第19話   角の使い方

 ん? 今一瞬だけ、ここにいないはずのお師匠の声がしたような。俺の気のせいか、それかそっくりな声した誰かが何か呟いただけかな。


「アルエット、聞こえるかアルエット、何をしているんだ」


 あ、やっぱりお師匠様の声だった。いつの間にここに来たんだ? すっげー近くで聞こえたんだけど、どこにいるんだろ……え、いないんだけと。


 どこいるかわかんないけど、とりあえず大きな声で返事しとこっと。


「お師匠様、今ちょっと俺大ピンチなんだけど、なんとかするから、森で待っててよ」


「私の角から、他の妖精の魔力を感じる。何者かが、もう片方の角を持っているのか」


「え? うん、今サファイア姫がかっこいい杖にして持ってるよ。そこから見えないの?」


「私は森にいる」


 え、そうなの!? 遠くからここまで、声が飛ばせるんだ。


「お師匠様、森にいるのに俺たちのそういうのがわかるんだ、すげえなぁ」


「アルエット、もう私の角のことはいい。その角を囮にして、お前だけでも逃げなさい」


「え~? もう少し粘らせてよ。今、何かが掴めそうな気がするんだ。俺もかっこいい魔法が使えるかも」


 俺はすっかりその気になっていて、張り切っていた。前世ではできなかったことが、ここではできるかもしれなくて、しかもゲームや映画や小説の中だけだったことが、今や俺自身が操ることができるなら、やってみたい!!!


 そんな俺のテンションと好奇心に呼応したのか、地面に刺さっていた角がメリメリと縦に伸びてきた。


「おお~! 俺すげえ」


「今のはお前ではなく、私がやったのだ。アルエット、頼むからすぐに森に帰ってきなさい!」


 めちゃめちゃ心配されてるなぁ。遠くから俺に声が届いたり、GPS機能みたいに居場所がわかる魔法って、なんだかスマホみたいだな、俺、スマホ持ったことないけど。だって俺、突然寝ちゃうから、貴重品とか落としちゃうかもしれないし、寝てる間に誰かにこっそり盗られたらどうしようって思うと、高い家電とか身に着けたいってならないんだよな。


 でも魔法なら、俺の身一つでなんでもできるぞ。


 大丈夫だよ 俺だっていつまでもみんなに守ってもらうだけじゃダメだって わかってるからさ


 杖を掴むと、サファイア姫の杖と同じく大きな目玉が浮かび上がった。俺のは紫色だった。


 え……? なにこれ、片目が見えなくなったんだけど!?


 しかも俺が瞬きしたら、杖の飾りの目玉もぱちぱちした。まさかコレ、俺の目玉なの!? 嘘だろ、こんなに大きくなって露出してたら、相手の攻撃にさらされるままじゃんかよ。


 え、これ、どうすんの??? 俺の編み出したスリープボールは、両手を使って発生させるから、この杖は、えっと、どうやって扱えばいいんだー!?


 思わず、俺より使いこなしているお姫様の杖に視線を移すと、あの青い目玉の真ん中に、白く光る輪っかが見えた。蛍光灯? いや違う、白く光る文字で描かれた、すごく緻密な魔法陣だった。


 マジでそれどうやるの、教えてくれ! って直接頼めるわけもなく、ただ黙って凝視する俺めがけて、魔法陣が青色に発光した。


 うわあ、きっとビームみたいなのが発射されるんだ! 体を貫通されるかも、射線上に入らないように逃げないと――


 突然、全身ずぶ濡れになったぜ。


 ……んだよこれ、単なる嫌がらせレベルじゃねーか。誰だよレーザーとか警戒してたヤツは。


 あ、服の中のやつら、大丈夫かな。俺は服の襟を引っ張って、中に隠れてる妖精たちを確認した。


「アルエット……」


「大丈夫か?」


「うん……」


「こわいよ、アルエット。こわい予感がする」


 びしょ濡れで震えてるこいつらに、俺はこれ以上は無理なんだとあきらめた。俺を置き去りにしなかっただけ、まだがんばってくれたほうだよ。


「わかった、撤退するよ。体を浮かせる魔法をかけてくれ。あとは俺が跳んで逃げるよ」


「むりぃ、さむいぃ」


「べしゃべしゃで、力がでないよぉ」


 え……?


 ちょ、なに縮こまってるんだよ、おい冗談よせよ! なんで濡れた程度でそんなに弱るんだよ。お前ら泉とか水たまりで水遊びするじゃんかよ。


 ……あれ? なんだか俺まで寒くなってきた。鳥肌がすげえ。急に気温が下がってきたのかな。俺たちは濡れてるから、余計に寒く感じるのかも。


 いやいやいや違う! 氷が肌や服に張り付いて、パリッパリになってきてる! これ、魔法で作り出した液体なのか!


 どうしよう、このままじゃ俺もこいつらも氷の彫像だ。もう魔法なんて頼らず、走って逃げるか! 地面にお師匠様の角が刺さったままなんだけど、囮にしていいって言われたし、ここは甘えて、逃げるか。


 げ、やべえ、眠ぃ……よりにもよって、こんなときに、意識が……この感覚は、前世の俺と、同じじゃねえか……


 なんでだよ、俺は生まれ変わったんじゃ、なかったのかよ……


 膝が勝手に薬草畑にうずもれた。せめて頭だけは打たないように、腕を下敷きにして倒れたのだった。


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