第22話 俺の体に起きてる異変
イオラ、イオラ……なーんかどこかで聞いたような響きだ。俺は、どこでこれを覚えたんだっけ?
何度も、何度も、いろんな人から呼ばれてきた気がする。でもイオラじゃなかった、イオ、イオ……リ……!?
センジュドウ イオリ
俺の名前じゃねーか!!! 千住堂伊織だ!! 高校二年、吹奏楽部、誕生日は九月でまだ来てないから十六歳! お寺みたいな名前だけど、一般家庭の五人兄弟の真ん中! 親父の仕事が順調にいってるおかげで、今ちょっと裕福なんだけど、それでも兄ちゃん二人が大学に行ってるせいでけっきょく生活水準なんも変わってねー!
思い出した途端に、どうして今まで忘れていたのか、不思議なほどたくさんの「自分自身の記憶」が一斉に返ってきた。俺はアルエットとかいう謎のキャラから、一気に「千住堂伊織」に戻ることが、できた!
おかえり俺ー!! ただいま俺ー!!
「思い出したぞ! 俺の名前は千住堂伊織だ!」
「センズドー、イオラ」
「違う、伊織だ、イーオーリ!」
「発音しにくいのでイオラでいいですか」
この野郎、人のテンションを下げる天才だな。って、そんなこと考えてる場合じゃない。こんなところで手足を縛られている場合でもない!
「なんで今まで忘れてたんだろ! 俺は病院で亡くなってもなければ、経口摂取だってできてるからもうすぐ退院できるって医者から言われてたのに、なんでか勝手に病院から出てきてるぞ。退院が遠のいちゃうかも、すぐに帰らないと! 家族と病院のスタッフさんも心配してるだろうし、どうしよう、なんて言い訳しよう!」
「落ち着いて、イオラ」
「落ち着けるかよ! って言うか、ここどこ!? 外国!? お前ら日本語上手だな。この国の名前なんていうのか教えてくれよ!」
「ここはカテーテル王国の国境沿いです」
カ……おいおい、そんな国名があったら小学生とか中学生が面白おかしくネタにしてまわってるぞ。エロマンガ島とか。
「聞いたことない地名だな」
「あなたが浴場で話していたニーポンと言う国も、我々は聞いたことがありません」
「え? ないの?」
「現在、王子が家臣たちに命じて、国中の資料を漁らせていますが、この数日足らずで音沙汰がないあたり、存在しない国なのでしょう」
ええ……? 地図にないってこと??? 嘘だろ、そんなことある? あの日本だぞ。世界の日本。
「あなたが暮らしていた国には、妖精がいましたか?」
「俺は見たことないけど、なんか、いっぱいいるらしいよ。
「やおよろず……?」
まあ、外国人なら八百万を知らなくてもおかしくないけど。って、ちょっと待てよ、俺もこの国の存在を知らなかったどころか、つい最近まで人間じゃないヤツらと会話してて、一緒に暮らしてて、しかも胎ん中ほじくられながら
いや、上手い言い回しが見つからなかった。俺が言いたいのは、つまり、ここは俺が知ってる世界じゃなくねってこと。日本がなくて、バケモノがいて、そして……祭りの屋台でたまに買える、蛍光ペンみたいな色で光るおもちゃみたいな目をした人間がいて……でも夢じゃない、俺は何度もこいつらに、強烈な快楽と激痛を味あわされたんだ! 恥ずかしい思いもたくさんさせられたし、あのとき全身の筋肉が萎縮するほど激しく痙攣しながら放ったあの感触は、夢で何かの体験を再現したものでもなかった。
内臓の弱いところを直に器具でほじくられ、ネジで広げられ、そんな恐ろしい目にも、ここに来るまで遭ったことがなかった。
つまり、これは現実――?
隣りにいるこいつらは、俺にぶっかけられようが平然と胎をほじくってくる怪人?
また意識が遠くなりかけた自分を、踏ん張って引っ張り戻した。こんなヤバい状況で、気絶している場合じゃない。眠気だったら抗えなかったけど、気絶は耐えられたのが地味に謎だった。
「なあサフィール、マジのマジで縄をほどいてくれよ、頼む! 俺は逃げたりしないよ。行くあてもないし、また森の化け物に捕まるのも怖いし。せめて、もう少しこの辺を調べたいって言うか、俺なりにいろいろ状況を整理したいって言うか!」
「ごめんなさい、その言葉は信用できません。浴場で意識がふわふわしていたあなたは、お兄様と愛し合うほど甘えん坊で、可愛らしかったですが、今のあなたは我々が行う定期健診すら怖がる有様。ねを上げれば全てから解放されるとのお考えは、どうか改めてください」
このスパルタサイコパスめ。
氷の魔法使いらしく、冷たいヤツだな(偏見)。そんなに突き放すような話し方ばっかしてると、友達できなくなるぞ。医者の真似事するんだったら、弱ってる患者を励ますような一言でも付け加えてみろよ……って、さっきあいつなんて言った!?
「あ、あの、今、愛し合ったって、聞こえたんだけど?」
「はい、言いました」
「俺、まさか、あの、散々広げられた穴で、ルナリア王子と……」
「いいえ。あなたに性的魅力を全く感じていないお兄様でなければ、あなたは意識もあやふやなまま浴槽で犯されていたでしょう」
ひとまずヤッてはないと言われて、めちゃくちゃ安堵した。だって今のところ自分の尊厳的なものを全て踏みにじられた挙句に、わけのわからないままこいつらと交尾まで済ませたなんてなったら、俺はもうどんな顔して何を発言しながら、ここにいなきゃならないんだよぉ……正気が保てねえよ。
「あれ? じゃあなんでお前は愛し合ってたとか言ってたんだよ。変な嘘つくなよぉ、びっくりしたなぁ」
「嘘はついてません」
「嘘じゃんかよ、だって愛し合ってないんだろ? そもそも俺も王子サマも、そんな感情なんて微塵も持ってねえし」
俺に嘘つき呼ばわりされたのが、そんなに嫌だったのか、ヤツはピンクの生地にレースの付いた椅子を持ってきて、ベッドの傍らに腰掛けた。見下すような視線が刺さる。
「入浴の間中、あなたはお兄様にずっとしがみついていました。ぼんやりした顔で、完全にお兄様に甘えながらくっつく様子は、まるで発情期に入った動物のようでした。お兄様のことしか、目に入っていないようでしたよ」
「まっっったく記憶にねえな」
「その弱々しく泣いてすがる姿がお兄様の嗜虐心を刺激したかは定かではありませんが、お兄様はあなたの乳腺の発達を診たいと言いだし、あなたの胸部を刺激してさらに泣かせていました」
「お前ら止めろよ! 自分で言うのもアレだけど俺ので風呂の水が汚れるぞ」
「僕もそれが心配だったので、止めようとしました。ですがお兄様が、以前より発育が診られると言い出しましたので、興味が出て傍観することにしました」
「お前らの探求心、どうなってんの!? 俺イヤだぞ、自分が入ってる風呂に他人の体液が垂れ流しになるのは」
「さんざん揉んでましたが、母乳が出るか不明でしたので、お兄様が直接口に含んで吸いました」
「ええ……(どん引き)」
「あなたはとても痛がって、お兄様の髪を引っ張って阻止。赤ちゃんと成人男性の吸引力は比較にならないので、痛みを伴ったのでしょう」
「いいぞ俺、そのままぜんぶ髪の毛引っこ抜け」
意識も記憶もはっきりしない俺が、ちゃんと仕返ししてる話は気分が良かった。風呂でも泣いてばっかりじゃ、あまりにも情けないわ。
「お兄様も頭髪を失いたくなかったのでしょう、あなたに謝罪し、なだめるために患部を舐めて労わりました」
「え?」
「あなたの抵抗は長くは続きませんでした。お兄様を不思議そうに見下ろし、やがて愛しい何かを抱き寄せるように両手で丁寧に包んで、お兄様の頭頂部を眺めていました。目に涙をいっぱい浮かべながら、とても幸せそうな顔で、お兄様を胸に抱きしめていました」
幸せそうな顔……
「お兄様が、舌が疲れたから放してくれと言っても、なかなか放さず、『嬉しい、もっと舐めて』と言いながら愛撫をねだっていました」
「いやいやいや! 絶対の、絶対に! んなこと言ってねえ! さっきまで痛がってたのに、そんなすぐ機嫌が治るのおかしいだろ」
「痛いのもお好きだからですよね」
「好きなもんかよ!! ってか、お前らは胎ん中に尖った道具を挿れるなよ! 普通に痛えし泣くわ!」
でも、三人がかりで広げられた胎に外気が触れるの、ちょっとクセになりそうなのは黙っておこう……。
「お兄様の予想ですが、今のあなたは母体としての成熟が進み、発情しやすくなっているのでは? 妊娠出産に携わる秘所を刺激するオスが現れると、すぐに交尾と妊娠の準備に、体が入ってしまうのでは」
「俺が誰かれ構わず子供産みたいってかよ!? 冗談じゃねえぞ、もう家に帰してくれよ、怖いよ」
誰か助けてくれ。俺を日本に連れ帰ってくれ。もうやだ、こいつら。俺のことマジで人間扱いしてくれねえんだよ。気まぐれか何か起こして、あっさり俺のこと殺しそうで怖いよ。
俺は縛られた手足でバタバタと抵抗を見せたが、まるで寝ながら背中を掻こうとしている人みたいで、疲れたからやめた。
「ふぅん……ここから出たいと、何度も強く訴えてこられて……もしかしたら、あなたなら本当に……」
サフィールのヤツが、なにやら顎に手を添えてじっと考え始めた。
「な、なんだよ」
「いえ、なにも」
「なんなんだよもう!」
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