第11話   修行と卵(性描写有)

「……で、修行って何やんの?」


「どうした、機嫌が悪くなったな」


「なるわ」


 小さい妖精たちもだけど、お師匠様と考えてることが噛み合わなくて、妙な空気になることあるんだよな。なんで俺が、こんなことされて何も感じてないと思われてんだろ。不思議そうにしているお師匠様の顔が、ちょっと不気味に感じる。


 泉の浅瀬では妖精たちが、足をつけてちゃぷちゃぷ遊んでる。ふとお師匠様が、自身の中指を犬歯で傷つけているのが見えてビビった。なんの躊躇もなく、指先から玉のように真っ赤な鮮血がこぼれ落ち、泉の水質をわずかに濁らせてゆく。


「うわ、お師匠様なにしてんの!? その傷、けっこう深いじゃん」


「お前を守るには、これが必要だ」


 血まみれの片手を伸ばされて、俺はしぶしぶ近づいて、自分からその手に捕まった。全身を血生臭い手で撫でられて、ぬるぬると滑りがよくなってゆく。


「何百年もかけて、じっくり妖精化させるには時間が足りない。お前は人間を惹きつけた。一度でも芽生えたその才は、生涯消えることはない」


 才……? 俺があいつらを、惹きつけただってぇ? 言いがかりがひど過ぎる。一方的に捕まって、無理やりオモチャにされただけだっての。


 あーもう、黙ってたら全身ぬるぬるにされたよ。隙間なく塗られたわけじゃなくて、けっこう適当だったけど。弱い部分を何度も攻められなかったのも助かった。こんなぬるぬるに往復されちゃ、たまらない。


 お師匠が水中に、怪我してないほうの片腕を沈めた。何をするのかと眺めていると、俺の片方の太ももが、鷲掴みされた。黒くて大きな爪が、太ももの内側に当たってる。


「じっとしているんだ。動くと、大事な胎が傷ついてしまう」


「え、なに? どういう意味? ケガするようなこと今からするの?」


 片足の太股を掴んでいた青い腕が、持ち上がった。俺の片足の膝だけが、水面から出てくる。体が柔らかいほうでもなんでもない俺は、大きくよろけてしまった。泉の底もぬるぬるしていて、よけいに倒れそうになる。


「ちょ、何すんの何すんの!? マジで何すんの!?」


 大慌てする俺の下腹部めがけて、もう一本の、怪我してる指の青い腕が、水中に沈んだ。


「!?」


 な、なんで! お師匠様まで、そんなとこ……そうだ、そこも、俺があいつにめちゃくちゃにされたとこだ――


 いやいやいや入るわけないだろ! そんな太い指なんか……うそ……ちょっとずつ、ゆっくり飲み込んでる……そんなわけ、ない、のに、だって俺、座薬くらいしか入れたことない、他に穴が拡がるようなこと、なんにも、してないっ!


「やっ……! やだ、怖い……それ以上挿れないで! お願い!」


 ひっ! 広げられてゆく……水が入ってきて、お腹の中、つめたい……


 お師匠様の指の先の鮮血が、擦り付けられてゆく。指の腹が、内側の柔らかい部分を血でぬるぬる撫でてるのがわかる……。


 胎の中が 脈打ってきた どんどん早くなって


 っ……きもちい 


  もっと いっぱいシて


「人間が触れた形跡がある……」


 青い唇から垣間見えた大きな牙に、胎の底からゾクリとした。


「こんなに奥まで、指先が挿いるとは。まだ時期でないというのに」


 俺は  俺 は……


 奥まで届いたヤツ 知ってる


『……見える? ここの、この奥の部分、まだ発達途中だけど、最近できた器官のようだね。胎内で卵を作って産み出す、そのための袋が、前立腺の付近にでき始めてる。視認できる範囲で細くすぼんでるこの部分は、卵のための出口になる予定だ。これ以上、彼の体が変わらないうちに、森から解放してやらないと――』


『あっ……ああっ! そこっきもちぃ……んっ……あぁっ! いやぁ! ……もっと シて……』


子宮口卵の出口、器具で突つかれるの好き?』


『ん……うん……スキ……』


『痛くないみたいだね。出口に器具を挿し込んで、ゆっくり拡げてナカを診るけど、平気だね』


 少し太めの金属状の棒が、一本、つるりと胎に入ってきた。卵の出口っていう部分を、ゆっくり貫いて、奥まで入ってきたとき、俺はたまらず精を吐いた。あいつは俺のが前髪にかかってベタベタになっても気にせず、さらにもう一本、もう二本……拡げられ、奥まで理解しようと、あいつが次々に器具を挿しこんでくる。その金属の先が、ねちっこく粘膜と絡んで……


 思い返してみれば、なんか診察みたいだった。


 じゃあ周りのムキムキは、さながら看護師か?


 あー! 思い出した!


 あのムキムキども! 王子サマが診察しやすいように、俺の太もも持ち上げて角度調整してきやがった!! そのせいで俺は、されるがままのオモチャ状態に。冷たい金属の棒が胎の中を調べ尽くす感触に耐えきれず、意識朦朧でめっちゃアヘッてた……。


 決めた あいつ 殺す


 ぜってーに 殺す!


「誰のことを考えている」


「んぅっ……!」


 お師匠様の指が、よそ見を許さないとばかりに、動きが、激しくなってきた


「お、おししょっ、ひいっ! やだっ! 抜いて! 抜いてぇ!」


 師匠の太い手首を掴んでも、全然止められなくて。激しい水音が、俺の悲鳴を掻き消した。



「これでいい」


 満足そうな表情を浮かべながら、指が引き抜かれた……。


「あぐ……ア……」


 体の内側から痙攣して 声が 出ない


 胎が……胎の中が……変だ……熱 い


 別の生き物みたい 走った後の心臓みたいに 激しく脈打ってる


 なんか 急速に大きく腫れていってる気がする まさか、俺マジで卵産んじゃう体に進化しちゃうの!? 怖いよ、なんでこんなことするの……


「アルエット」


 立っていられなくなった俺の背を、大事そうに支える大きな青い両腕。星空色の両目が、息も絶え絶えな俺をじぃっと見下ろしている……。


「早く、産めるようになれ」


 う、産むって、やっぱり……


「師匠……俺は強くなりたいんであって、卵産めるオスになりたいんじゃないよ……」


「この森に住まう多くは、雌雄同体だ。私も、ここの妖精たちもな」


「は……?」


「植物にもオシベとメシベが、一つの花に備わったものが多いだろう。アレと同じだ」


「お師匠様たち、花だったの!?」


 妖精が言ってた「ボクらに近くなる日」って、俺に女子の性も生やすって意味かよ!


 やだよ、怖いよ 強くなりたいけど、予想の斜め上の特訓だったよ、すげえ恥ずかしかったし、なんにも聞かされずいきなりされて悲しかったし、こんなの、耐えられる自信が……


 ダメだダメだ! 負けるな俺! あいつを爆睡させて、どっかの倉庫に吊るし上げるんだろ。そのために、耐えないと!


 めちゃくちゃ気持ち良くて恥ずかしいけど、痛いわけじゃないんだ、お師匠様の血のおかげでぬるぬるしてて滑りもいいし、爪が引っかかって内臓がケガすることもなく引き抜かれた、だから、大丈夫、耐えられるっ……!


 うぅ、もう一人の俺が、羞恥に耐えかねて崩れ落ち、床に倒れてギャーギャー号泣している……。わかるよ、信頼してた大人からいきなり強姦されたに近いもんな、これ。


 俺は泣いてる俺を抱えて起こすと、抱きしめて背中を撫でて、落ち着かせた。今までだって、何もできなくて悔しくて、悲しくて、泣き喚く自分をこうしてなだめてきた。だって、俺の他に誰もわかってくれないから。


 こんな 誰にも解明できてない難病なんか


「……お腹、変だから、しばらく休んでる」


 俺は腹部を両手でかばいながら、濡れて重たい体を引きずって、池から上がった。まだ息が荒い……デカいモノが胎の奥深くまで往復しまくってた感触が、まだ体に残ってて、熱い。


 池の真ん中で、お師匠様が俺を眺めている視線を感じる。俺はそれから逃げるように、大木の裏に隠れた。


 体がつらくて、そのまま座り込んだ。もう着替えてなんて、いられない……。


「アルエット、しゅぎょーおわったー?」


「おみずの下で、なにしてたのー?」


「あー! ずるーい! おししょーさまから魔力いっぱいもらってるー!」


「わけてー!」


「なっ、おいこら! 股ぐらに顔つっこむな! もう俺、今だるいの! 森ん中で遊んでろ!」


 うーわ! 体によじ登ってきた! アリンコかよ!


「お前たち、アルエットは休みたいそうだ。そっとしてやれ」


 泉の中央から響くかっこいいバリトンボイスに注意されて、妖精たちがクモの子を散らしたように、俺の体から滑り降りて逃げていった。


 やがて、お師匠様も水から上がる音がして、蹄の音が遠くなっていった。


 ……ねえお師匠様、赤ちゃんほしいの……?


 そういえば、お師匠さんと似たような見た目の妖精、一度も見たことないな。絶滅しちゃったのかな。だから、代わりに弟子の俺を……たしかに俺は体の大きい妖精だけど、俺の意思は、どうなるの。


 嫌がったり怖がったりする俺を、そのあったかい両手で捕まえて、胎の奥に子種をたっぷり注ぎ込んで、子供が産まれるのを待って……俺はその間ずっとどんな顔してあんたに接してればいいんだよ。


 ……なんで俺が産むの望んでるって、思うんだよ。


 お師匠様なら、俺のこと理解してくれるのかなって、ほんの少し、期待してたんだ。あの大きな手、大好きだったのに……今はあの指で妊娠しそうで、怖い。


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