第6話

 事情が分かったとして、どうってことはない。寂しい気持ちにはなったが仕方が無いし先生のように探偵ごっこをするつもりもない。とりあえずお礼を言って帰宅することにした。

 成人式へとやってきていた顔と名前が一致する友人たちとは連絡先の交換をしたし、ついでに先生も。今の会社がどうかは知らないが一般的に転勤していくなら最低三年ごとだということなので、ある程度は交友関係を作っておいた方がいざという時に必要となるだろう。


 ・・・先生とは、となりそうだ。


 子供の時のイメージと全然違っていて、別人かと疑ってしまいそうになる。てやつか。確かに僕も職場とプライベートでキャラは全然違う、かもしれない。


 用事を一通り済ませて家に帰るともう夕方でした。自宅玄関通路から見える海はキラキラと夕日が反射して大きな万華鏡を覗いているかのようにキレイだった。そんな景色に酔いしれながら通路を歩いていると、僕の部屋の前であの男の子が座っていて驚きを隠せなかった。ここ数日はそういえば見ていなかったので、存在が僕の中で薄くなっていたのだけれど・・・そう、もしかして『トオル』なんじゃないのかと気がきでない考えが拭えなかった。だから僕は思い切って

「トオル?」

 疑問形で聞いてみた。そんな訳は無い。トオルは死んだと聞いてきたばかりだしお墓にまで行ったんだ。トオルな訳がない。


 男の子は僕の問いかけには返事や反応を見せずに、首だけをこちらにゆっくりと向けて、すっ、と消えていった。

 これで間違いない。トオルだと確信した。この時はトオルが僕の所に姿を見せに来てくれたんだ思った。そうだ。今でも友達だよと、そう言いたかった。直ぐに気が付かなくて申し訳なかった。成長期が早い男の子は身長は勿論、筋肉や体毛、顔つきや肌感も子供の時とは全体的に大きく変わるものだが、親友ならそんな言い訳なんて関係ないものだ。

 おもむろに僕はまた、よく一緒に遊んだ思い出のある公園へと走った。理由なんてのは無い。なんとなくだ。トオルはそこでまた僕と遊びたいんだと思った。そう感じたんだ。少し童心に還ったようにはしゃぎながら向かっている自分にこの時は気づけなかったが、気分とは裏腹に太陽はどんどんと沈み周囲は暗く夜へと誘っていった。


 公園に着いたころには完全に夜となり、その公園は中央の広場にある大きくて強いライトが燦々と輝き目立ち、周囲の道路沿いに点々と外灯の明かりがあるだけでその他は不気味に暗く潜んでいる。冬の公園は動植物が眠り生命の息吹を感じることは無く、枯れた草木が積もる地面と春への再起を待つ木の幹たちが無機質に凍えるように立ち並んでいる。

 そんな殺風景で深々とした空間の中で、一人が滑れる幅の一般的な滑り台の下にトオルは立ち尽くしていた。


「おい、トオル。僕だよ、分るか?ごめんな、記憶が子供の印象のままだから直ぐに分からなくてな」


 目には涙が溢れそうになりながら手を差し伸べようとした瞬間、トオルが僕の方へと駆け寄ってくる。普通なら男同士で恥ずかしいと感じるが、そんなことは気にせず駆け寄ってくるトオルを抱きしめようと両腕を広げる。しかしトオルを掴むことは出来ずに身体をすり抜けていった。

 はっ、として振りかえると、ナイター照明のように強く当たる広場の真下で見覚えのある姿のトオルがうずくまっていた。小学生の時の姿で泣いている。服は泥だらけで膝や肘は擦り剝いていて傷だらけだった。


「お、おい、トオル・・・・・・」


 僕はもう泣いていた。うずくまるトオルのその姿で察しがついた。痛かっただろう、辛かっただろう。僕が居てあげていれば・・・・・・

 僕にとっての楽しい思い出の公園は、トオルにとっては最悪の思い出に変わっていた。滑り台から滑るのではなく落ちるトオル。ジャングルジムに縛られているトオル。ブランコの下に仰向けに寝かされているトオル・・・・・・


 僕はトオルと同じように、公園の広場でうずくまり何時間も泣いていた。

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