第24話 助手二人
次はノワールについて話してもらおうと思ったら、
「質問の時間を、いったん区切りましょう」
サフィールの紫紺色の上品なジャケットから、鎖に繋がった銀細工の懐中時計が取り出されたときは、ギョッとさせられた。俺は自分が思ってたよりも、銀色の器具がトラウマになってしまったようだった。
サフィールの宝石のように煌めく両目が、時計の盤面へと伏せられている。
「診察のお時間です」
「は、ぇ……?」
「我々はあなたの腹部に発生したナゾ多き臓器が、肥大化するのか縮小するのかを調べておくようにと、お兄様から命令されております」
「ひっ……ル、ルナリア王子も呼んでくれよ。お前とノワールだけじゃ、ぜってーに痛えもん!」
「ん? お兄様のほうが気持ちいいからですか?」
「なっ、ちげーよ! 痛いからヤダって言ってるの! お前、容赦なくネジ全開に回して広げるじゃんかよ! アレマジで勘弁してくれよマジで」
大マジで必死に頼み込むと、意外にもサフィールがおかしそうに笑いだした。
「お兄様に気があるのですね。あんな目に遭わされてもその手腕を評価して指名するなんて、もう運命の人であると確信せざるを得ません」
「話聞いてくれよ。激痛か気持ちいいか選べって言われたら、痛いほう選ぶヤツいないだろ」
「ふふ、痛くなんてしませんよ。むしろ、お兄様の意地悪よりもはるかに気持ち良くして差し上げます」
え……なにそれ、怖い。歯医者から痛くないよって言われてめちゃくちゃ痛くて麻酔打ってもらったときを思い出す。
「ノワール、準備を始めますよ。手を洗って作業着に着替えましょう」
「サフ、ボクたちもメガネを掛けよう。またイオラに顔べちゃべちゃにされる」
被害者みたいに言うんじゃねーよ。
「それじゃあ準備して来ますから、楽しみに待っていてくださいね」
「一生帰ってこなくていいぞ」
二人が部屋から出ていった後で、自分のため息がすごく大きく聞こえた。足元で妖精たちがドミノを立て直そうと悪戦苦闘している気配がする。
以前の俺だったら、この瞬間をチャンスだと捉えて、迷わずお師匠を呼んできてくれるように妖精たちに訴えただろう。だけど今は、口が動かない。
俺は、あの森に……戻りたくないんだ。
亡くなったパートナーの代用品としか見られていないし、俺が嫌がってもその意思すら無かったことにされて、二番目の奥さんになるのが当然とばかりに扱われるのが、怖くて、どうしても耐えられない。あの森は誰も、俺を俺として見ていないんだ。きっと森に戻ったら、今度は胎に取り返しのつかない事をされる。そうなったら、俺はもう自分を保っていられる自信がない……。
「お待たせしました」
「はあ!? 早えな、おい」
「患者を待たせるわけにはいきませんので」
すっかり謎の作業着に着替えた二人が、眼鏡の位置を耳の辺りで何度も調整しながらベッドの傍らに歩いてきた。
「喉は乾いていませんか? あなたはここに来てから、何も口にしていませんね。お手洗いにも行っていません。大丈夫ですか?」
「それがさぁ、もう三年ぐらい飲まず食わずで、トイレにも行ってないんだよな。でも特に体に痛いところとかは無いよ」
「妖精化が解けるまでは、このお城に居るようにとの、お兄様からの伝言です。妖精化が完全に消えた証として、お腹にある謎の臓器が消えてしまいます。あなたが意識を失って、我々に甘えてくることもなくなるでしょう」
「それは大歓迎だな……でも、放っておけば勝手に消えるんだろ? んな頻繁に時間まで決めて健診しなくていいんじゃないの?」
「肥大化が止まらず雌化が進み、成熟してしまったら大変です。我々が懸念しているのは、あなたが妖精の母となって大量の妖精を産み落としてしまうことです。母体の候補に選ばれる人間は大変少ないですが、一度適合者が現れると、妖精たちは絶対に手放そうとしません」
つまり、胎にできた謎の腫瘍が自然に縮むまで、俺を監禁して経過を診たいってことか……。え、いつまで続くんだよ、この地獄。
顔を寄せ合ってカルテの束をめくる二人に、俺はおそるおそる声をかけた。
「あのさ、俺は、いつになったら退院できるんだ?」
「わかりません。このような症例に遭遇するのは、初めてのことですので」
「俺の胎のアレは、サイズが、その、日に日に小さくなってるとか、なんか、そういう情報ある?」
「お兄様が言うには、初対面時に確認したときよりも、かなり大きくなっているそうですよ」
「ああああ! そう言えばなんかそういうの言ってたっけな、思い出したくなかった!」
両耳を塞ぎたくても、この手足だ。サフィールは不安がる患者に、懇切丁寧に、難しい専門用語も生々しいほどわかりやすく嚙み砕いて解説し、俺の胎の中は「悪化したら後がないから、森に戻らずにここで腫瘍が小さくなるまで安静にしていろ」と説明された。
おかけ様で俺は、胎の中がグロイことになっているのが想像できてしまって、吐き気すら覚えた。俺の全身に血液をめぐらせる血管たちが、だんだんこの謎の臓器に栄養を送るために働き始めているのだと言う。俺の頭がぼーっとなって、幼児返りのヤリチンになるのは、貧血で脳が働いていない時かもしれないとルナリア王子はカルテに記しているそうだ。
説明されれば説明されるほど、俺は森に戻るのが恐ろしくて、そして妖精たちが俺を浸食して身も心も自分たち専用に作り替えようとしていた話に、どんな怪談話よりも身の毛がよだった。
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