第23話   サフィールの秘密

 サフィールが急に椅子から立ち上がった。


「現在のあなたの様子と、ふわふわしているあなたはまるで別人のようですね、興味深いのでカルテに書き記しておきます。少しだけ待っていてくださいね」


「あーい……。もう俺の扱いはただの観察対象ってことでいいんだな」


「はい、そのような認識で問題ないかと」


 そりゃお前らには問題ないだろうよ。


 隣りの、カルテがしまってあるという部屋へと移動してゆくサフィールの背中を見送るなり、俺はノワールと遊んでいる妖精たちに「おい!」と声をかけた。俺の声に驚いた妖精の一匹が、ドミノ倒しの端っこにぶつかり、カカカカカと軽快な音を鳴らしてドミノ倒しがスタートしてしまう。


 部屋中に響いた落胆のため息に、なんでか俺の罪悪感が刺激されたが、他人を捕らえている隣りで遊んでるほうも悪いのだからと、気にしないふりをして声をかけた。


「なあお前たち、なんとかしてくれよ、なに遊んでるんだよ。得意の魔法で、なんとかしてくれって」


「なんとかってー?」


「手足の縄だよ、切ってくれ」


 こいつらの目には、俺の今の状況が遊んでるようにしか見えないのか? 妖精たちも物を知らないというか、俺に負けず劣らずの世間知らずなのかも。ドミノに使ってる代用品も、文房具類が多いけど、その中にハサミがないのがめっちゃ残念だ。


 妖精たちはノワールを見上げて「どうするのー?」と尋ねだした。


「おい、なんでノワールの機嫌なんかうかがってるんだよ」


「わかんない」


「俺にもわかんねーよ! 俺を連れて帰らないとお師匠様に叱られるのはお前たちなんだろ、助けてくれよ。俺に味方するべきだろが」


「あのね、ノワールとサファイアひめ、 ボクらとおししょーさまとおなじなの」


「同じ? どこがだよ」


「うーんと、ぜんぶ? はんぶん? おんなじなの。どっちに味方すればいいのか、わかんない。でもノワールね、お菓子くれるから、おともだちなの。アルエットはお菓子くれないじゃん。でもおともだちなの? ノワールはわるいヤツなの? でもお菓子くれるもん……」


 んな困った顔で見つめ返されても、俺も困惑しっぱなしだわ。


 もう、なんなんだよ、こいつらはよ~。二日前とずいぶん数が減ってるんだけど、俺を見捨てて逃げたやつと、ここに残って俺の痴態を観察したい二組に別れたのか。そして残ってる妖精たちは全然役に立たねえし。100秒俺を隠せる魔法も、この状況だと意味がないし、そもそも助手二人の煌く目玉に、姿を隠せる魔法が効かない……どうやって逃げよう、いつか解剖実験が始まる気がして、だんだんと意気消沈してくる。


 げ、サフィールが戻ってきやがった……って、カルテ分厚いな!! ちょっとした図鑑並みじゃんかよ。こいつら適当に俺の胎ん中を痛ぶってたわけじゃなかったのか。


「なにをそこまでページ数を増やすことがあるんだよ」


「長さや深さを細かく記録しています」


「なっ、長さって……」


 自分で地雷を踏んだ気がする。俺の謎の器官は、胎のどの辺りに発生しているんだろう。


 俺のことばっかり、俺以上に詳しく記録され続けてさ、肝心の俺には何も教えてくれないんだよな、こいつら。


「おい、お前たちのことも少しは教えてくれよ。俺ばっかり観察や実験されて、うんざりなんだよ」


「いいですよ。あなたの頭で理解できるとは思えないので、時間の無駄になるかとは思いますが、無償で貴重なデータを提供してくれるあなたのお礼になるのなら、僕とノワールはいくらでもお付き合いいたします」


「お前さ、その言い方なんとかならねえの……」


 助手二人は、思ったほど(?)会話が成立しない相手でもないようだ。ルナリアが留守の間に、いろいろ聞いとかないとな。何もわからなさすぎて不安で仕方ねえよ。


「なんとかとは?」


 あ、ダメなヤツだこれ。心底不思議そうな顔して小首を傾げてやがる。


「あなたが僕たちに質問したいことは多々あるでしょう。答え慣れています。なんでも尋ねてください」


「じゃあ、なんでサフィールはお姫様だってことになってるの? ルナリア王子の弟とか?」


「僕は赤の他人です。母が妖精、父が人間の大工。大恋愛の末の駆け落ちで、僕が産まれました。ですが異形の母を持つ家庭です、迫害の末に殺害され、三歳だった僕をルナリア王子が引き取りました。当時の記憶はおぼろげで、生まれたときからお城で育っていたような気がします」


「……妖精とのハーフなの? ルナリア王子のこと、お兄さんみたいに呼んでるけど、兄弟じゃなかったのか」


「心の兄にして、父のような存在です。事前に血の繋がりはないのだと説明は受けていましたが、僕はお兄様に報いたくて、助手という立場を確立しました」


「へえ、偉いなぁ」


「ですが、人間と妖精は敵対しているのがこの世界の常です。お兄様は僕を迫害から守るために、寵姫という偽りの立場を僕に授けました。世間では人格破綻者と酷評を受けるお兄様が、どこからか誘拐してきた気の毒な『女の子』。それがサファイア姫の正体です」


「……王子は、自分がヤバイ人間扱いされてるのを知ってて、あんたを守ってるのか」


「サファイア姫は目が悪いという設定も付いています。城の外へ出かけるときは、目隠しをしています。これで僕の目の輝きも、隠すことができます」


 なるほど……本当の性別も、目の色も隠してしまうなら、誰もサファイア姫とサフィールが同一人物だってわからないのか。


 あれ? 王子っていいヤツ……? で、でも、俺にとって初対面が地獄みたいなヤツだったことには変わりないし……。


 本当のあいつって、どういう人間なんだ?


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