第18話   遭遇サファイア姫

 こいつらの泣き止むのを待ってから、俺は立ち上がった。こんなことなら、森のあちこちに居残りしている小さい妖精たちも、みんな服の中に詰め込んで連れてきてやればよかったな。全部アルエット王子が出産したかはわからないけど、もしかしたらまだ森の中に、アルエット王子の子供がいたかもしれないからさ。


 今日、もしも無事に森へ帰れたら、お墓のこと、お師匠様にも話したほうがいいかな。それとも、悲しがるかなぁ……まぁどうせこのチビ達がベラベラとしゃべるんだろうけどさ。


「アルエットありがとう、もうだいじょうぶだよ」


「アルエット、やさしいね」


「おう、気が済んだかよ。じゃあ、矢印の絵を見つけるぞ。どうせどっかに貼ってあんだろ、あの王子サマが何を考えてんのかわかんねーのが不気味だけどな」


「ボクたち足がちいさいから、アルエットについていくのがタイヘンなの。だから、また服の中にいれてね」


 俺が快く返事すると、妖精たちが一斉に、俺の足首からよじ登ってきた。うわうわうわー! ふくらはぎとか太ももがくすぐったい! なんだよ、いつもノミみたいに飛び乗ってくるくせに、なんで今回は這い上ってくるんだよ! ぞわぞわするー!


 ああびっくりした……全員がすんなり服の中に納まったぞ。それぞれが定位置に納まるまで、もぞもぞしていて少しくすぐったい。外の景色を見たい妖精ヤツらは、俺の服の袖口やら襟から脱出して、肩や頭の上によじのぼった。


「アルエット、やじるしの絵、みつけたー?」


「どこだろー?」


「妙だな、あんなに楽勝で発見できてたのに」


 俺たちは誰にも咎められないのを良いことに、中庭をうろうろ探し回っていた。マジで矢印の張り紙が見つけられないんだけど、俺どうすればいいの? どこかで道順を間違えたとか? もう一度、城の中に戻ればいいの?


 あーあー、けっこうな量の薬草を踏んじゃったよ。もったいないなー。人の役に立つ物を台無しにするのって、けっこう罪悪感が湧くよ。あ、でも、これは変態王子が趣味で使うために育ててるかもしれないしな……そう考えると罪悪感を抱かされている今が、非常に屈辱だ。


「アルエット……うえ、見て」


「上?」


 言われるままに見上げると、屋根に四角く縁どられた夜空と、橙色に揺れるたくさんの窓の明かり、そして俺たちを見下ろす大勢の人間の姿があった。


「げえ!? 怖えええ! なんだよこの状況!」


 いったいいつから観察されてたのかわかんない分、めっちゃくちゃビビった!! 槍持った兵士に、メイドさんやコック帽かぶったおじさんまでが、窓から中庭を見下ろしている。たしかお城にいる従業員って、妖精が見える人ばかりなんだよな、それが本当なら、これは中庭を眺めてるんじゃなくて俺と妖精たちを観察してるってことになる。やっぱ怖え。


 ふと、あいつもどこかにいるのだろうかと、探してしまった。他ならぬあいつからの依頼で、こんな事態になっているんだ、絶対どこかで俺のこと見下ろして、にやにやしているはずだ。どこだどこだと見上げて捜すと、三階の、一際明るい窓辺に、金色の両目のお兄さんが立っているのを発見した。……えーっと、あいつかな? 金色の両目が輝いているのが見えるんだけど、なんだろう、白衣を着てるのかな? 色の悪いジャージの上から、白衣みたいな白い上着を羽織っている。長い金色の髪をゆるく一つくくりにしてて、肩から尻尾みたいに流している。


 う~~~ん、あの人があいつなのかな、なんか雰囲気が違うような気がするんだが。たまたまお城に往診に来てたお医者さんとか……あああ!? にやぁって口角上げて目を細めた顔が、まんまあいつじゃねえか!!


 やっぱあいつだったわ!


 俺たちを中庭におびき寄せて、どういうつもりなんだよ! 意図が全く見えなくて何もわかんねえよ!


「あれ? アルエット、あの人間は――」


「だああ! もう変なこと言うんじゃねえよ。おもらしとかおねだりとか、もう腹いっぱいなんだよ」


「え? なにきもちわるいこと言ってるの?」


 はえ?


 だ、だってこいつら、口を開けば俺のことからかってばかりだったじゃないかよ。いきなり梯子外すなよ。


 妖精たちの、ゴマみたいな目ん玉の先を追ってみると、やっぱりあいつの立ってる窓だった。いや、違う、あいつの背後に、俺くらいの身長っぽい男女が控えている。あの王子サマはいるだけで目立ちすぎるんだよ、誰がそばにいてもかすむから気づきにくいじゃないかよ。


 ……嘘だろ、控えてる二人のうち片方は、手配書に描かれてたサファイア姫だ。うーわ、かっわいい~! あの銀髪は本物かな、それともカツラとか、染めてるのかな。でも黒のロックなゴスロリドレスがちょっと近寄りがたい雰囲気だった。


 もう片方は……誰だろ。王子の後ろに重なるように立ってるせいで、よく見えない。あ、前に出てきたぞ――え? 王子と同じ変なキラキラした目ぇしてるぞ!? 王子と並んで俺を見下ろすさまが、まるで顔の似ていない兄弟のようだ。


 遺伝的に珍しくないのかな、あの眩しい目。車のライトみたいで、たぶん真っ暗な部屋で瞬きされたら、俺めっちゃビビると思う。


「おめめ、きれ~い」


「ちいさい、おひさまみたいだね~」


 いいよな、こいつらは。俺もそんなふうに思えるくらい、他人事でいられたらな。


 それにしても、王子サマが国外に追放したがってるお姫様が、すぐお隣にいらっしゃるんだけど、王子サマはどうしたいわけ? 俺に三階まで来てほしいの? そして王子サマでも手に負えないお姫様を連れて、俺がその手をお取りして国外までエスコートしなさいってか。


 めーんどくさー! もうお姫様が窓から飛び降りて、直接俺のところに来てくれないかなー。来てくれるわけないか、しょうがない、三階まで――嘘だろ!! 俺の願い叶っちゃったよー!!


 三階の窓から飛び降りた際にめくれあがった、レースたっぷりの黒いスカートの下に、短パン履いてたよ。銀色のトゲトゲデザインがいかつい革ブーツで、薬草畑の土を跳ね上げて着地しちゃったよ!


 え、なになに? 女子って三階くらいなら一人で降りられるの??? 俺、あんまり女子に詳しくない、ってか非モテ過ぎて女友達すらいなくて、部活が一緒の女子とすら壁がある。ちなみに吹奏楽部だ。木の音が好きだから木琴を、二人がかりで演奏してるんだが、俺が立ったまま居眠りしたときは、いつも相方の先輩に肘で小突かれて起こされている。


 演奏自体は楽しいんだ。また演奏したいなぁ。


 ……とか考えながら現実逃避してる場合じゃないぞ、俺!



 着地したときは両足をたくましく開いてガニ股気味だったけど、何事もなかったかのようにスッと姿勢を正して、静かに佇んだ。風が吹き、たくさんの薬草が一斉に揺れ動き、女の子の銀色の長い髪も揺れて流れて、すごくキレイだった。


 黒いレースの手袋に覆われた細い片手が、何か持っていることに気が付いた俺は、それがお師匠様の角であることにめちゃくちゃびっくりした。返してほしいってすぐに口から出そうになったけど、サファイア姫の宝石のような青い瞳が煌めいて、何か得体の知れない圧を感じた俺は、何も言えなくなってしまった。


 漆黒のレースが付いた闇色のドレス、目の覚めるような青い瞳と、それから長い銀色の髪。でも意外なことに、姫の顔はノーメイクだった。こういうファッションに力込めてる子って、かなり化粧にも力を入れてる感じがするんだけど、ほっぺや鼻先がほんのりピンク色なのが、幼く見えるんだよな。


 人間って、予想外のことにびっくりしたり、怒濤の勢いで事件が起きると、フリーズするよな……。何を言おうとしてたのか、俺はマジですっかり忘れちまった。


 ああそうだった! お師匠様の角だよ! 返してくれよ!


 それとも今ここでサファイア姫を国外まで連れ出せばいいのか!? そしたら角も返してくれるかも……でもサファイア姫はそれを望んでいるのか? 俺、あの姫様のこと何も知らないや。


 ど、どうしよう、俺は何をしたらいいんだ!? 本人を目の前にして、盛大にパニくってしまった。



 よし、一旦落ち着こう。まずは俺の言いたいことを、彼女に伝えてみよう。


「こ、こんばんは! あのさぁ、国外旅行とかに興味ない? それとさぁ、君がその手に持ってる物は俺の知り合いのなんだけど、返してもらっていいかな」


「……」


 無反応だった。俺ってナンパとか絶対しちゃいけないタイプな気がしてきたぞ。今の会話のどの辺が悪かったのかはなんとなくわかるんだけど、どう改善していいのか、全然分かんない。


 俺があわあわと言い淀んでいるうちに、彼女は片手にしていた短い角を、両手で胸の前に掲げた。宝石のように輝く美しい青の瞳は、宝石店で見たダイヤモンドみたいで。俺が一瞬目を奪われている隙に、胸の前の角に盛大な変化が起こった。


 ソフトクリームみたいにくるくるとねじれていた見た目が、くるくると回転しながら縦に縦に伸びていって、一本の槍のような形に変わった。尖った先端を、彼女は薬草畑に突き刺した。彼女の顔のあたりまで届くほど長く伸びた角は、彼女の輝く青い瞳をそのまま宿したような大きな「目」を発生させ、まるで魔法のステッキに付いた大きな宝石ポジションに落ち着いた。


 うおおお〜? よくわかんないけど、かっけー!


 俺にもできるかな、という根拠のない直感に突き動かされて、腰ポシェットから短い杖を取り出してみた。お姫様と俺が持っている物は同じだ。さらに今の俺には、恥ずかし過ぎて号泣するほど過酷な修行で身に付いた、たくさんの魔力だってある。


 よいしょ、地面に突き刺してっと……あれ? さっきお姫様はこんな事してたっけな? いや違うな、角がひとりでに伸びていって、勝手に刺さってた。でも俺ももう刺しちゃったし……ああサファイア姫の「なにやってんだこいつ」的な視線が痛え。


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