第15話   これが俺の新しい力!

 俺自身が使える魔法は一種類だけだから、高い所まで跳んで移動したり、100秒だけ姿を隠す魔法は、服の下に隠れている妖精たちに頼るしかない。


 いつもは真夜中までがんばってる窓の明かりを見つけるだけでよかったんだけど、今夜はあの城めがけて、民家の建物の屋根屋根を走って移動している。


 お城ってさぁ、どんな時でも窓に明かりがついてて、大勢が交代交代で、夜の警備をしてるんだ。今までの俺は一日に一人しか眠らせることができなかったし、そもそも誰かを勝手に爆睡させたら、その人が職務怠慢でクビになっちゃうかもだし、どの人もいつも忙しそうで、俺の魔法がかえって日常の妨げになりそうなんだ。


 今だって、お城のたくさんの窓の明かりが揺れている。……あの変態王子サマも、あの窓のどれかの部屋で、何かしてるんだろうか。案外、誰かを解剖中だったりして? うわ怖え。


「お前たち、マジで俺のこと置いて逃げるなよなぁ」


「おもらしみたーい」


「ぐ……わかっ、たよ……」


「わーい!」


 絶対見せねえけどな! とりあえずこう言っておけば、こいつらもギリギリまで粘ってくれるだろ。


「おもらし、おもらし〜」


「おい、お前たちの声が聞こえる人間もいるんだから、お城に入ったら静かにするんだぞ」


「は〜い!」


 ……絶対騒ぐだろ、こいつら。その都度、俺が注意しないと。


 一種類だけじゃなくて、もっといろんな魔法が使えるようになったらなぁ……あ〜でも、それを身に付けるためには、お師匠様にシてもらわなきゃならないわけで……使える魔法を増やす見返りに、卵を産めって要求されたら、どうしよう、怖い……。


 お師匠様、俺と話し合いしてほしいよ……すごく大事なことだろ……。



 民家やお店がたくさん建ってる地域を抜けると、自然公園みたいな広い土地がずっと続いてて、そのさらに向こうにお城の門があったよ。もう見るからに見張りの兵士が多くて、どこから近づいていいのかわかんないや。


 昔の建物が保存されてる観光地だって、警備員の詰所があるくらいだし、現役の、しかもお城だったら尚更か。この国の重要な機関だろうし。


「アルエットがつかまったら、おもらし見れる」


「あのなぁ、捕まったら殺されるかもしれないんだぞ!? お師匠様から貸してもらった、もう一本の角だって返却できなくなるし、お前たちだってこれ以上お師匠様が弱るのは悲しいだろ!? だからわざと俺が捕まるように、手を抜くのは禁止な!」


 指で三角帽子をつまんで、ぷらぷら揺らしてやると、涙目になってクスンクスンと泣き始めた。


「ごめんなさぁい……」


「わかればよろしい」


「じゃあさじゃあさ、ツノ二本ともとりかえしたら、みせてね」


「あ?」


「おもらし、やくそくね」


「……」


 この妥協案のセンスの悪さよ。


「わーったよ、約束な」


「わーい!」


 どうせ森に帰ったら、すぐに忘れて寝るんだろ……。


 反省してるんだかしてないんだかわかんない妖精を、とりあえず肩の上に乗せといてやった。


 いよいよ、生身の人間相手にこの魔法を使うときが来たな! なにげに楽しみにしてたんだ。よし、魔法を当てたい人間をしっかり見据えて、さっそくスリープボールを創るぞ。


 両手の中に集まるのは、眠気に対して俺が抱いてきた、強い不安の感情だった。修行してる最中は、なんでこんなモノが集まってくるんだよってびっくりしたけど、パニックになってそのへんにブン投げたら、たまたま木から降りてきたリスに命中しちゃって、うわやべえって焦ってたら、そのリスがぐぅぐぅ眠っちゃったんだ。


 それが最初の成功体験。そこからは、必死になって練習したな。おもに、お師匠様からアレをされるのを少しでも避けたくて……ぜんぜん避けられなかったけど。


「わあ! アルエットすごーい!」


「おほしサマいっぱいはいってるボール〜」


 銀河みたいで、綺麗だよな。これ、俺が創ったんだぜ!


「よっしゃ、これぐらい大きくなれば投げやすいぜ。いっくぞー!」


 俺は大きく振りかぶって、勢いよく投げた! すごく穏やかな弧を描いて、兵士のお兄さんのかぶってる兜にポンと当たって、くっついた。瞬く間にお兄さんの頭部に吸収されてゆく。


「うっ……」


 きたきた、お兄さんが眠そうに壁にもたれ始めたぞ。そしてたまたま近くを巡回してきた同僚っぽい兵士のお兄さんが駆け寄ってくる。


「どうした?」


「なんか、すげえ眠い。変な薬とか盛られたのかな」


「あー、ルナリア王子のイタズラかもな。後で騎士団長から、注意してもらうように言っとくよ」


 ルナリア王子って……もしかしてあいつか!? やりそうだ、あいつ、すっごくやりそうだ……。具合が悪そうな同僚を、仲間の兵士数人で運び出して、それで玄関の警備が手薄になるって作戦だったんだけど、なんかついでにルナリア王子に濡れ衣がかぶさったぞ、別にいいけど。


 へへ、俺の恐ろしさはこれだけじゃないんだぜ。なんと、一日に一回しか姿を消す魔法が使えないこいつらと違って、俺のスリープボールは一五回ぐらい使えるんだぜ!


 おりゃおりゃ、どんどん作って投げるぜー!!


「うわー!! どんだけの人数が薬を盛られたんだー!!」


 もう玄関が地獄絵図だな。担架まで来たぞ。ちょっとかわいそうだな……まあ今夜だけだし、もう二度とこんな大規模なイタズラするつもりもないし、許してもらおう。


 よしよし、玄関横がちょっとだけ手薄になってる。


「アルエット、100秒だけかくしてあげる?」


「いやまだだ、温存しとけ。俺が合図したら使ってくれよな」


 俺は夜陰に紛れて、ゆっくりゆっくり、足音を忍ばせて玄関の……横に開いてた窓に足を掛けて、中に入った。


 お、誰もいない。玄関が騒がしいから、部屋の中にいた奴らも外に出たんだ、俺の作戦通りだぜ。


 保険も兼ねて、100秒だけ姿を消す魔法もまだ残ってるし、余裕余裕〜!


「アルエット、かべみて! あの絵があるよ」


「あの絵?」


 俺の腕にぶら下がって、必死に指差す妖精たちの、その指の先に示されていたのは、壁にでかでかと矢印が描かれた紙だった。いい紙使ってるなぁ。この国の人たちって、よくノートやメモ帳に何か書いてるんだけど、その紙がゴワゴワのしわしわでさ、書ければいいわって精神なんだ。識字率もバラバラで、隣近所の人から文字を教えてもらってる大人もたまに見かけてた。


 小学校とか、中学校とか、そういうのあるのかなぁ。俺は三年間、拠点が森の奥深くだったからわかんないや。


「ねえ、やじるしの下に、何か書いてあるよ。アルエット読んで!」


「よ、ようこそって書いてあるんだけど」


「アルエット、カンゲイされてるのー!? おかしあるかな?」


「あっても食っちゃだめだぞ。なーんかおかしい気がする。慎重に行こう」


 小学校の頃に読んだ、不思議の国のアリスって本にさぁ、「私をお食べ」とか「私をお飲み」とか書かれてあるお菓子が出てきた気がするけど、これはそれとは全然違う気がする。だってアリスじゃなくても、お菓子を手にした人は、お菓子に書かれた文字を見るわけじゃん。それって不特定多数に向けて書かれた可能性があるわけじゃん。この紙の「ようこそ」ってのは、俺だけに向けられたメッセージで、これから俺は手配書の裏側に書かれたたくさんの矢印と、壁に貼られた矢印を照らし合わせて進まなきゃいけないんだよ。だから、これは明らかに俺だけに向けられたメッセージだ。


 こんなにでかでかと、ポスターかよ。壁に貼ってて手配書の二人には気づかれなかったのかな。


「この部屋には何もないなぁ。本棚があるだけだ。分厚い本がぎっしり詰まってる。背表紙のこの文字は、習ってないから読めないな」


「絵だけでも見てみたら〜? そしたら、なんの本かわかるヒントになるかもー」


 えー……? そんなことしてる余裕あるかな。誰かがこの部屋に入ってきたらって思うと、一刻も早く移動したいんだけど……そう言われると、ちょっと気になるな。お城なんて入るの初めてだし、異世界のお城だなんて、本格的にどんな書物が眠っているのか見当もつかない。


 ちょっとした好奇心で、俺の指はいともたやすく分厚い書物の背表紙を引き抜いていた。


 本をぱかりと開いてみる。


 ……うーわ! これは絶対にあいつの私物だわ。動物の骨格とか、筋肉とか、内臓とか、そういうグロい挿絵がびっしり!


 解剖学の本かな。モデルにされてる動物たちは、どれも綺麗に切り開かれている。他の本も見てみたら、いろんな器具や錠剤の挿絵があった。こっちの世界の、医学書とかかな。人体のどの辺に使うものなのか示すために、デフォルメされた人間の顔や体に、矢印で繋がっている。


 ふと俺の脳裏に、何かが結びつく。数多の器具に、ローションに、ガーゼに、そしてこの本棚……あいつ、医者なのか?


 王子サマだけど医者なのかな。俺の体のことも、いろいろ調べてたもんな。


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