第5話   捕まっちまった……

 俺一人を捕まえるためにさぁ、こんなに筋肉モリモリでガタイの良いお兄さんばっかり、よく集めたよな。俺が使う魔法を警戒して、ひときわ頑丈な傭兵でも集めたのかな。なんにせよ妖精たちが起きてくれないと、脱走にも便利に使える跳躍魔法が使えないから、俺は今、連行されるままに元来た道を戻らされている。


 二人がかりで俺の腕を片方ずつ羽交い締めにしてて、すげえ苦しい。ほんとに、どこに連れて行くんだよ、もう。俺の拠点は森ん中なんだから、街の地理には詳しくないんだよ、迷子になっちまうよ〜。


 って、マジでさっき来た道を戻ってるだけだった。あの靴屋さんが見えてきた。


 うっ、服の下がもぞもぞして、くすぐったい! こいつら、今更寝ぼけたツラして出てきたぞ。


「なになに〜? なにがおきてるの?」


「わかんねぇけど、人間に捕まっちまったよ。俺たちが夜な夜な人間たちを眠らせてたのもバレてるや。今、連行されてるとこ」


「どこにいくの?」


「わかんねーよ、もう、どうしよう」


 今の状況、マジで怖い……だってこんな乱暴な扱い、前世の親にだってされたことねえもん。殴られたり蹴られたりすんのかな。なんだよ、俺たち役に立ってたじゃんかよー。


「なあ妖精、100秒間だけ俺の姿を消してくれよ。消えてる隙に逃げるからさ」


「あー、アレは丸一日たたないとムリなんだー」


「えっと、じゃあ、今すぐ俺を高いところまでポーンと飛ばしてくれないかな。あとは俺ががんばって逃げるから」


「それもムリだよー、そんなにがっちり捕まえられてたら、両横にいるにんげんも、いっしょにジャンプしちゃうよー」


 なんだよ、それ。三人そろって屋根の上に飛び乗って、どうするんだよ。


 突然、俺を羽交い絞めにしていた腕の力が、強くなった。


「いでで! 痛いってば!」


「何をコソコソ話している。服の下にペットでも飼っているのか」


「ペットじゃねえよ」


 詳しい説明が要るかな、と思ったけど、お兄さんたちはそれ以上聞かなかった。


「ねえアルエットー、そろそろきみも次のダンカイにステップアップするときが、きたんだとおもうの」


「ええ? こんな時に、なに言ってんだ」


「あおくてぴかぴかしてる師匠のツノがあるでしょ? アレを使って、アルエット一人でもいろーんな魔法が使えるようになろうね」


 一人で? 今まで何をするにも服の中に大勢詰め込んで、ワイワイワイワイとあれこれ指示されながら、ようやっと魔法を使ってきた日々が、終わるのか? 俺にとっては、こいつらがそばにいることが当たり前だったから、いざ一人で何でもできるようにならないとって言われたら、なんか、急に寂しくなっちまう。


 でもまあ、このまま甘えててもなぁ……一人の方が、いろんなタイミングを自分で決められて、楽かもしれない、けど……


「俺に、できるのかな。唯一使えてる魔法だって、お前たちがいないと発動しないし……」


 なんなら、あの角だって光ってくれないし。光らないと、チョコ味とバニラ味のソフトクリームをくるくると混ぜたような色なんだ。俺が手に持つにゃ、ちょっとポップ過ぎる。


 靴屋の外では、あのおじさんがおろおろした様子で俺たちを眺めていた。せっかくぐっすり眠らせたのに、朝だって、すっきり爽やかな顔で背伸びしてて、喜んでくれてたのに……。


 ふーんだ! そっぽ向いてやる。


 ところがムキムキのお兄さんたちは、俺を靴屋の裏口まで運んで行った。不安そうにしているおじさんに、「ご協力感謝する。バックヤードを使わせてもらうぞ」なんて言ってるんだよ!


「おっちゃん! どこまでグルなんだよ!」


「ごめんね、街のみんなが困ってるからって、お願いされちゃって」


「誰にだよ」


「この人たちにさ」


 おじさんは本当に不本意だったみたいで、おろおろしてる。うぬぬぬ、これ以上は責められないな。こんなに強そうな兄ちゃんたちに頼まれちゃあ、引き受けちまう人もいるだろうし、みんなの為だとか言われたら、押される人もいるだろうよ。


 だからって俺の監禁先を、この店の一室に選ぶヤツがあるか! 気まずいわ!


 たぶん、おじさんの仕事用のテーブルだと思う、やたら大きくて年季の入った木製の台があって、いろんな道具が置いてあった。革製品を扱うからか、革の匂いがする。靴をピカピカにするための薬品のビンも、棚や台にいっぱい並んでる。お客さんの足形を模した木型もびっしりだ。


 これ、俺たちが暴れたらガシャーンパリーンッてなる展開だよな。おじさんは無理やり協力させられたっぽいのに、ガシャーンとか踏んだり蹴ったりだよなぁ。まあ、痛いことされたら、道具とか割れるとか関係なく、大暴れしてでも逃げなきゃならないんだが。パッと見た限り、めちゃくちゃ大事にされてる道具ばかりなんだよなぁ……なんて、よそ見しながら現実逃避してる場合じゃない。


 ここで何をされるんだろう……俺は何にも知らないし、マジで何もわからない。この世界で生まれて三年しか経ってないから、この街の道だって把握してない。何を聞かれたって、俺じゃおもしろい回答は得られないぞ。


 それとも、人間を眠らせまくった罪で、裁かれるんだろうか……。なんでだよ、みんな喜んでくれてたのに。何の法律違反に引っかかったんだよ、俺この国の法律知らないけど。


 シーンとなった部屋の中で、俺はずっと羽交い締めに。周りの大勢のお兄さんたちもビシッと整列して、まるでこれから高貴なお方でも現れるかのような雰囲気だった。


「なあ、俺どうなんの?」


「わからん」


「へえ? わかんねえのに、ここ連れてきたの?」


「全ては、あの御方の意思次第だ」


 あのお方ときましたか。


 要するに、その身分の高い人がここに来ないと、お兄さんたちは何もできないわけか。だったら、その人が来ないうちに、ひと暴れするか? 靴屋のおじさんには悪いけど、俺もここでヤバい目に遭うのを、ただ待ってるわけにはいかないんだよ。服の下にいっぱい隠れてる妖精たちを守らないと。


 よ、よし、妖精たちに頼んで、天井近くまで跳んでみるか。天井に頭をぶつけるかもしれないけど、俺より背の高い兄ちゃんたちのが先にタンコブできるだろ。びっくりさせたその隙に、なんとか逃げ――


「おはよう。待たせたね」


 軽やかな青年の声だった。


 ノックもせずに、悠々とした足取りで誰かが部屋に入ってきた。うわ! 長くてすっげーサラサラの金髪、触りたいっ! って、一瞬にして魅了されてしまった。いかんいかん、よくよく見なくても変なところしかない変なヤツじゃないか。不自然に黒で統一されたダボッとした服装が、まるで正体を隠したいかのようだ。


 なにより、さらっさらの前髪の下のアレ……黒くて幅広な長い布で、目隠ししてるんだ。前、見えてるのか? 誰の手も借りずに部屋の扉を開けて、スタスタと目の前に来たから、どうやらしっかり見えてるらしい。


「おはよう、いたずら大好きな夜の妖精くん」


 顔を近づけられて気づいたんだけど、すっごいいい匂いがする〜。薬草系の爽やかで、ちょっと重たい甘めの匂いがする、飴にしたら売れそう。香水かな。


 俺は深呼吸したい衝動を抑えつつ、顔を背けた。


 ……いい匂いに誘われたのか、寝ぼけ眼の妖精たちが、服の下からわらわらと顔を出してきた。


「ねむーい」


「もう、なに〜? しずかにして〜」


 また寝てたのかよ! やばい、こいつらも捕まっちまうのかな。小さくていっぱいいるんだけど、この目隠しお兄さんの手下のムキムキも大勢いるから、一粒残らず回収されるんだろうか。


「わあ、こんなに妖精が出てきた。可愛いね」


 微笑んでる……この目隠しお兄さんも、妖精が見えるのか。なんでか見える人間と見えない人間がいるんだよな。見える人間には100秒の魔法を使っても効果がなくて超困る。この違いってなんだろ、体質?


「でも、私がお話したいのは一人だけなんだ。ごめんね」


 振り上げられた片手の動きがとんでもなくキレが良くて、気づけば思いきり胸をバスンッとビンタされていた。


 俺の服の下から悲鳴を上げて、わらわらと出てくるわ出てくるわ、俺が把握していたよりももっといっぱい出てきてビビった。


 そして俺を一瞥もせずに、閉まってる扉の下からスライディングして逃げてゆく。何かの工場の流れ作業でも見学してるかのような、茫然とそれを見送ってから俺はハッと我に帰ったよ、あいつらに見捨てられたんだと。


「まだ気配がする。あと一匹か」


 細い指が伸びてきて、俺の服の上から腹を押してきた。するとシャツのボタンの合間から、一匹。


「わあ! にげおくれたー!」


 おい! なんだその台詞は! 聞き捨てならねえぞ!


 俺の服の下に隠れていた最後の一匹が、野良猫の背中でたまに見かけたノミのようにピョーンとジャンプして、目の前の目隠しお兄さんの顔面に激突した。


「ふげっ」


 妖精は落下してゆく際に目隠しを掴んで、ひらひらとリボンのように振り回しながら床に着地すると、一目散に家具の下へと潜り込んでしまった。


「ああもう、何をするんだい。びっくりしたぁ」


 目隠しを盗られたお兄さんは、両手で両目を覆い隠すように眉間を押さえていた。ちょっと素顔が気になっちまって、俺はその手が外れるのを待ってしまった。


 まぶしそうに薄いまぶたを細める、その顔は……なんか、人形? 美形の西洋人そのものって感じで、悪く言えば職人さんが美を追求しすぎてやりすぎた傑作のようだった。綺麗すぎて、すごく気持ち悪いんだ。こんな庶民街にいるより、もっと華やかで人目の多い世界で生きてなきゃ浮きまくる美貌だった。


 それに、なんだあの目……光彩そのものがオレンジ色に光ってる。俺の持ってる幻獣の角と、光り方がよく似ている気がする。


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