第6話 仕事を頼むって態度じゃねえ!
不思議な虹彩したお兄さんは、満月が急に欠けたみたいに微笑んだ。
「いやはやまさか、こんなに大きな妖精さんを捕まえられるとは思わなかったよ」
「ウソつけよ、おっさんを囮にして俺をがっつり罠にはめたじゃねえか。ほんとに捕まえられると思ってなかったのかよ」
「ふふ、妖精が見えない人も多いんだってね。でもみんな、君が本当に存在するって信じちゃうくらいには、被害が多かったからね。これはちょっと、多少王様に無理を言って税金を無駄遣いさせてもらってでも、君を捕まえないとなぁって、つくづく思ってたんだ」
うーわ、ほっぺた触るなよー。お医者さんの触診以外で、あんま他人に顔とか触られたことねえから、なんか怖えよ。
いだだだ! 引っぱんな!
「いひゃいって! はにゃへお」
「あれ? 君、もしかしてただの人間?」
今度は両手で両ほほをムギュッと挟まれた。今の俺、きっとタコみたいな顔になってる。
「抵抗できないのかい? 君はなんでもできる無敵の妖精というわけではなさそうだね」
赤くなった(こいつがつねったから)ほっぺたを、自分の手で包み直して、大事そうに俺の顔を上向かせた。こいつ、DV彼氏とかになるタイプなんじゃねえの。
ここで相手のツラにツバを吐くような、威勢の良さと品の無さを発揮できたらな。なんでかこいつにはそんなことしちゃいけねえ気がする。もーっとくっっっそ面倒くさいことに発展しかねん気がする。気のせいかもしれねえけど。
うぅ、ねみぃ……夜行性の俺に明るい時刻は眠くてしかたねえ。なんか、こいつの目に覗き込まれてると、太陽でも顔に浴びてるみたいにあったかくなってきて、よけいに眠気が……こんな状況なのに眠いだなんて、まるで……前世の俺だ……。
眠くて、悲しくなってきた俺と、おでこをくっつけてきた。周りにいた強面兄ちゃんたちが露骨にどよめいて「王子、それ以上は謹むべきです」なんて忠告してら……。
王子サマは「大丈夫、この子は素直でイイコになるよ」とか言いながら、俺の耳をゆっくりと塞いだ。
まるで二人っきりの空間になったかのような、そんな音の響き方になる。
「なぁんだ、眠れない私のことを、すぐに眠らせてくれるのかなって、ほんの少し期待してたんだよ? なのに、君は一人になったとたんに、妖精なのかなんなのか、わかんなくなっちゃったね」
なっちゃったね、じゃねーよ、俺はちっちゃい子か。なんでそんなに優しい語り口調なんだよ、俺よりニ十センチくらい背ぇ高いからって。
「でもまだ何か隠してるかもしれない。着てる物全部、脱がせてもらうね」
……え?
ええええ!?
「ちょ、なんでだよ!? あ、おいっ、シャツのボタン外すなよ、やめろって!」
「おやめください、王子」
あ、助けてくれんの? そこの兄ちゃん。
「我々にお任せを」
交代するだけかよ!
もおおお! なにが楽しくてムキムキの野郎どもに剥ぎ取られなきゃならないんだよ! 大暴れする俺だったが、四肢をそれぞれ押さえているヤツが四人、上を脱がせに取りかかるヤツが二人、腰ポシェットを外すヤツ一名に、下着ごとずり下ろす係が二人……靴下まで、キレイに剥がされた。
俺はカワハギという魚が、漁師にあっけなく皮を剥がれて調理されてゆくテレビ番組を、走馬灯のように思い出していた。
マジか……マジで全裸にされた。
こいつら変態だ。そして俺の前にしゃがんで観察しながら「へえ、私たちと変わらないんだね」なんて言ってるこいつは、紛うことなきド変態だ。
こめかみに青筋が浮かぶのを感じた。ぜっっったいにこいつの眉間にツバぶっかけてやる! そのために準備しようと口をもごもごしていて、ふと、あの太陽のようなキレイな両目がじっくりと俺のを観察し続けている光景に気付いて、別の意味で吹き出しかけた。
オムツ替えてもらう赤ちゃんですら、こんなに長時間観察されないだろ。これが人間の扱い方なのかよ……あ、今の俺は妖精だったな。
え……じゃあ俺、この世界だと誰からもニンゲン扱いされねえってこと!?
今まさにそんな扱いをされてる……なんでだよぉ、俺がんばってみんなの役に立ってたのに……
ああ もう 眠い
頭が 重たい
まぶたも 閉じようとしてくる
なんで 俺だけ いつも……
「起きてくれ、妖精くん。私は君に、とても大事な用があるんだ」
……ふえ?
あ、寝てたのか、俺。こんな状況で寝るなんて、我ながら危ねえ。
って、起き上がれねえ! こいつら俺が寝こけてる間に、床に押さえつけてる! 卑怯だぞ! 人が寝てるときに。
傍らにヤツがしゃがんで見下ろしてやがる。今度こそツバ吐いてやる! こんなことになるってわかってたら、最初に吐こうか迷ってた時にとっととやっときゃよかったぜ!
寝たままの体勢で相手のツラに届かせるには、練習が全く足りなかった。自分の顔にかからなかっただけマシだ。もうこいつの靴でもいい、何かしらの仕返しがしてえ!
「はなせ! はなせよ、この!」
「私は子供の頃から、絵が上手だねって褒められてきたんだ。それで調子に乗っちゃって、いつの間にやら、こんな手配書まで描けるようになったよ」
「なんだよ、のんきに自分語りなんか始めやがって、手配書だぁ?」
意地でもじっと聞いてやるかと、しばらくバタバタと身をよじっていたけど、手足をしっかり押さえつけられてて、びくともしない。
だいたい手配書なんかいきなり見せられたって、なにがなんやら……うーわ、絵ぇ上手いな、写真みたいだ。リアル過ぎて、呼吸してるような目の錯覚が起きる。描かれてる二人も、このド変態王子サマに負けず劣らずのすんげえ目力。眼力だけで、ケンカ無敗しそう。
持っていた手配書の上から、二つの太陽がぬっと昇ってきて、油断していた俺はまたも吹き出しかけた。
「この街で我々人間と共に生きていきたいのだったら、この二人を、この城下町から……いや、この国から追い出す手伝いをしてほしいんだ」
「ってか、あんた誰? 名前もなんにも名乗ってねえじゃんかよ。なんで俺に頼むの?」
そうだよ、なんで俺に頼むわけ? こんなにムキムキがいっぱいいるのに、わざわざ俺なんか捕まえて。ムキムキに不可能なことは俺にもできねえよ。
王子サマが、床に視線を落とした。手配書もくるくると巻いて、懐に片付けてしまう。
「……君にしか、頼めないからだよ。この二人は本当に強い。私じゃ無理なんだよ、だから、君が無理やりにでも、外の世界に連れ出してやってね」
「やだよ、俺そいつらに恨みなんかねえもん。俺の能力を、人助け以外に使うわけにはいかねえ」
「能、力?」
「首を傾げるな! 俺は、その、アレだぞ! 本気出したらお前らなんか――」
「へえ、こんな格好で地べたに拘束されてるのに、まだ本気出さないんだ。すごい余裕だね」
うう……俺一人じゃ何もできないのがバレてる。こいつ、一からこつこつ調査していくタイプだな、
こんな格好で思い出したんだけど、盗られた俺の服とかポシェットは、どこやったんだ?
頭だけで部屋中を見回すと、扉の付近で、ちょうどポシェットの中に手をつっこんでいる強面兄ちゃんを見つけた。
「王子、こんな物が出てきました」
「なんだい、それは。貝殻かな?」
ああー! お師匠の角が!
ソレめっちゃ大事な物なのに!
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