第17話   中庭のお墓

「よっと!」


 本来なら足首をグキッてやってしまいそうな高さを、俺は階段二段飛ばし感覚で着地できた。足の裏がジーンと痛むこともないし、俺も早くこの魔法が使えるようになりたいなぁ。そうすれば、どんなところだって行き放題なのに。


 ここは、中庭か? 良い匂いがする。しっとりした、草原の匂い。思わず深呼吸しちまった。一度でいいから、こういう場所に行ってみたいなーって思ってたら、夢の中で出てきたことがあったな。夢に匂いなんてないって言う人もいるけど、俺は味も匂いも感じる方だった。俺の脳内が過去の思い出をこねくり回して、再現してるだけなんだけどな。


 こんなに大きな薬草の花畑を見たのは初めてだった。華やかさは無いけど、青々とした色と香りがいかにも新鮮で、どんな毒も解毒してしまえるような、生命の力強さを肌で感じる。


 こんなところで大の字になって昼寝したら、すごく深く眠れそうだ。起きたら、めっちゃデトックスされてそう。


「アルエット、あぶないよ。あぶない予感がする」


「にげようよ。にげてくれないなら、ボクらだけでにげちゃうよ」


「お前たち、本当に俺を見限るのが早いよな。そういう判断って、どのへんでしてるの?」


「わかんないの? これはまずいぞってビリビリくること、アルエットにはないの?」


 いや、やばいなって思うことは今まででもたくさんあったけど……バカにされたり、煽られると、ついムキになって立ち向かっちゃうんだよなぁ。それで、あいつから受けた拷問が長引いたってのも、一理ある、けど……薬草の花畑を眺めるだけで、こんなにビビるのっておかしくないか? 野菜嫌いの子供が八百屋に行きたくない、って感じに聞こえる。


「まって、みんな!」


 妖精の一匹が俺の服の中から飛び出して、俺の肩に飛び乗った。何か良い感じのことを仲間に言うのかと思ったら、


「アルエットがおもらしするとこ、みたくないの!?」


「見せねえよ!」


「みたーい!」


「見せねえって言ってんだろ! 話聞けよ!」


 ウソだろ、団結しやがった! もう嫌だ、こいつら! 小さな片手を突き上げて「おー」なんて声を合わせてやがる……もう、そんなに見たいならトイレにでも住んでろよー。


 こいつらは放置だ、放置。えーと、次の矢印は……ん? なんだあれ? 石碑? 薬草畑に、丸っこい石碑が建ってる。ところどころ苔むしてて、それがちょっとイイ感じに古くて味がある。……何か文字が彫ってあるぞ?


 俺はあんまり薬草を踏んづけないようにしながら、石碑に近づいていった。あ、これお墓かな、綺麗な花輪が備えてある。誰のお墓だろ、墓石に名前とか彫られてないかな……見慣れない文字が多いな、ちょっと時間がかかりそうだ。いろんな人から教えてもらった文字たちを、がんばって思い出してゆく。


『睡魔王に愛されしアルエット王子 ここに眠る』


 煎じると安眠効果のある植物の紹介文を思い出してたら、なんとか読めたぜ。アルエットって、俺と同じ名前だ。睡魔王って、お師匠様のこと?


 まさか俺の墓じゃないよな。違うか、俺は王子様じゃないしな。


「ママ……?」


 いつの間にか、俺の足元に妖精たちが集まっていた。墓石ではなく、その下の……アルエット王子が眠ってるであろう土を、寂しそうに見下ろしていた。


「ママ、ここにいた」


「ママ……」


「ママ、またおうたうたってよ……」


 ゴマみたいなつぶらな瞳に、大粒の涙をぶら下げたかと思ったら、ぼろぼろとこぼれた。


 ママって、でも、墓石には王子って……俺は後頭部をがしがし掻いた。


「あのさ、このお墓にはアルエット王子って書いてあるけど」


「ママなの。たまご、うんでくれた」


「ボクたちを、うんでくれたの」


「ちょ、卵って――」


「たまごの中に、タネがいっぱいはいってるの。それを森に、まくの。芽がでて、お花がさいて、そのつぼみの中にはボクたちが眠ってて、花がひらくと、ママとおししょーさまがわらって、おはようって言ってくれたの」


「ボクらの、たいせつなおたんじょーびなの……」


「しあわせだったの、すごく……」


 お師匠様、やっぱり、最初の奥さんと同じ名前を俺に付けてたのか。お師匠様とも仲良しだったんだな。性別を気にしないお師匠様と、王子様だけど森に嫁いで妖精たちのお母さんになったアルエット王子……こりゃお師匠様が二番目の妻に誰を選んでもおかしくなかったわけだわ、そして、よりによって合意じゃない俺を……奥さんと顔が似てたのかな、どうやって断ればいいんだろう……。


 一個くらい頑張って産んであげたほうが、いいのかなぁ……。


「そっか、幸せだったのか。うん……よかったな、優しいママさんで」


「うん……」


 くすんくすんと泣き続ける妖精たち。


 俺はしばらく、お墓の前で座ってた。泣き止むまで、待ってやるつもりだ。


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