第30話   落ちない王子サマ

 薬湯の中で目が覚めるなり、俺は力なく王子の首を絞め始めた。


「てめえ、殺す……」


「あれ? もう甘えん坊な君は終わりなのかな。惜しかったなぁ、あとちょっとで恥ずかしい台詞を言わせられたのに」


「意識のない俺で遊ぶんじゃねーよ……うぅ、目が回る……」


 湯船に沈みかける俺を、変態クソ王子が両脇を抱えて引き上げた。なんか子供がだっこするクマのぬいぐるみみたいな体勢だな……。


「顔色が悪いね、貧血かな? 体調的には悪いことだけど、出し過ぎて貧血になるのは普通の人間の生理現象だから、君の妖精化が治まってきている良い兆候だよ。夕飯はあっさりした物を作らせるから、頑張って全部食べてみようか」


「そうやって……まるで善意の塊のように言ってやがるけど、お前が人の胎ん中掻き回したせいだかんな……」


 血も水分も足りてない状況で、熱い風呂に……別の意味で、意識が……


「イオラ、明日になったら城下町までおやつ買いに行こ。ちょっとの時間なら、ボクたちも外出できるんだよ」


 うぶっ……今は食べ物の話はよせ。あのブツブツマシュマロホットミルク(乳臭い)を思い出すだろ……。


 なんか王子が「まだ調べてなかったね」とか言いながら、俺の胸に顔を近づけてきたけど、俺まだなにか調べられてたっけ――


「ああっ! な、んで、そんなっ、吸うなよ!」


「いちいち声が大きいです、イオラ。ここは浴場なので声が響きます」


 なんで俺が悪いことになってるんだよ、謝らねえぞ。


「って、いだだだだっ! 痛えよ! 全力で吸うな!」


 耳を引っ張ってやろうとしたけど、お湯で滑って上手く掴めなかった。もう耳の穴に指入れてやった。


 ひっ! やめろ、咥えたまま笑うな! くすぐったい!


「は・な・せ! 人前でやめろ!」


「だって吸わないと出ないだろ」


「吸っても出ねえよ!」


 仮に出たら、どうする気なんだよ。こいつのことだから採取したり、味とかも書き残しそうだけど……あげくに俺を泣かすためだけに吸ってきそうだ。


 俺がこいつらから受けた過酷な性虐待の記録を、誰かが読むときが来るのかな……。ドン引きされるだろうな。それか、こんなに王子に身を預けるくらいの関係性なんだと、思われちまったり、とか……


 ひゃっ! ぬるってした……他人の舌って、こんな感じなんだ……あぁダメだ、これ 気持ちぃし 嬉しい……


 自分が性の対象として見られてるみたいで、すごく、嬉しくなる……なんでだよ俺、さっきまでちぎれそうな勢いで吸われてキレてただろ、それなのに、舌先から伝わる刺激が全身にじんわり広がってきて、なんか今、すげえ幸せ……


 舌先が先端を圧するたび、体が跳ねそうになって、それを我慢するたびに息が乱れる。なけなしの理性で必死に耐えて、我慢して……あぁ……もう、無理ぃ……


 ノワールたちが 見てるのに……


 俺はルナの顔を大切に包んで、自ら胸を突き出していた。浴室に俺の、自然に喉からこぼれる声と、息遣いが……びっくりするくらい、エロい。


 太い棒状の器具で 何度もなぞられて 開かされた奥が、今すぐ受け入れたいと、熱く脈打ってる


 俺 今、全身でルナと交尾したがってる


 もういっそ 今すぐここで 繋がっ――


「王子、イオラがまた発情してるよ。意地悪しすぎ」


 ノワールの声で、俺は我に帰った……。俺今、なにを……本気でここでルナとヤろうとしてた……


「イオラの心臓に負担がかかっちゃうから、お風呂出てから交尾してあげようよ、王子」


 いや、止めねえのかよ!


「イオラ、お兄様の寝室の場所はわかりますか?」


「いっ、行かねえからな絶ッ対!!」


 バレてる……ルナと、そういう事がしたいって、こいつら三人に、手に取るように……俺よりも俺の体に詳しいなんて、すっげー恥ずかしい……


 ギュッと身を縮めたとたん、腕の中のルナの柔らかい唇が、強く触れてびっくりした。


 慌てて腕を離して、ルナから離れた。涙が勝手に、いっぱいこぼれ出てしまった。


「もう、やめろ……俺が半端に雌化してんのわかってんだろ。こんなことされ続けてたら、俺……あんたと……」


「イオラ、泣いてる」


「お兄様、イオラは今すぐ交尾してほしいのに、お兄様の前戯が長過ぎだと駄々をこねてます」


 直球が過ぎるだろ! もうちょっと奥ゆかしさ的な、複雑な心境を察しr……いや、やっぱ察しなくていい! もう何も解説すんな!


 俺は湯船に顔半分も浸かって、うずくまってしまった。もうここから出たくない~……体が変なふうになるの、こいつらに詳しく分析されるから、やだ……


 動けなくなって、お湯に涙をこぼす俺のそばに、ルナがやってきた。


「ルナ……」


「イオラ、君がそんなに錯乱するとは思わなかった。落ち着いて、ゆっくり深呼吸しようか」


「さっきから全部お前のせいだろ……」


「今のその気持ちは、ただの錯覚だよ。目の前に私たちしか雄がいないから、そんな気持ちに陥っているだけだ」


「……違えよ、絶対。俺は、あんたがいいの……」


「違わないよ。よく考えてみるんだ、私のどこを好きになる要素がある。嫌がる君をベッドに縛り付けて、独学で身に付けた医術を試しているというのに」


「……そう言われると、混乱してきたな」


 混乱してても、ルナがそばに来てくれて、すげえ嬉しい……我慢できなくて、両腕いっぱい抱きしめた。


 こんな簡単に抱きしめさせてくれるのに、ルナは俺の言葉、信じてくれないのかよ……目の前に雄が自分たちしかいないからだとか、言われて……全然相手にされなかった。


 悔しい……


 また泣きそうになるのを、ぐっと我慢した。あいつの手を、体を……離してやらなきゃ……やだ! ずっとこのままでいたい……けど、悔しくて そんな駄々こねられねえ……。


 なんでもない顔して、汚れた体を流して、痕跡すら……無かったことにしたかった。なのに、あいつに器具でいじられた胎が、じんと熱を帯びてて、ルナのが欲しくて、たまらない……。


 仕返しとばかりに、あいつの胸にキスしてやった。そのまま口で挟んで、舌を這わせる。


 呆れたような乾いた笑いが降ってきた。


「困ったな。そんなことが好きな性格じゃなかっただろ」


「……っせーな。これで我慢してやるっつってんだ、感謝しろよな」


 苦くて不味い薬草汁まみれのを、舌が疲れるまで奉仕してやった。三人の唖然とした気配に、内心で舌を出す。俺が今までいかに恥ずい目に遭ってきたか、これでわからせてやるんだからな。


「イオラはお兄様が、大好きなんですね」


 うげえ薬草が苦い……しかもこいつ、全然気持ちよがらねえ。俺が感じやすいだけで、おかしいのかな。


 見上げてみると、王子はずっと俺を心配そうに見守っていたらしくて、しばらく呆然と見つめ合っていた。やがて伸びてきた腕に、俺は包まれた。


「ありがとう、イオラ」


「……うん」


 何に対してのお礼なのか、わかんなかったけど……すっげー悲しくて、それでなぜか、とても嬉しかった。たぶん、抱きしめ返してくれたのが嬉しかったんだと思う。


 本当に、この気持ちは錯覚なのかな……。


 胎の器官が完全に消えたら、俺はまたルナのこと嫌いになるのかな。


 嫌いに なれるのかな……


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