黒い箱

酸性元素

第1話

「西野くんが、好きなの。」

中学校の頃、そう告白された。

誰かも知らない、どこのクラスにいるかも知らない、不気味な女だったのを覚えている。それに対して、どのような解答をしたのかは覚えていない。ただ、嬉しさなどという感情は浮かばなかった。それだけは覚えている。


「……」

大学生、西野は目を覚ました。そろそろ講義がある、行かなければ。と支度をし、外に出る。

大学に進み、早3ヶ月が過ぎた。あれほど緊張していた一人暮らしも、慣れてみれば案外大したものでは無かった。

そろそろ、定期テストがある。正直言ってあまり良い成績ではない。なんとかして答えが得られないだろうか……そう思いながら、彼は大学へと足を運んだ。

「ねぇ…あいつ……」

「やだー。」

周囲から陰口が聞こえる。西野を指差してヒソヒソと、聞こえるように言っているのだろう。大学に入ってまでこのような行為をするとは、幼稚にも程がある。はあ、とため息をつき、西野は思う。

「……」

窓をぼーっと眺めつつ、西野は講義を聞いていた。なんだか今日は講義が頭に入らなかった。高校、大学に入って、友人は一切できなかった。元々根暗だった性格はさらに根暗な物となり、周囲から煙たがられるようになった。


鬱々とした気分を抱えながら、西野は家へと帰る。

大学のテストをどうにかしなければ、と言うか金が欲しい、バイトでも探そうか。色々考えていた。すると突然、ピンポン、とチャイムが鳴る。

「…?」

西野はガチャリとドアを開ける。そこには、配達員が立っていた。

「お届け物でーす。」

軽い口調で配達員は言う。

「は、はあ……」

流されるがままに、西野は宅配物を受け取った。配達員が去ったのを見計らい、彼はドアを閉める。そして誰もいなくなった部屋の中で、宅配物をまじまじと見つめた。

それは、黒い箱だった。一才の隙間なく黒く塗りつぶされた、段ボールの箱。

恐る恐る、開けてみる。

そこには、大量の金と資料が用意されていた。

「これは……!」

パラパラと、資料をめくる。その中に、赤い丸が所々記されていた。

金の方へと目を運ぶ。30万円はあるだろう。

どう言う事だ、これは。受け取って良いのだろうか。不気味に思った西野は、部屋の隅へと宅配物の中身を追いやる。

「……寝るか。」

時計を見ると、もう11時だ。考えるより寝た方が早い。西野はその日は眠りについた。


だが、彼はとある異変に気がつく。

大学の講義の内容が、渡された資料と全く同じなのだ。ハッと西野は思い出す。

金とテストの内容を、俺は欲していた。まさか、資料の中の丸。あれは……

まさか、と思いつつ、赤い丸で囲まれた部分を見る。どうせテストまで3週間だ。やれるだけやっておこう。半信半疑のまま、西野は赤い丸で囲まれた部分を頭に入れた。

そして信じられない事に、テストの内容は、まるっきり赤い丸で囲まれた部分と同じだった。欲したものが、あの日届いた。だとすれば………

「100万円がほしーい……なんてね。」

ポツリと西野は呟く。

すると次の日、やはり100万円は届いた。

「こいつは……マジもんだぞ!」

彼の中には、嬉しさと恐怖が同居していた。

これなら……

その日から、彼はあらゆるものを欲した。

金から始まり、アクセサリー、雑誌と、大きいものから小さいものまで。

どうやら黒い箱は、11時に届くらしい。

「ねえねえ、どっかいかない?」

突如、同級生から話しかけられる。

チャラチャラしたものを身につけていたからだろうか、段々人が寄ってくるようになった。

そこから、毎日遊ぶようになった。孤立していた自分の人生に、明るさが灯ったような気がして、楽しかった。

その日もまた、西野は街を友人たちと街を練り歩いていた。すると人混みの中に、長髪の女が見える。

「……?」

気のせいだろう、と彼は目を逸らし、人混みの中に紛れていった。

「ねーねー、これやらない?」

クラブで突如差し出されたものは、白い粉だった。

「え………」

どう見たって麻薬だ。

「ね?やるっしょ?」

仲間は西野に顔を近づける。

結局同調圧力に屈することができず、薬物を吸うハメになった。

そこから、徐々に転落を始める事になる。

毎日薬物のことを考え、黒い箱には薬ばかりを欲するようになった。

あれがないと、あれがないと俺は………

「はあ…はあ…はあ……!!!」

必死で薬を吸った。友人との取り持ちの為、とにかく無我夢中で。

だが、彼はある日、とある陰口を耳にする事になる。今までとは違う、聞こえないようにする陰口だ。

「あいつ……ぶっちゃけどう思う?」

「え?ただの馬鹿だろ。金出してくれるからつるんでっけどさあ……それなかったらとっくに見捨ててるべ!」

ギャハハハハ、とかつて友人だったものたちの笑い声が響く。

その日は、泣きながら家に帰った。ふざけるな。ふざけるなふざけるな。俺はお前たちのために薬までなったんだぞ。もう後戻りはできないんだぞ。

その怒りの矛先は、やってはいけない方向へと向いた。

「そうだ……黒い箱、お前あいつら殺せ。あいつらの死体を持って来い!」

本気じゃ無かった。本気で言ってなんかいなかった。

だけど次の日、本当に届いてしまった。

3つの箱に、奴らの死体がギュウギュウに押し込められていたのだ。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

腰が抜けて動けない。腐臭を防ぐための、なんの名前かもわからないものが箱の隅には敷き詰められている。

「なんとか……しないと……なんとかしないと……」

その日の夜のうちに裏山へ向かい、無我夢中で死体を埋めた。その後は、身体中についた血を拭うのに必死になった。

彼らの死は、行方不明として片付けられた。

どうやら彼が死体を埋めたことを誰も知らないらしい。

その日以来、自分は大学に行けなくなった。

毎日引きこもる日々。怖い、警察が俺を捕まえにくる。そうやって怯えていた、そんな時だった。

ピンポン、と再びチャイムが鳴る。ビクッと肩を跳ね上げる。

恐る恐る扉を開けると、そこにいたのは、綺麗な女性だった。

「あのー…隣の……西野さん……ですよね?夕飯作り過ぎちゃったので……どうですか?」

きっかけは、それだけだった。彼女とはどんどん距離が縮まっていき、やがては恋人になった。

小沢美穂、と言う彼女は、西野の心を潤すに至った。だが、彼には打ち明けられない秘密があった。

黒い箱。それを知られたら、どうやって言い訳しよう。

薬物の依存を断ち切れていないことを、どうやって説明しよう。

兎に角、家に泊まるような事はしなかった。バレてしまうから。

だがとある日、バイトから帰った彼は、部屋を見るなり仰天する事になる。

「み、美穂……なんで…?!」

既に時計は夜10時を回っている。

西野は必死で彼女を隣の部屋に帰そうとする。

「ち、ちょっと帰ってよ!」

「なんで?たまにはいーじゃん。」

「ま、まずいんだって…」

「どうして?」

「そ、それは……」

「黒い箱、でしょ?」

彼女の口から出た言葉に、西野はピタリと動きを止めた。

「ねえ、西野くん。西野雄一くん。覚えてる…?」

そうだ、見覚えがある。この女。俺が中学校の頃に告白してきた女じゃないか。

「私、雄一くんのためになんでもやったんだよ?……雄一君が殺して欲しい人たちも、沢山殺したんだよ?」

美穂は、女はジリジリと西野に近づく。

「く、来るな!」

西野は床のものを投げる。

そうだ、あの日、人混みに紛れていた女……それも彼女だったんだ。隣の部屋から、俺の言葉や行動を観察していたんだ。

「そしたら雄一くんったら焦っちゃって……山に死体、埋めたでしょ?……私さ、雄一くんと一緒にいる方法、思いついちゃった。

一緒に捕まろ?雄一くん。捕まって一緒に死の?もう、警察呼んだから。」

「あ……ああああああああ!!!」

無我夢中で、彼女を殴っていた。

「雄…くん…」

死体が何かを喋っている。死体が何かを喋っている。死体が何かを喋っている。死体が何かを喋っている。死体が何かを喋っている。

ひたすらに殴った。兎に角、息の根を止める事に必死になっていた。


あの時、告白された時、何を返したのだろう。そうだ、肯定したんだ。その告白を、受け入れたんだ。だけどクラスメイトにからかわれた俺は、こう答えてしまった。

「誰があんなのと付き合うかよ!」

ああ、俺があんなこと言ったから、彼女はこうなってしまったんだ。

警察のサイレンが外から響く。

身体中に血液をつけながら、西野は発狂した。その時、ピンポン、とチャイムが鳴った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

黒い箱 酸性元素 @sanseimotonari

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ