第4話   素晴らしい朝のはずが

 あったあった、あのお店だ。しかも、ちょうどおじさんがお店の裏口から出てくるところだった。ああ、ここ、靴屋さんなんだな。あの時は暗かったから、わかんなかったや。バックヤードにはお客さんの足の形や大きさに合わせた木型が置いてあって、足首だけ並んでるみたいで、ちょっと怖い。


 おじさんは大きく伸びをしながら、店を開けてたよ。俺はそこに偶然やってきたかのように、ふらふらと近づいていった。


「おはよ、おじさん」


「うん? やあおはよう、うちの店に何か用事かな」


「ごめん、違うんだ。ただ、おじさんがすごくすっきりした顔で背伸びしてたから、なんかいいなぁと思って声かけただけー」


 おじさんが小さく「見ない顔だな……」とつぶやいたのが、なんとなく聞こえた。お客さんの顔とか、街の人の顔、結構覚えてる人なんだな。俺の事は、新規のお客様候補とか、そんなふうに思われてたら都合がいいんだけど。


「おじさん、よく眠れた?」


「ああ、かつてないほどぐっすり眠った。まるで真っ暗な海のそこに沈んで行きながら、ゆったりとくつろぎ、改めて自分の好きなことや将来のやりたいことについて、好きなだけ考えていたような時間を過ごしたよ。本当に良い眠りだった」


 へへー、おじさんめちゃくちゃ喜んでる。眠そうで険しかった昨日の顔とは、全然違う。


「これからお仕事なの? なんか、昨日やり残したお仕事とか、あったりするの?」


「あぁ、まぁ、ない事はなかったんだけど、もう終わらせたよ。ぐっすり眠ると、次の日の仕事がはかどるもんだね」


 ハハハ、とお腹を揺すって笑っている。うんうん、これなんだよ、相手がすっかり元気になってると、俺もめっちゃ嬉しくなる!


 ほんの少しの間だけ、「へへー」「へへっ」とニコニコ笑いあった。


 ……ん? あれ? この辺、朝は人通りが多い方なのかな。なんか、じわじわと人の気配が増えてきたや。やっぱり皆、朝は忙しいよなぁ。俺も前世で生活してた頃は、まずベッドから起きるのが大変だったし、朝の支度とかドタバタしない日はなかった気がする。


「そんじゃ、おじさん今日も一日がんばってな〜」


「なあ、きみ」


「ん? なぁに?」


 もう帰ろうかと思って、体を斜めに捻ってたから、また元に戻した。


 おじさんは、困ったようなハの字眉毛になってた。


「じつはね、昨夜この街の中で遅くまで起きていたのは、『私だけ』なんだ」


「へ? そうなの? こんなに広い街なのに、どうして自分だけ起きてたってわかるの?」


 どうしてそんなに困ったような顔して笑ってるのか、全然わかんなかった。これから厄介なお客さんとの商談でも待ってんのかな……? まあ、ぐっすり寝たんなら頭の回転も良くなるし、大丈夫だろ。


 でも、どうしてこのでっかい街で、自分だけが起きていたなんて言うんだろう。そんなの、街中のみんなで示し合わせでもしない限り、実現できるわけが――


「じつはねー、ここ数年、異常な眠気に襲われて、翌日すっきり起きられるっていう『困った事件』が、毎晩のように起きてるんだ。私は個人的に、それは良いことなんじゃないかなって思ってるんだけど、きみ自身の本当の狙いが、よくわからなくてね、調査に協力してしまったんだよ」


「え? 俺がやったと思ってるの?」


 なんでばれてんの……? さっき、街のみんなで示し合わせたって言ってたことと、関係してる系?


 ……あれ? なーんか、俺の周りを歩いてた男たちが、どんどん距離詰めてきたぞ。


 やば。


 根拠とかないけど、俺は今から追われる気がする。


 逃げろ!


 突発的に猛ダッシュで逃げる俺の背後から、バラバラとした足音を響かせて一斉に追いかけてくる、いろんな職業の格好した野郎ども。格好はバラバラでも、目的は同じ「俺を捕らえること」のようだ。え〜? 感謝こそされどさぁ、なんで俺を捕まえるのー? 俺はみんなのモノだから、お触りも独り占めもお断りだっての!


 それとも、あまりにもぐっすり眠りすぎて、リピーターできちゃったかな? 俺、もっと大勢の人を眠らせられるように、絶賛修行中なんだよな。リピーターさん、もう何年か待っててくれ。カミングスーンって言えるようになりたい。


 追っかけの目的が、本当は何なのか質問してる暇ないけど、絶対捕まっちゃいけない気がする。なんか、もみくちゃにされるってレベルじゃない、あの太さの腕。怖い。


 そしてあいつら、足が速い! 何かを追いかけることに特化した人間ばっかり集めたって感じ。運動会のアンカーを任されてたヤツって、こんな景色を眺めてたのかな、もう振り向いてる余裕ないや。


 本気出すぞ! この俺の、相棒たちがな!!(人任せ)


 人の服の中のあちこちでスヤスヤ寝ている相棒たちを、俺は適当に手で叩いた。もちろん潰さないように加減して。


「おい! お前たち起きろ! なんか俺、絶賛追いかけられ中なんだ。ちょっと人の役に立ちすぎたかな。人気と仕事を両立させるのってどうしたらいいんだろ」


「むにゃむにゃ……寝起きで人生そうだんなんかされても、わかんないよー」


「アルエット、つかれてるんだよ。早くおやすみ〜」


 そう言って、何の返事もしなくなった……。うそだろ、二度寝!? 大きな手で叩かれたり、今だって俺が走ってるせいで振動がすごいだろ! なんで寝てられるんだよ! あの師匠の弟子だからか!?


「おいおいおい起きてくれよ! こんなにいっぱい数がいるくせに、なんで誰も起きねえんだよー!」


 思わず空に向かって、喉をのけぞらせて絶叫した。


 それが良くなかったんだと思う。


 たぶん俺の声にびっくりして、周りの民家に住んでる人たちが外の様子を見るために、扉を開けて一斉に出てきちゃってさ、そして俺は足にブレーキをかけることが間に合わず、全身で扉にぶつかっちゃったんだ。


「ふぎゃ!」


「ふぎゃ!」


 俺とおんなじ悲鳴を、扉から外に出ようとしてた人も上げてた。自分が開けた扉が、外から勢い良く押されて閉まっちゃったんだから、そりゃびっくりするわ。


 もう一度扉を開けてみると、俺が大勢の男たちに両腕を掴まれて取り押さえられてたんだから、余計びっくりしたんだろうな、「どうしたんですか!?」って、思わず聞いてる。


 その問いに、俺を捕まえた男たちは、なんて答えたと思う?


「街一番の問題児を捕獲しました。これから説教部屋に連行します」


「はあ、そうですか……」


 さっきまで興味津々でぞろぞろと外に出てきてたくせに、今度は厄介事は勘弁だとばかりに、屋内に引っ込んでいく……なんだよ、ちきしょー! 今度お前らが不眠で悩むことがあったって、スルーしてやるんだからなー!


「おら立て! 行くぞ」


 俺はどこぞへとマジで連行されていった。前世の話になるけど、上級生が万引きで補導されたーとかクラスの噂で聞いた事はあった、けど、まさか俺が、人生初の連行をこんな所で経験するとは……


「俺なんも悪いことしてねーじゃーん!」


「うるさい! まだ寝てる人がいる時間帯だぞ、静かにしろ!」


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