第35話   妖精対人間の街

 助手二人はお姫様の格好で、目隠しまでして、そして杖も人の手も借りずにスタスタと歩いてるんだけど、目が悪いって演技はしなくていいのか?


 その目を周囲から隠すために目隠ししてるんだろ……ちょっと心配になって、サファイア姫に聞いてみたら、


「この辺には、よく遊びに来るほうですから、今では庭のようなものですよ。それに目隠し程度では、僕たちの視力は奪えません」


「どうなってんだよ、その目玉。お前らとルナの他に、目玉が光ってる人間は見たことないぞ」


「僕たちも探してるんですけど、今のところ目撃情報が僕たちだけなんですよね。あなたの目は、すぐに光らなくなってしまいましたし」


「ああ、あれは妖精たちから魔力を補充してもらって光ってただけだから。今の俺には、何も残ってねえよ」


 俺がおとなしく検査を受けている理由の一つに、この三人との力の差があまりにも開いている点があった。腕力でも体力でも、魔力でも、どれ一つとして三人を出し抜くものがない……俺が力いっぱい逆らったところで、結局屈服させられて、今よりももっと激しい拘束を受けて、自由を奪われるだろう。簀巻き状態で風呂なんかに放り込まれたら溺死するわ。


 ……ぶらぶらと市場を散歩してたら、びっくりするぐらい短く終わった。もうテント一軒も、並んでない。


 結構人が住んでて、遠くまで民家の屋根屋根が見えるんだけど、この規模の市場で事足りるのか? そしてどの建物もそんなに個性がないというか……。俺の暮らしてる所と文化も違うし、そもそも住んでる世界が違うのはわかってるけど、ちょっと地味過ぎな感じがするんだよなぁ。


 いろいろ疑問に思った末に、俺はサファイア姫に聞いてみた。このカテーテル王国の辺境地と言うのは、あんまり豊かでは無いのではないかと……。


 サファイア姫はルナのことが大好きだから、俺の質問に気を悪くするだろう。それでも、聞いておきたかったんだ、ルナの抱える問題ってやつを。


「この国が、地味に見えると」


「ごめん、でも本当に派手には見えないんだよな。あんたのこだわり抜いたデザインの、かっこいいドレスを見ているせいかな、周りの人の格好も作業着みたいに見えるんだ、それも超絶地味な」


「……良い着眼点ですね」


 目隠ししてるから表情はよくわかんないけど、口角が下がってるぞ。


「ここは土壌が豊かで、魚が獲れる川も多く、最寄りの領土からはほとんど干渉を受けない……さながら暮らしやすい孤島のような土地です。この国の王族は、太陽のように輝く眼を持つ王子が生まれると、この土地に住まわせます。それが古来からの伝統であり、すぐ近所に巣喰う得体の知れない妖精たちに対抗するための、唯一の手段。この場所が国境として線引きができるのも、王子が森の妖精どもを牽制し、この国に入れないようにしているからですよ」


「ルナはそんなに強いのか? 森のどんな妖精たちよりも?」


「そうでなくば、こんな恐ろしい所に住むことはできません。この辺境の地は、人間と妖精たちを隔てる大事な場所であり、選ばれし人間たちが使命感を持って駐在している、誇り高き土地でもあるのです。すべては人類側が勝ち続けるために。そして妖精たちを森から出さないために」


 ……。この国そのものが、人類バーサス妖精っていう構図なのか。お師匠様は筋肉ムキムキだけど、ルナに勝てないのか? 意外だなぁ……。王子のあの綺麗な瞳のせいかな。なんだかあの目、圧があるっていうか、凄みというか、パワーがあるというか、そういうのに疎い俺ですら並々ならぬ力強さを感じるんだ。当のルナ本人は、意地悪な笑顔だったり、心底嬉しそうな笑顔だったりと、表情はわりと豊かでわかりやすいんだけど……その輝く両眼のせいで、親しみを感じないというか、手の届かない特別な人って感じがする。


 実際そうなんだけどな。王族だし。


「なあ、サファイア姫は両親の片方が妖精なんだろ? この国のあり方というか、やり方というか、そういうのが嫌になる時ってないの?」


「僕に赤ん坊だった頃の記憶はありませんので。今は毎日たっぷり可愛がってくれているお兄様に、幸せになってもらいたいと願う日々ですよ。そして僕の悲願達成のためには、イオラ、あなたが必要なのです」


 え


「お兄様は、僕とノワールのことも細かく検査はしました。けれど、あなたのときほど性的に虐げられる手順は、踏まれませんでした」


 ええ


「お兄様があなたに絶え間ない性刺激を与え続け、号泣させてもまだ追い討ちをかけて、意識も朦朧としている最中に甘えた声で名前を呼ばせるだなんて。あんなに嬉しそうで楽しそうなお兄様を、僕は初めて見ました。あなたとなら、お兄様は素の自分をさらけ出せます。あとはイオラが、お兄様と同じベッドで慰め合う関係にまで発展させるのです」


「ちょ、ちょっと待てよ、まさか、今までお前たちが作ってた変なカルテって、もしかして、そのためにか!?」


「今頃気がついたのですか? お兄様は王族ですので、夜伽の手順は幼少期より、侍女たちから手ほどきを受けております。だからあなたが対抗するには、己の体を知り尽くすことです。簡単には果てないように、長く長く、お兄様を楽しませてくださいね」


 ……以前、俺を自由にしてやるとか、外に出してやるとか、そんなことサフィールが言ってたんだけど、まさか王子様の所有物になって自由に振る舞えばいいって意味だったんじゃ……


「俺がルナの寵姫になれって言われてるみたいに聞こえるんだけど」


「ニーポンに帰るのは諦めてください。だって地図のどこにも載っていないんですもの。あなたは森の妖精が誘拐してきた、気の毒な人間です。身寄りもなく、森の妖精たちから屈辱的な辱めを受け、精神に異常をきたしてしまいました。そんなあなたに同情した王子が、あなたを保護し、その心の傷が癒えるまでお城で抱いて寝ていた結果、相思相愛に」


「それがお前の描くシナリオかよ。想像力が豊かなこって。あれ? これってほとんどお前の生い立ちと変わらないじゃないかよ」


「かなり違うと思いますけど、はい、僕の生い立ちを土台に、お話をつくりました。でも、あながち嘘ばかりでもないでしょう? 人目もはばからずお兄様に甘えて、今にも湯の下で契らんとするあなたの姿を、僕たちは目撃しています。お兄様が振り向いてくれなくて、さぞ悔しかったでしょう? あなたが涙を拭いていたのを見ていました。まだチャンスはありますよ。お兄様の興味は、まだあなたのお腹の中に残っているのですから。この機会を無駄にせず、もう一度お兄様にアタックしましょう」


 こいつやっぱりサイコパスだわ。人の気持ちが、っていうか、俺限定で人の気持ちがわからないヤツだ。


「俺は家に帰りたいの! 戻って病院のスタッフさんと、家族に謝って、退院して元の生活に戻るんだよ」


「戻れますか? そんな快楽漬けの体にされて」


「まだ癖になってないから大丈夫だよ、心配してくれてありがと!!」


 大丈夫だ、まだ大丈夫。まだ恥ずかしがって無理だって思ってるうちは、癖になってない、と思う。これが自分から検査をねだるようになっちまったら、もう手遅れだろうな……。


「お兄様と居たくないのですか? 僕は、あの甘えたがりなあなたこそが、本性ではないかと思っているのですが」


「違うぞ。信じてくれない気しかしないけど、あの時の俺は、別人になってるんだよ。今の俺じゃ考えられないくらい、口調も何もかも違うんだ。誰かが……きっと中庭で眠っている本物のアルエット王子が、俺に乗り移って悪さしてるんだ」


 ……サファイア姫が、目隠し越しにオレを凝視していた。まずかったかな、今こんなこと話すの……。でもさぁ、そうとしか思えないんだよな、身に覚えのない、やけにリアルなあの夢、ルナじゃなくてお師匠様ばっかり出てきて、病院のテレビで流れてた恋愛ドラマの、最終回間近って感じのラブラブっぷりがよ……おかげで夢の中でおっさんとキスする羽目になったわ。それも二回も。


 ん? なんでサファイア姫が細い肩震わせて俺を凝視してんだよ。やっぱりアルエット王子の話題は、慎重にならなきゃダメだったか……?


「ご自分のハレンチさを隠すために、そんな設定を脳内で!?」


「へ? はー!? お前の想像力よりマシだわ!」


「お兄様と今すぐ一つになりたいけど恥ずかしいからって、アルエット王子になりきって甘えていただなんて! とんだ策士です。お兄様にとってアルエット王子は、永遠の研究対象なのです。それを見抜き、アルエット王子になりきってお兄様を喜ばせようとするだなんて……よほどお兄様の子種が欲しいんですね」


 もう、誰かこいつを止めてくれ……なんでも恋愛フラグで見るのは、うちのクラスの女子みたいだな。


「お兄様は避妊具がどうとかおっしゃっていますけど、生が一番気持ちいいですよ」


「話の段階を踏んでくれよ、俺まだ何も納得してねえんだわ。ひ、避妊具とか、まだ商品開発の途中なんだから、どっちがいいとか比べられないだろ」


「愛する人と直接触れ合えるほうが、いいに決まってます」


 なんだろう、奇抜なバカップルののろけ話を聞かされている感じがする……後ろにいるノワールが、特に反応もせずついて来ているのが気味が悪い。その後ろを、武装したムキムキのお兄さんたちがぞろぞろついてくるのも、すごい絵面だった。


「ハァ……具合の良さなんて、全部ルナ次第だろ。お前の思惑通り、簡単に陥落してくれるヤツならいいな」


「あなたなら絶対できますよ」


 できますったって、なにをどうやればいいんだよ……。俺が誰かを性的に誘惑するだなんて、想像もできねえよ。


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