第10話   強くなりたくて(性描写有)

 俺は人間どもにもみくちゃのズタボロにされたせいか、次の夜は街に行けないくらい熱が出て、お師匠様のそばで眠ってた。そして丸二日も、ずっと寝てたんだってさ。真っ青な顔して、どんどん衰弱しながら……。お師匠様と妖精たちが、代わる代わる様子を見に来てたんだってさ。


 お師匠様から、あんまり生身の人間に触られるの、良くないから避けるように言われた。早く言ってくれよー、今初めて知ったんだけど。妖精って人間アレルギーなのかな、だから森ん中に隠れてるのかも。


 二日も飲まず食わずだったけれど、たっぷり寝たせいか、元気に起き上がれた。思い返してみれば、この世界に生まれ変わって、俺この森の湧水しか飲んでないよ。


 なんで忘れてたんだろう、俺には以前、食欲ってものがあったはずなのに。なにか適当に、前世で食べてた物を思い返してみても、全然食べたいと思えないんだ。


 俺は中学、高校と食べ盛りだったから、給食も弁当も家で食べる飯も、楽しみでしょうがなかったよ。いつもお腹すいてたし、お母さんは料理が上手だったし。


 えーっと……たとえば、カレーとか、シチューとか、あとお店のハンバーガーとか……う〜ん、他になにかあったかな、あ、チャーハン! まだあった気がするな……あれ~? パッと思い出しても、すぐに記憶にモヤがかかるんだが。食べ物の名前が、全然出てこない。


 これって、自然なことなのかな。前世の記憶があったって、この世界じゃほとんど役に立たないもん。前世の記憶を少しずつ忘れていって、ここで妖精として生きていく準備が、どんどんできてるってことなのかな。


「あ、おはよーアホエット、じゃなかったアルエット」


 目を開けると、見慣れた三角帽子がふりふりと踊っていた。


「きょうは、アルエットがもっともっとつよくなる日! おたんじょーび、おめでとうアルエット!」


「……へ? 前も誕生日だって言われた気がするんだけど」


「きょうはアルエットが、もっともっとボクらに近づいてゆく日。おたんじょーび、おめでとうアルエット」


 ……産まれた日を祝う他にも、そんな理由で誕生を祝うのか? へぇ……寝起きだと混乱するな、これ。


「アルエット、おししょーさまがお池でまってるよ」


「え? なんで池?」


「アルエットが、しゅぎょーするためにだよ。あたらしい魔法がつかえる身体からだにするんだって〜」


「体ぁ……? ああ、鍛えてやるってことか。え、池で? どこの池だよ。この森ん中に数え切れないほどあるぞ」


「すぐそこのお池だよ〜」


 最寄りの池って言ったら、あの綺麗な泉か。え~、たしか結構な深さがあった気がするぞ、足つくかな、心配だ。


「弱ったなぁ、俺泳げねえんだ。昔から足が攣りやすくて」


「あのお池、アルエットなら足つくよ。さっきおししょーさま、ガブ飲みして足つくようにしてたよ」


「……マジか。んなことして、腹大丈夫なのかよ」


「うん。お水くらいじゃ、森の妖精はたおせないよ〜」


 ニカッ! と歯並びがぐちゃぐちゃの前歯を見せつけて笑う妖精。けっこう犬歯がでかいんだな。


「わーったよ、行ってくる」


 大あくびしながら、ふらふらと立ち上がって、あの泉を目指した。この森は不思議なんだよな、時が止まってるみたいでさぁ、その辺の湧水で顔を洗ったり口ゆすいだりするだけで、もう充分身だしなみがピカピカになる。これがいつも可愛くいられる妖精パワーってやつなのか。



 キレイな水辺で、じっと水面を見つめているお師匠様がいた。筋肉から先に生まれたようなムキムキの上腕二頭筋が、真剣な面持ちで腕組みされている。今日の肌は青空のような色してるけど、昨日の真っ青よりはちょっと元気になったのかな? 基本的に肌の色が青いから、元気なのか具合悪いのか、よくわからない。


「はよざいまーす。お師匠様、俺のこと鍛えてくれるんだって? さっきチビたちから聞いた」


「お前に、強くなってほしい。容易には殺されぬ程に」


「ありがと。俺もそろそろ、そうならなきゃなって思ってたんだ」


 俺は力強くうなずいた。


 身に付けた新しい魔法は、何度も何度も練習して、自由自在に発動できるように練習しなきゃなんだけど、その魔法はお師匠様からもらうんだ。


 だから俺は、この人のこと『お師匠様』って呼んでるんだ。そしたら妖精たちも真似しちゃってさ。


 これからは、か弱い妖精たちがあっさり俺を見捨てて逃げやがっても、自分の身は自分で守らなくちゃ。妖精たちがいないと何もできなかったのは事実だったから。強くなって、もう二度とあんな目に遭わないように気をつける、むしろ返り討ちにしてやる!


「俺、どんな修行でもがんばるよ! お師匠様の角も取り返したいし、俺にいろいろしたヤツらにも仕返ししたいしな!」


 俺は前世だと体が弱くて、運動部は無理だって医者から止められてた。でも、寝れば回復できるこの体なら! 体を鍛える定番を挙げるならば、走り込みとか? この森は広いから、効果ありそうだ。あ、訓練には泉を使うんだっけ? 水に入ったまま走るって方法もあるんだよな。それか、冷たい水にしばらく入って精神統一とか……。


「私に続くといい」


 そう言ってお師匠様だけ、水の中にザブザブと入っていった。本当に水かさが減っててさぁ、以前はお師匠様の下半身がすっぽり水面下に入っちゃってて、ぱっと見ものすごくガタイの良いイケメンのおじさんが水浴びしてるようにしか見えなかったんだけど(尚、肌は青色)、今は人外の下半身がわかる程度に水量が減っている。


 俺もこのまま水の中に入ればいいのかな。それとも、脱いだほうがいいのかな。着替えがそんなに無いんだよな……。


「アルエット、着ている物は、泉の縁に置いていきなさい」


「濡れるから?」


「……お前の身体に起きる変化が、わかりやすい」


「変化ぁ? うん、わかったよ」


 体の変化って、筋肉がついたーとか、効率良い体の動かし方してるかー、とか?


 言われた通り、服を脱いで、大木の下に畳んで置いた。妖精たちが勝手に俺の服を引っ張って、せっかく畳んだのにぐちゃぐちゃにしていく。いつものことだが、なんなんだよ、こいつらは。


 べつに男同士恥ずかしがるもんもないし、俺は水に入ると、ジャブジャブとお師匠様のそばまで歩いていった。うへぇ、泉の底がぬるぬるする〜。プール掃除のときみたい。


「俺はどうしたらいいの?」


 たずねる俺を、お師匠様が優しく見下ろしてて、でも、どこか不安そうな顔で、ゆっくり膝を折ると両手を伸ばしてきた。


 俺の肌が、青くて大きな、あったかい両手に包まれる。


「私の手は、怖くないか?」


「お師匠様の手、好きだよ。俺がこの泉から生まれた時も裸でさぁ、体が冷えて仕方なかったんだけど、こうしてあったかい手のひらで、たくさん撫でさすってくれたよな」


 大きな片手を、両手で包んだ。ふふ、俺の手の五倍はあるかも。


「あの時の俺、とっても気持ちよかったよ。この世界に、歓迎されてるみたいでさ」


「お前が初めて挙げた歓喜の産声は、よく覚えている」


「へえ、どんな声? 俺ぼんやりしてたせいか、細かいとこまでは覚えてないや」


 濡れた青い肌が俺の体をなぞりながら、胸に到達した。


 あっ……指の腹がざらざらしてて、胸もまれると、刺激つよっ……勃ちそ


「んっ……まって、そんなにしたら痛いよ。そのピンクのとこ弱いから、こすんないで」


 そう言えば、ここもあいつが触れたとこだったな……まぶたといい、偶然かな。


 あ、ちょっ……今度はあきらかに俺が反応する場所をつまんできた。池に沈んでる太い腕が、水面を波打たたせる。


「なんで、俺のシゴくの……男同士なんだから、わかるだろ? 泉、汚したいのかよ」


「どんな声だと聞くから、再現しているのだが」


 え……?


 ……ま、まさか、俺、産まれてすぐに、この泉で――


 それ産声じゃねーよ!! 恥部をざらざらの指と水の滑りで刺激されまくって、声上げて絶頂してたんだよ! うぅ、初イキが師匠の指って……あんま考えないようにしよう、メンタル壊れる。


「お前は昔から、私の手の中でよく漏らしていたな」


「漏らしてないよ! その時出たのは、その……ねえ修行しよ? そのままシゴき続けられたら俺、マジでここでしょんべんしてやっから」


 するとお師匠様は、名残惜しそうに手を離した。


「またお前の産声が、聞きたかった。あと少しで出そうだったのに」


 声がか? それとも、別の意味で言ってんの?


 どうしてくれるんだよ、俺は真面目に修行したかったのに、おっさん師匠を目の前にしてギンギンにされたぞ。元気になりすぎて股間が痛ぇよ。


 これじゃまるでお師匠様に欲情してるみたいじゃねーかよ。


 ……さっきは修行しようなんて言ったけど、この状況のまま修行に入るの、無理じゃね? お師匠様は、こんな俺を凝視してて何か気づかないのかよ……。


 ……あ、気づかないのか。俺が恥ずかしい声を上げてるの聞きながら、産声だなんてピュアなこと言う人だもん……。


 どうしよう、このまんま修行に入るの嫌なんだが。


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