俺の裏切りを伝えてるんだろうなぁ……。お師匠様めっちゃキレてたら、どうしよう。俺だって親切にしてくれてた相手を怒らせるのは罪悪感が募るし、最悪お師匠様の殺意が俺にも向いてるかもしれない……。親切にしてやったのに〜、角まで貸してやったのに〜、ってめちゃくちゃ恨まれてるかも。余計に森に戻るのが怖いよ。


「イオラ、あそこがお菓子売り場だよ」


 ノワールが指さした先には、テントの下に可愛い木の棚を並べて、その中に焼き菓子をいっぱい詰め込んでいるお店があった。焼きたて、と看板には書いてあるんだけど、全然美味しそうな香りが漂ってこない……。


 あの店だけじゃない。つやのあるみずみずしい果物に、噛んだら旨味が出そうな干し肉、ぺたんこだけど焼きたての看板があったパンなどなど、俺の鼻が詰まってるわけではない、何の匂いもしないんだ。


 そういえばお城の中でも、ご飯の時間になってるのに食べ物の匂いとか全然しなかった。ずっと薬草の匂いがしてた。


 ノワールがハートの形の焼き菓子を買ってくれた。オレの顔くらいでかくて、食べ応えがありそうだが、鼻を近づけても、やっぱり匂いがしない。若干、薬草臭い匂いがする……俺たちの服から臭ってるのか?


 俺はお礼を言って、さっそく食べてみた……クッキーって言うか、おせんべいだな。頭の中に道路工事みたいな咀嚼音が響いた。


 味は……香ばしいと言うより、焦げている。ほんのりどころじゃない苦味が、舌いっぱいに広がった。


 これ、お店で売り出してお客さんからお金もらってもいい味? ニーポンだと大炎上するぞ。


 この世界の食べ物は、マジで不味いか・食べられなくはないかの二択なんだな。この世界に来てから、美味しいと思える食べ物に出会ったことがない。


 ノワールとサフィールは、美味しいね、久しぶりに来れたねー、などと言いながら食べている。無理をしているのではなく、ほっぺたに食べカスをつけながら、本当に美味しそうにもぐもぐと食べているんだから、きっと俺とは味覚の作りが違うんだな。


 っていうか、砂糖と塩が存在しないんじゃないか? バターと薬草と卵はあるみたいな感じ。ノワールに調味料の話を振ってみたら、俺の全く知らない名前がいっぱい出てきた。そんなにたくさんの調味料を使って、この程度の味なのかよ……もう何も入れないほうがいいんじゃないか?


 王族の朝食に出てくるクッキーもあれじゃなぁ……この世界で甘いものは、期待しないでおこう。


「今度は僕がおごってあげます。お城から今月のお給料をもらってるんですよ」


「お小遣いの間違いだろ?」


「そうかもしれません。いつもノワールとおやつをたくさん買ってしまうので、無駄遣いが多いとの指摘を受けます」


 注意されてもやめないあたり、本当にこの街のおやつが好きなんだな……。


 その後、俺は生の果物を買ってもらったんだけど、それも酸っぱ苦くて、かじってる間に咳が出た。


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