第13話 新しい魔法と、角
森に懇願混じりの喘ぎ声を漏らしながら、オタマジャクシを放流し続け、過酷な修行でメンタルズタボロにされること約一週間……。屈辱と恥辱にまみれながら身に付けた魔法は、なんと俺一人でも狙った人間を眠らせるというもの。地味とか言うなよ、すごい技じゃんか。
イメージ的には、自分が一日に強く眠気を感じるあの感覚を、体の中で貯金してて、それをボール状にして勢い良く相手に命中させる。デッドボールみたいだから、スリープボールって名付けてみた。
俺は小さい頃から、あんまり運動しちゃダメだとか、長距離を走り込んではいけないとか、いろいろ制限が多かったから、休みの日は近所の空き地の壁で、ボール投げて遊んでたりしてたんだよな。前世では五人兄弟の真ん中だったんだけど、兄ちゃん達とも、弟達とも体力的についていけなくてさぁ、遊ぶ時はいつも一人だったなぁ……。
なんて、暗いことを考えている場合じゃない、せっかく最高の体とアルエットっていう新しい名前をもらったんだ、しかも魔法まで使えるようになった! これでお師匠様の角を取り返すぞ。
「アルエット、がんばって! おししょーさまは、からだの一部が欠けちゃうと、その分だけよわくなっちゃうの。からだがもとどおりに生えてくるまで何十年もかかっちゃうから、とってもたいへんなの。だからアルエット、がんばって!」
「おう任せろ」
「ひとりで魔法がつかえるようになっても、変わらずボクらのことはつれていってね」
「もちろんだよ。でも、あんまり俺のこと置いて逃げるようだったら、考えるからな」
「こんどはおいていかないよー。アルエットがおもらしするとこ、みたいもん」
「はあ!? な、何言って――」
「みたーい!」
何はしゃいでんだよ、こいつら! それにアレは、小便じゃなくて……ともかく! そんなとこじっくり観察なんてさせないんだからな! もう二度と、あいつらに捕まるもんか。もしかしたら次は、解剖とかされて、殺されるかもしれない。なにせ人様の体に、あんな尖った器具つっこんで、隅々まで調べるような連中だからな。
「ぜってー見せないからな!」
「みーたーいー! だってボクらトイレいかないんだもん」
「え? なんだそれ、初耳なんだけど。食ったモノとか、どうしてんの? 完全吸収?」
「あのねー、おしりから土がでてくるよ。ぽろぽろ〜って」
肥料になってる〜……。
……あれ? 俺も妖精の仲間なのに、そんなの出ないぞ。ってか、なんにも出ないよ。だから森にトイレがなくても気にならなかった。
俺だけ、種類が違う妖精なのかな……。
『これ以上、彼の体が変わらないうちに、森から解放してやらないと――』
なんか、あいつも気になること言ってたけど、よくわかんないし、まぁいいか……。そんなことよりさぁ、新しい魔法の軌道、かなり安定してきたんだよ。妖精たちに協力してもらってさ、人間の歩く速度と同じくらいで移動してもらって、そこにスリープボールを投げられるようになったよ。
ボールが命中した妖精が眠そうにしながら、ゆっくり地面に丸まって寝ちまうの、ちょっと可愛い。
「今日の夜にでも、さっそく仕事しに行こうと思うんだけど、お前たちも来てくれるよな?」
「アルエット、おししょーさまにみてもらおう!」
「アルエットが、つよくなったって知ってもらったら、おししょーさま、よろこぶよ〜!」
「うん、見てもらうよ。お師匠様は今どこかな?」
俺は妖精たちが次々に指差す方向へ、歩いて行った。鬱蒼とした獣道に入っていく。
「お師匠様ぁ?」
こんな道、初めて入ったな。坂が急角度すぎて、いろんな植物の茎を鷲掴みしながら降りていった。
あんまり日差しが入らない、薄暗い崖下に、お師匠様と、あとは、なんだろう、かなり近寄りがたい見た目の不気味な妖精たちが、話し合いしてた。触手みたいなのがいっぱい頭に生えてるヤツとか、木彫りのお面をかぶったボロボロマントの半裸の男とか、どこが顔なのかわからない、半分液体のようなクマ(?)とか……他にもまだいるけど、ここからだと影になってて、暗くてよく見えない。
俺はとっさに木陰に隠れて、息をひそめた。なんか、気味が悪くて……。
なにを話してるんだろう。最近、お師匠様は森のいろんな妖精たちと、話してることが多い。
「よかったなぁ、またアルエットが戻ってきてくれて」
「以前のアルエットは、あの妖精たちの母なのだろう? まだ乳が必要な頃だったのに、あの妖精たちも寂しい思いをしたものだ」
ち、乳……?
え? 誰のこと話してるんだ? 俺と同名の、女の妖精がいたのか? お師匠様の、奥さんかな……俺をアルエットって名付けたのは、二番目の奥さんに、するため……?
お師匠様の横顔、とってもうれしそうだ。マジで俺のこと、嫁さんにする気なのかな。それで、俺に卵を生ませて、新しい妖精たちをどんどん増やしていくんだろうか……。だからさぁ、俺の意見も聞いて? 今のこの体には変な器官が生えてるけど、俺はお師匠様のこと、先生みたいにしか思えないんだよ。意思決定も、拒否権すらも、何も与えないって言うなら、俺はもう、お師匠様と一緒にはいられないかも……。
俺の胎の中、今どんなふうになってるんだろう。ぱっと見はいつものお腹なんだけど、なんか、中でかなり膨らんできてるのがわかるんだ……発達してきたって言うのかな、俺、このままじゃいつか卵とか産んじゃうのかな……。
「ん? アルエットか」
げ、見つかった。みんなして俺のほうに振り向いちゃったよ。
無視するわけにもいかない……しぶしぶ、木陰から出てきた。
「ごめん、盗み聞きするつもりじゃなかったんだよ、いつ声かけようかなって、迷ってて……」
「今、お前のことを仲間と話していた」
うん……知ってる。前の奥さんのこと、話してたよな。
ん? げえ! 顔に木彫りのお面を付けてる変なヤツの、首が、しゅるしゅる伸びてきて俺の目の前に~!
「あああ〜、良い塩梅に育っている匂いがする」
調子はずれな上ずった声で、俺の顔の周りを嗅いでいる……。お面だと思ってたけど、よく見たら微妙にニコッと変化してきてる~。
「食べ物が香り高く熟成されていくように、我らのために体が少しずつ変化していく、その際に放たれる芳醇な香りが、ワタシは大好物なのだ」
「あ、はい、そうなんですか」
「ああぁあ~、良い匂いだ~」
電車の中でさ、女子高生の頭の臭いをこっそり嗅いでるおっさんを一回だけ見たことあるけど、頭の中でこんなこと考えてたんだろうなって、今ふと思いましたマル。
あ、お師匠様がこいつの首根っこをがっしり握りしめてるぞ。
「アルエット、お前は私の
怒った声で言われて、どきりとした。
……みんなの前で、「自分のモノ」宣言された。交尾だなんて、直球で言われた……。
俺 いいよって返事してないのに
「俺……その……」
「ワタシの両親は、どっちも生粋の妖精なんだ。だからワタシは、人間の乳の味を知らない。出るようになったら、飲ませてくれ」
「ええ!?」
「キキキッ、冗談だ。森の王を怒らせたくはないからな」
もう怒らせてるよ! 綱引きみたいにして手繰り寄せられてるよ!
あーあー、もう、お師匠様があんなに怒ってる顔してるの初めて見たよ。肌の色も青紫色に濃くなってるし。俺、知ーらないっと。
「お師匠様、俺、今日の夜になったら角を取り返しに行ってくるよ」
「なんだと……? まだ時期ではない」
「もう平気だよ、新しい魔法も使えるようになったし」
わああ、険しい顔してずんずんと近づいてきたよ。でももう本当に、大丈夫なんだって。どうすれば信じてくれるかな……なんのアイデアも湧かないまま、気付くとお師匠様に見下ろされていた。頭をごしごし撫でられる。
「まだ駄目だ、あとひと月は私の血を浴びていろ」
ひっひとつき!?
十日足らずで胎が変になっちゃってるのに、そんなに長いことされたら、俺もう別の生き物になってるよ!
「だだだだだだいじょうぶだから、ね!? お師匠様も、早く元通りの体になりたいっしょ、ね!?」」
「ならば、もう角など捨て置け。また生えてくるのだしな」
「生えてくるけど、何十年も先なんだろ!? 俺、ちゃんと、あの、しっかりやるから、がんばるからさ! だから許してよ、ちょっと出かけてくるだけだから!」
それはそれは必死でお願いした。
もうあの修行はイヤだ! 解放されたいー!
「……」
俺を撫でていたお師匠様の片手が、頭から離れた。
やっぱり、ダメかな……信頼されないのって、悲しいよ。
「もう片方、持っていけ。お守りだ」
「え?」
顔を上げた俺の目の前に、ずいと突き出されたのは、前よりももっと長めに折られた、あの角だった。
「いらないよ、こんなの! 角がないと弱っちゃうんだろ!?」
「必ず、返しに戻りなさい」
強い眼差しに射抜かれて、俺はそれ以上、なんにも言えなくなってしまった。しっかりと握られたその手から、大事に角を受け取る。そのとき、自分の指が震えているのがわかった。
「うん、ありがとう……持ってくね」
俺は角をしっかりと腕に抱えて、逃げるように、その場をあとにした。
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