第31話 おやつを食べに行こ
「イオラ、食べないの?」
「なぁ、俺のことウサギか何かだと思ってるのかよ」
初めて入ったノワールの部屋は木彫りのおもちゃだらけで、そのどれもがやたらにリアルだった。フローリングの床に小さい街が点在してるみたいで、歩くとき避けるのが大変だったし、ノワール本人も置き場所に困ったのか、天井に人体のパーツがぶらさがってて、まるでそういう玩具ばかり集めた博物館みたいになってた。
風呂場で薬草の汁まみれになってた俺らは、薬草にそういう成分が入っていたのか、特に石鹸も使ってないのに、さっぱりと全身の汚れが洗い流されていて、バスローブに包まれる頃には、王子と初めて会ったときに鼻腔をくすぐった、あの大好きなハーブの匂いになってた。
あれは薬湯の匂いだったのか……王子は俺に会う前から、色々と研究してたんだな。
う……あの強烈な初対面での出来事がフラッシュバックした。キスされたり、摘ままれたり、凝視されたり、広げて大勢で胎の中見られたり……今思えば、あれは全部俺のためだったりするのかな? でも、キスって検査に必要なのか……?
今は麻布の薄い部屋着みたいなのを、着せてもらってる。これがなかなか、汗や水分をすぐに吸ってくれて、サラサラで快適なんだ。
ルナは話の長い大臣と会食するんだそうで、ここにはいない。で、俺の夕飯は助手二人が持ってきてくれたんだけど……これ、料理じゃなくね?
確かにルナがあっさりしたものを食べてみろって言ってたけどさ、レタス半タマがお皿に乗ってるの見たときは、びっくりしたんだわ。
「イオラ、意外と好き嫌い多いの?」
「そんなことでは、ベッドでお兄様に体力負けしますよ。何でも食べて、栄養つけないと」
「……なぁ、レタス半タマで体力つくと思うのかよ。肉か、せめて魚だろ?」
「あっさりした物をと、お兄様に言われました」
「あー、はいはい、そうだったな……」
俺たちはノワールのやたら大きなベッドに、バラバラな位置で座っていた。夕飯は俺たちだけで、この部屋で食べようってノワールが提案したんだ。
城の食堂に行けば何かあったかもしれないけどさぁ、その、当然のことだと言ったらそうなんだけど、俺の存在はこの城では良く思われてないそうなんだ。お城の従業員の視線が刺すように険しいんだ……。サフィールとノワールは、そんな周囲から俺を匿うために……いや違うな、ここは大事なオモチャを大人に取られないように隠すための、おもちゃ箱だ。
あの薬草風呂までもが……遊んだ後のおもちゃを洗うための、洗い場なんだ。
「ねえイオラ、ただのレタスじゃないよ。ちゃんとたくさん具材が入ってるよ」
「え?」
「ほら、隙間にぎっしり、いろいろ挟んできた」
うぎゃあああ! なんかキラキラした薄い生ハム(なんだこの色?)みたいなものが、レタスの隙間に突っ込まれていた。薄すぎて半透明だから、ぱっと見わからなかったけど。よーく見るとその生ハム(?)っぽいものは、黄緑やら藤色やら、とんでもない色をしてる。
「なになに!? なにこれ」
「王子が言ってた、あっさりごはん。朝に食べる人が多いよ」
「多いの??? これ食う人」
「野菜の中に、薄く切ったいろんな具材を詰めて、小さくたたんでちぎって、口の中に入れるんだよ。鍋に入れたら、スープの具材にもなるんだよ」
なんだ、そのズボラ飯。サンドイッチのパンを、取っぱらっちゃった系か? 具で具を挟むなよ、手がベタベタになるだろ。
って言うかさ、これ、肉? なんの肉だ、これ。聞いてみたら、聞いたこともない獣の名前が返ってきたよ、パポロンだってさ……。
「パポロンの蹄を、スライサーで薄く削いだものだよ」
肉じゃないのかよ。なんだよ、蹄って。爪じゃねーか。
……でもまあ、せっかく持ってきてもらったことだし、朝に食べてる人が多いなら、けっこう美味しいのかもな……俺は恐る恐る両手で持ち上げると、サンドイッチみたいにパクッとかじった。
「うぉえええ! にげえ!」
「イオラ、子供舌?」
「なんだよこれ〜! ゴーヤよりも苦えじゃん! こんなの朝から食べられないよ」
「ゴーヤってなぁに?」
ゴーヤ生えてないのか、この世界。
ノワールがガラスコップで水を持ってきてくれたけど、舌に苦みが膜張ってて、何飲んでも苦え……。
金属を棒状に加工したり、ガラスや薄いゴムを作る技術はあるのに、どうしてこんなに食べ物が不味いんだよ。俺が卵焼き作ってやろうか。
「次は僕が選んできました。ヘルシーなスナック菓子ですよ」
サフィールが朝食のシリアルみたいに、皿にぎっしり入ったコガネムシを持ってきやがった……俺はもう、頭が回らなくなってきて言葉がすんなり出てこなかった。
「あ、あのさ……どう見ても金色に輝く昆虫の死骸なんだけど」
「え? イオラ、これも知らないの?」
ノワールが栗のように大きな虫を一匹つまむと、口に放り込んでサクサクと小気味良い音を立てて食べてしまった……。
「美味しいよ」
「……口の端に金色の粉が付いてるぞ」
「うん。舌と歯と口の周りを、金粉まみれにして食べるのがおもしろいんだよ。栄養もあるし」
誰か俺をニーポンに帰してクダサイ。違う意味で目が回ってきたぞ。この苦み、俺の人体には毒なんじゃねーの……。
「ごめん、ちょっと無理……。俺、イナゴの佃煮も苦手なんだよな」
「イナゴってなぁに?」
イナゴいないのか、この世界。
「イオラ、クッキーしか食べられないなら、街にクッキー屋さんがあるから食べに行こ」
「え? ああ、そう言えば風呂場で、菓子食いに行こって言ってたな」
「うん、行こ。イオラをダシにすれば、王子も許してくれるかも」
一言多いんだよな、お前な。
うーん……クッキーかぁ、それなら食べられるかな。ってか、この世界でまともに完食できた食べ物って、クッキーしかなかったわ……。この国のクッキーは甘さが控えめって言うか、砂糖が入ってないんじゃないかってくらい素材の味しかしないんだよな。
調味料の種類がないって理由もあるかもだけど、たぶん、この世界の人たちは俺よりも味覚が優れすぎてるんだと思う。だから、優しすぎる味でも美味しいって感じるし、苦くて食べられないものでも、その苦味の中に深味というか、コクというか、いろんなものを感じるのかも。そうじゃなきゃ、朝からあの激苦蹄レタスサンドは鬱メニューなんだわ。
こいつらの舌だと、どんなふうに感じるんだろ。俺の舌だと、「不味い」か「食べられなくはないけど美味しくない」の二種類しか食レポできないのが悲しい。
あーあ、ルナたちとおんなじ物を食べて、似たような感想が言いたかったなぁ。
「俺もさ……その、クッキーを食べに街に行きたい、かも」
我ながら、子供番組に出てくるキャラクターの台詞っぽいなって思ったけど、俺にとっては、この世界で少しでも快適に生きていこうって決意を抱いた、その証だ。
二人の顔が、ぱぁっと明るくなった。
「何か食べてくれる気になって、よかったです!」
「ああ、うん……」
「どんどん食欲が出てきて、そのうち排泄もできれば、人の体に戻れる日もぐっと近くなりますよ。一度妖精に捕まり妖精化した人間でも、その変貌が不完全ならば、保護して森から完全隔離した生活を送らせることによって、人間に戻れることが証明できそうです。それは妖精たちに生活を脅かされる我々にとって、大変有益な情報であり、大きな進展ですよ。データを提供し続けてくれたイオラには、感謝してもしきれませんね」
「データをむしり取ってたの、間違いな気がするけどな」
むしり取られては薬湯で丸洗いされる毎日。こんな入院生活に耐えられるヤツって、あんまりいない気がする……体が元に戻る頃には、メンタルが崩壊してると思う。あ、違うわ、俺の後から保護されたヤツらは、ただ森から隔離されてれば勝手に元に戻るってデータがあるんだから、俺みたいな酷い目には遭わないのか……。なんか、ずーるーいー。
医学の進展に貢献した人って、みんなこんな気持ちだったのかな。自分の体から出た結果で、改善点が見えてきて、その後に生まれる人たちのためになるっていう……俺は自分の意思で検体になったわけじゃないから、被害者意識が強いけどな!
「それでは、お兄様から許可を取って、出かける支度をしましょう。ノワール、僕はまたサファイア姫に変身せねばなりませんから、ノワールがお兄様から許可を取ってきてくれませんか」
「はーい。ひとりで着替え、大丈夫?」
「はい。いつも背中のファスナーを上げてくれて、ありがとうございます。今日はイオラにやってもらいますね」
おい、自然な流れで俺が手伝うことになったぞ。魔性のお姫様だな……。
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