第16話   誰も俺たちを止めないって?

 本をもとに戻して、この部屋を出ることにした。廊下にも見張りがいるだろうし、慎重にならないと……静かに扉を開けてみると、すぐそこの壁に、また矢印が描かれた紙が貼ってあった。誘導されてるなぁ。信じてもいいのかな……。


 あ。やばい、隣の部屋からメイドさんが出てきた。白いエプロンが清楚で可愛い。そしてばっちり目が合っちゃった。


「……」


 虫が苦手な人が、蝉を発見したかのような顔して、去っていった……。妖精が見えない人だったのかな、それとも見えてて気づかないフリをしてくれたんだろうか……まあいいか、騒がれなくて助かったし。


 俺は廊下をざっと眺めてみた。紺色一色の絨毯に、クリーム色一色の壁紙か……地味だな~、お城ってもっとこう、豪華過ぎてヘドが出そうな煌びやかさだと思ってたけど。


 あ、なーんだ、大きな絵画が飾ってあるじゃん。いかにも金持ちーって感じの大きな額縁だな……って、飾られてるの小動物の骨ばっか!! こっちの額縁の中には、乾燥させた何かの内臓!? 


 なんて物を入れてるんだよ!! 来客が腰抜かすわ!!


 ……とりあえず、矢印の方向に進んでみるか。うぅ、この先、何が待っているのか全然わかんない。っていうか、なんであいつを信じる形でお城を探索してるんだよ。怖えよ~。


「また絵があったよー、やじるし、やじるし」


「うげ、階段の上を示してら……誰かとすれ違わないかな。あ、そうだ、お前たちだけ先に行って、こっそり見て来てくれよ。お前たちなら小さいから、誰かいたって見つからないだろ」


「えー!? こわーい!」


 一斉に服ん中に隠れやがったぞ……役に立たねえな、こいつら。


「もう仕方ねえな、俺が行くよ……」


 うわ、なんだか雑草みたいな臭いがしてきた。薬草でも煮だしてるのか? そう言えば、あいつと初めて会ったときも、薬草のような爽やかな匂いがしてたっけな。今漂ってるこの臭いを、かなり薄めた感じの……まさか消毒液の代わりに薬草を使ってて、その臭いが城中に充満してるのか!? 今まさに誰か解剖中なんじゃないだろうな……。


「アルエット、この先におししょーサマのツノがあるの? それとも、『さこつかんじゃらめ〜』っておもらしするの?」


「なあ、お前たちは角とソレ、どっちが大事なんだよ。角だろ」


「う〜〜〜ん……きめらんないなあ」


 腕を組んでまで悩むな。こいつらの本性は花だからか、飛び出てるメシベや、露出してるオシベとか、そういう露骨なの好きなのかも……? だからって俺が捕獲されて陵辱されるサマを期待するなよ。あの王子サマにとっては、触診とか視診のつもりだったかもだけど……ほ、本当に、あれは、診察だったのか……? まぶたにキスされたり、なんか、俺……可愛がられてた感じがする。泣いて怖がりまくる俺が、徐々に甘えだす反応が、あいつには面白かったのかもしれん……くっそ、じゃあ医者じゃねえじゃん! 趣味で解剖学を習ってる変態じゃん!


 きっと捕まったら地下牢とかに放り込まれて、バラバラに切り刻まれるんだ~……。そして額縁の中に押し込まれて、飾られるんだ。


 そうだ、念のために片手にスリープボールを作って持っていこう。逃げるための時間稼ぎぐらいにはなるだろう。



 二階に上がってきたけど、一階と変わらない地味さだな。壁紙や絨毯でごまかしてるけど、けっこう古い建物で、ヒビがいっぱい入ってる。


「うわ、クマさんだー!」


「こら、大声出すなって」


 急に人の頭のてっぺんまで登って大声出すんだから、俺は片手で鷲掴みして服の中に突っ込んで隠した。


 くまだぁ? あ、剥製だ! 廊下に剥製が置いてある。これも王子サマの趣味か? 手入れするのが大変そうだな。


 ん? クマの後ろに、紙が貼ってある。矢印の描いてある紙かな。うわ、文字がびっしり書いてある。


「小さな愛しいルナリアへ。パパとの約束を覚えているか。定期的に復唱させるから、しっかり覚えていなさい。その1、バラバラにするのは動物だけにしなさい。人間はダメだよ。その2、バラバラにされた命も体も、元には戻らない。その3、このたった2つを守れないならば、親子の縁を切り、その命の源も絶つ。――どうかパパに、最後の手段を取らせないでおくれ」


 これは、ルナリア王子の親父さんからの手紙? 小さい子に向けて書いたような文体だ、きっとルナリア王子が小さい頃に貼られたのかもな、でかでかと。でも今はクマの剥製に隠れて、見えにくくなってる……。


 他に何か貼ってないかな……げ! 兵士がいる。クマの横に立ってたのかよ、クマがデカすぎて気づかなかった! さすがに、ヤバいよな、このボールだけでなんとかしないと。


「…………ハァ」


 兵士のおじさんが、ため息をついてそっぽ向いた。この人も妖精が見えない人だったのか、助かっ――


「おい変な妖精、ルナリア王子の命令でなければ、お前なんかとっ捕まえて、王子の新しいオモチャにしてやるんだからな」


「え? おじさん、俺たちのこと見えてるの?」


「見えてるも何も、そういう人間ばっかりが城に勤めてるぞ」


「えええ〜!?」


 じゃあさっきのメイドさんの、嫌いな虫を見るかのようなあの目は、正真正銘俺に向けられてたってこと!? ショックだ……こっちの世界でもキツイ性格してる女子っているのか。


「なんであの王子サマは、そんなことをおじさんたちに命令してるの? 俺が好き勝手暴れても、おじさんたちは見逃すってこと?」


「限度はあるがな」


 銀色の手甲に覆われた片手で、おじさんは真後ろを指さした。そこには、矢印の描かれた紙が貼ってあった。


「この紙、どういうわけだか王子が城中に貼り回ってたぞ。お前が原因だろ、早くなんとかしろ。メイド長が壁を掃除しにくいって嘆いてたぞ」


「はーい」


 お城の兵士に侵入を許されて、王子サマの対処まで任されるなんて、なんとも奇妙な状況だぜ。おじさんの機嫌が悪いから、俺は早々に矢印の示す方向へ、この廊下をまっすぐ行った先へと、歩いていった。


 本当に誰も、俺を捕まえようとしないな……。部屋から出てきても、俺を見るなりすぐに扉を閉めちゃったぞ。なんか、寂しい……。


「ねえアルエット、ビリビリくるの」


「は? なんだよ、ビリビリって」


「あぶないの。この先、あぶない気がするの」


「なんでだよ、誰も俺たちのこと止めない今がチャンスだろ。行こうぜ」


 う~、と駄々をこねる妖精数匹、他のヤツらは服の中できょとーんとしていた。水差すようなこと言われたけれど、このまま進んで角だけ取り返して森に帰れば、なんの問題もないじゃん。それに、手配書の二人も連れて外に出れば、仕事も早く済ませられる。


 お、廊下の行き止まりで、次の矢印をはっけーん。えーと、次の行き先は……おいおい、窓を示してるぞ!? ここから外に出て先に進めってか、飛び降りろってか!?


 なんのつもりだよ王子サマ、手配書の二人を連れ出してほしくないのかよ……そう思いながら、窓に近づいて外を眺めてみると、縄梯子が降りていた。


 え~……窓から紐を頼りに下りるなんて、やったことない。ちょ、怖いんだけど。風とか吹いてたら、足がすくんじゃうかもしれない。


「どうしたの、アルエットー」


 あ、そうだ、こいつらに頼んで、体を魔法で軽くしてもらって楽々と着地すればいいじゃんか。そうすれば、不安定な縄梯子に掴まって動けなくなるなんてこと、なくなるじゃん。


「なんでもねーよ。ちょっとお前たちに頼みたいことがあるんだけど、いいか?」


「おもら――」


「わかったわかった! もう、なんでもしてやるよ」


 このときの俺は、この発言をめちゃくちゃ後悔することになるとは、夢にも思っていなかった……。


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