第3話   もっと大勢眠らせたい!

 100秒間だけ、俺の姿を誰からも隠してくれるっていう便利な魔法だけど、これは一日に一回しか使えないんだ。本当は何日だって、何年だって、大人から見えなくしてくれる魔法らしいんだけど、俺の体が大きいせいで、100秒しか隠せないんだってさ、しかも一日一回だけ。


「だいじょぶだいじょぶ!(超食い気味) アルエットはそのうち、かくれなくても、だいじょぶになるからね」


 たまに妖精たちがこう言って励ましてくるんだけど、どういう意味なのか詳しく聞いても、いまいち要領を得ないんだ。まあ、隠れなくて良くなるんなら、人間の隙を突いてこそこそしなくて済むかな? 今よりもっと効率よく、たくさんの人を眠りに誘えるんなら、いいことなのかなぁ。


 今の俺たちじゃ、一晩につき一回、しかも一人しか休ませてあげられないもんな。


「そうそう、キミはもっとおおぜいの人間どもを、深い深い、とっても深ーい眠りに堕とさなきゃいけないんだ。そのためにも、ボクたちと修行をガンバろうね!」


 俺たちが拠点にしているのは、この街からかなり離れたところに、ふさふさと葉っぱが茂る森の中。人間は立ち入りが禁止されてるんだってさ。でも俺とこいつらは妖精だから、難なく入り込めちゃう。


 こんなにキレイな泉が湧いててさぁ、なんで立ち入り禁止なんだろう。キレイな景色だから、時間を止めるような感覚で、そのまま残しておきたいのかも。あ、その気持ち、わからなくもないかな。観光地にしちゃうと、たくさん人が来て、商売もはかどると思うけど、どうしてもさぁ、ゴミが出るんだよな、ゴミ箱を設置しててもさー……。ここの管理人は、そういうのがイヤなのかもな。管理人なんて存在するか知らないけど。


 ホタルみたいな虫が、いろんな色で点滅しながら飛び交ってる。それが夜の水面に映ってて、なんだか黒い水中にキラキラしたキャンディがたくさん転がっているみたいで美味そう。


「ねえアルエット、今日はねー、キミがこのお池の底から浮かんできてボクらのモノになってから、十六年になるよ。おたんじょーびおめでとう」


「おめでとう」


「アルエット、おめでとう」


「え? 俺まだお前たちと過ごして三年しか経ってないぞ?」


 十六歳って言ったら、たぶん、前世の俺の享年だと思うし……どうなってんだ?


 ってか、こっちの世界に誕生日を祝うなんて文化が、あったんだ。初めて祝われた。


「アルエット、三歳のおたんじょーび、おめでとう」


 言い直してるし。十六歳と三歳って、ドえらい数え間違えだな。


「ありがとな。うん、俺、今まで誰の誕生日も祝ってなかったよ、お前たちの誕生日っていつ?」


「ボクたちのおたんじょーびは、いつだっていいんだよ。でも、アルエットのおたんじょーびだけは特別なの。アルエット、だいすきだよ、いつまでもボクたちのモノでいてね」


「お前たちって、どうして俺だけモノ呼ばわりするんだ? 俺の事は、友達とか、身内とか、そんなふうに呼ばないのか?」


「アルエットは、ボクらのモノ」


「ボクらのモノは、ボクらのモノ」


 ……なーんか、話通じないなぁ。よくあるんだよな、こういうこと。


 まぁいっか、毎日誰かをぐっすり眠らせることが、俺の修行になるし、周りからも喜んでもらえるし。それに、前世で俺が患ってた過剰睡眠による日々の苦悩も、今ここでイイ思い出に昇華してやるんだ。


 幸いにも、この体は丈夫だ。ほんの少し休憩するだけで、またすぐに体が軽くなる。妖精たちも魔法で浮かせてくれてさ、もう俺どんな所にだってひとっ飛びで行ける。


 あんまり覚えてないけど、俺はこの泉から生まれたんだってな。じゃあさぁ、この泉が母ちゃんってこと? なんか実感沸かないけど。


 まだ前世の母ちゃんが、俺にとっての母ちゃんって感じ……。母ちゃん、ごめんな、大人になるまで生きられなくて。俺、珍しい病気だったんだよな。事例がすごく少ないから、薬も療法も、半ば人体実験みたいになってたんだってな。で、俺の弱い体じゃ、実験に耐えられなかったんだ。お医者さんもよくやってくれたよ。みんな、がんばってくれたんだ。


 ごめん 誰の期待にも 応えることができなくて


 今度こそ がんばる だから――がっかりなんて しないでくれ


 しゃがんで水面を眺めてみると、前世の俺と全然変わってない自分の姿が映る。学ランとか、パジャマじゃないけど、いくらこっちの世界の服装にしたって、俺は俺って感じ。体だけ妖精になっちゃってさ、本当はちょっとだけ、生まれ変わるならまた人間がよかったなぁって、思ってる。こいつらには内緒だけどな。


「アルエット、もうすぐ朝になっちゃうよ」


「そうなのか、早いなぁ」


「ハルだからね~。オヒサマが出るの、これからどんどん早くなるよ」


 この泉に、ほんのりと明るくなった空の色が映りだすと、なんだかすごく眠くなるんだよな。俺もこいつらも、夜行性の妖精なんだと思う。


 でも、まだ寝たくないからさぁ、眠い目をこすりながら、またあの街に行くんだ。あのおじさん、ちゃんと眠れたかなぁ、それだけが今日一番気になる。


「アルエット、今日も街まで行くのー?」


「ああ」


 本当はこのまま休んじゃいたいけど、我慢。眠い目をこすって、気分を切り替えるように立ち上がった。


「ただ眠らせて誰かの作業を妨害しただけーってなってたら、なんかイヤじゃん、そういうの。ちゃんと俺は役に立てたのかなーって、その確信が得たいわけ」


「ふーん……」


 興味なさげだな、こいつら。目なんか半分閉じたジト目だし。


「ボクたち、ねむいから服の下に入っとくね。おやすみー」


「え? いつもみたいに、俺が街に戻るのも手伝ってくれるんじゃないの?」


「てつだうよー。ボクらがいないと、アルエットはぴょんぴょんって近道できないし。でもねむいから、早めに用事すませて、早めに森に戻ってこようね」


「え? あ、おう」


「おやすみ~アルエット」


 なんの遠慮もなく人の服の中に入ってくるんだもんよ……めっちゃもこもこする。


 あーもう、服の下からイビキがぐぅぐぅ聞こえてくる。小さい妖精だから、人混みの中だとなんにも聞こえねえんだけど、たまに「ん?」って気付く人間がいるからヒヤッとするんだよな……そうなったときは、妖精を叩き起こして街からダッシュで森に戻ればいいってだけの話なんだけど、やっぱヒヤッとするのは心臓に悪い。


 寝てる妖精たちを起こすのも、なるべく避けてやりたいしさ。俺が気をつけて、目立たない感じで店に近づいてさ、さらっとおじさんの様子だけ訪ねて、すぐに帰ろう。


 なんか、前世で言うところの妖怪みたい。さらっとスネをこすって、さらっと去ってゆく、すねこすりとか言う妖怪。こっちの世界だと、前世の知識がぜんぜん通じなくて、いつもたとえ話に苦戦する。


 森でぼんやりしていた俺は、朝になると元来た道をよろよろと戻っていった。俺がすっきりした気持ちで熟睡できるかは、あのおじさんにかかっている。


 うぅ眠い……道中の話し相手もいないし、寂しいからフードを深くかぶって行こう。


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