第33話   俺の着替え

 着替えが完成する頃には、すっかりサフィールの面影は消えて、黒系ゴシックのお姫様が誕生していた。よくよく顔をドアップで見ればサフィールなんだけど、遠目から見たら全然わかんない。


 お姫様が最後に、かかとのやたらでかい黒の、パンプスとかいうクツを履いて、絶対に脱げないようにって黒いリボンでぐるぐる巻きに足に巻きつけてた。ブーツでよくね? って思ってたけど、なんかリボンまみれになった両足もかっこよく見えて、お姫様のセンスのぶっとびように感心する。


 俺の国でも充分に通用できるファッションセンスだ。俺はこの国の全体像を見たわけじゃないからわかんないけど、この辺に住んでる人たちは仕事着っていうか、機能的なんだけど雰囲気的に地味なんだよなぁ。だから余計にお姫様のファッションが奇抜で、華やかで、かっこよくて、そして誰よりも浮いて見える。


 いったいどこで身に付けたセンスなんだろうな。この辺でめっちゃおしゃれな服屋とか、ざっと見た感じ一軒もなかったけど……。


「僕たちは、たまにですが二人で外出するんです。二人といっても、大勢いる護衛を除いて数えていますが」


「護衛って、何人くらいだよ?」


「十人以上ですね。髪型が崩れたとき用に、スタイリストさんも連れて行きます」


「じゃあ俺じゃなくて、その人に髪の毛を頼めよ。なんか後半から知恵の輪つくってる職人になった気分だったぞ」


「あなたにも僕の苦労を知ってほしかったのです」


「……ハァ、そうかよ」


 ……微妙な空気になった。俺はとにかく、城にずっと閉じ込められている今の現状を少しでも変えたくて、と言うより、ただ気分転換がしたくて、何でもいいから外に出たかった。


 三年間、ずっと森を中心にして活動してたからさぁ、城下町がどんな感じなのか、改めて観察したことがなかった。だから誰かが付き添う形で案内してくれるのは、正直助かる。


「イオラ、あなたの着替えも考えていますよ」


「え? あそっか、俺にもあるって言ってたよな」


 完全に忘れてた。べつにこの格好でもいいけど、やっぱお城から出てくる人間は、ゆるゆるの部屋着じゃダメかも。


 お姫様はカルテをしまってある隣りの部屋に引っ込むと、服を着込んだ手足のないマネキン(お姫様曰く、トルソーって言うんだって)を一人で抱え持って出てきた。見かけによらず、力持ちだな。


「これって、オーバーオールか? 初めて着るよ」


 服屋のマネキンが着てるのを見たことがあるだけで、うちの家族の誰も着たことがなかった。上下がつながった作業着みたいなデザインが、おしゃれだけど動きにくいんじゃないかってイメージがあってさ、それが俺とこの服を遠ざける原因になってた。


 でも目の前の手足のないマネキンが着てるのは(トルソーだっけ?)、黒くてゴワゴワしたジーパン生地がおしゃれで、着てみたくなったよ。触ってみたら、なんだろうこれ、ジーパン生地じゃないな……お姫様に聞いたら、樹木の皮を細く裂いた物だって言われて、この世界だと服はもっぱら植物性だって聞いて、そのドレスもかって聞いたら、そうだって言われて……この異世界すげえなって思ったわ。


 とても植物性に見えないな……そう思いながら、助手二人に背中あたりの着込みを手伝ってもらいながら、鏡の前で、すっぽり着替えた。


 うん、なんかいい感じ。生地もよく伸びて、動きやすい。屈伸運動しても、肩が食い込むこともなかった。


「イオラ、体に異変を感じた時は、するりと脱いでくださいね」


「え?」


「すぐに脱がせやすいように、この服を選びました。お腹が急に疼くとか、突然発情して通行人を襲いそうになったときは、僕とノワールがあなたを捕まえて、物陰でシゴいてあげますね」


「お前、それマジで善意で言ってないよな」


「善意ですよ? 街中でおかしくなって困るのは、あなたでしょう? 仮にも悲劇のヒロインであるサファイア姫の従者なのに、僕以上に悲劇的な真似をしないでくださいね」


 俺が薬草風呂でおかしくなったのは、俺の意思だったんだろうか、それとも、この胎の腫瘍のせいか……もしも、もしも後者だったら、俺は悪くない。悪くない、けど……街中であんなふうになったら、終わるな。


 ルナは俺がおかしくなっても、受け止め慣れてる感じがしたけど、他の人は、びっくりするだろうなぁ。っていうか、ルナ以外の人に、あんなことしたくない……。


 あんな、こと……


 サフィールたちの前で、俺、マジであいつとヤる気まんまんで、膝の上に乗っかったんだよな、で、フラれたと……俺、城下町で菓子とかドカ食いしてやるんだ。甘いものはそこまで好きじゃないけど、今はとにかく、何か口に入れたい。意識を食べ物に集中させたい。


 でもお腹壊しちゃうかな。昔から少しでも食べ過ぎると、腹下すんだよなぁ。


「よかった、サイズもピッタリです。いつかイオラと一緒に、どこかにお出かけできたらなって思ってたんですよ」


「そうだったのか? 俺のこと、外に出そうと思ってくれてたのか?」


「さすがに、痛がるあなたを見て罪悪感が微塵も沸かなかったわけではありませんよ。あなたがお兄様だけに、ずっと相手をしてもらっていたならば、よそに気分転換を求めることなんて、想像もできないほどクセになっていたと思うんですが、残念なことにお兄様は王子様ですから、忙しいのです」


「……あのさぁ、風呂で俺がフラれたのを見ただろ? 王子も俺をそんなふうには見れないって、言ってたじゃないか」


「お風呂でのあなたは、とても積極的でした。合格です。その調子でどんどんお兄様を押し倒してやってください。お兄様が折れるのは、きっともうすぐですよ」


 なんでそんなことが言い切れるんだ? だって、俺……フラれたし。ルナだって俺を調べたり、遊んでるだけで、べつに恋人にしたいわけじゃないし。


「お前、胎に変なデキモノができてる俺と、恩人である王子様が、目の前で交尾しまくるの嬉しいの?」


「あなたの雌化なんて、本当はそこまで影響していないと思いますよ。むしろ、あなたの方が雌化を理由に、都合よくお兄様に甘えていると思います」


「ここには世話になってるけど、そこまでずるいこと一度も考えてねえよ。むしろ一刻も早く家に帰りたいんだよ、俺は」


「お風呂の中だと、『ルナ好きぃ』とか、『キスしよ~』って」


「きっ、記憶にねーよ! 捏造するな!」


「そうですか? 捏造かどうか決めるのはあなた次第ですが、あなたが何度も唇を寄せてくるので、お兄様が仕方なく応じると、あなたはお兄様のうなじに、こーんな感じで両腕を巻きつけて――」


 俺のファーストキスぅぅぅ!(二度目)


「ほっぺに何度もキスしてました」


 ほっぺだったあああ!!


 俺は顔を覆ってうずくまってしまった。


『ねえキスしよ!』


 ふいに、あの夢の中の無邪気で元気な台詞がよみがえってきた……。


「お兄様が『キス楽しい?』って聞いたら、あなたは『足りない』と。『どうしてほしい?』というお兄様の問いに、一所懸命考えて言葉を並べてゆくサマは、もはやお兄様ナシでは生きていけない体に見えましたね」


 ハッ! ぼーっとしてたら、こいつに最後まで説明させてしまった……。


『あとちょっとで恥ずかしい台詞を言わせられたのに』


 あのアホ王子、俺に何を言わせようとしてたんだ……。


 意識のない俺は、ちゃんと伝えたのかな、気持ちこめて、「好きだ」って。なんか条件反射でスキスキ言ってる軽いヤツだと思われてねえかな。


 だって、本当に好きになっちまったんだよ……信じられねえけど。認めたくないけど、もしかしたら、一目惚れってやつだったのかも。


 今は、ルナの中身も嫌いじゃない自分がいる。でもこれは胎の中の変なのが原因である可能性が否定しきれないらしくて……自分が感じてる感情が偽物だって言われてもさ、自覚なんてできねえよ。


 全ての答え合わせは、変なのが完全に胎から消えれば、わかることだ。


 その時がきたら、俺はどんなことを考えるんだろう……なんか、知りたくないかも、だって生まれて初めてこんなに好きになった人だし、その感情が全部錯覚だったって、あっけなく冷めたら、俺、絶対に悲しんでる気がするから。


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