第65話 不明な感謝




 たまにアドバイスを貰いながら、黙々と作業を続けていると、清瀬がカフェにやって来た。


「すまんな。俺の用事に巻き込んでしまって……」


「そのくらいなら別に問題ないよ。それで確か……作詞だっけ? をするんだよね?」


「ああ、それであってる。初心者には相当難しくてな。こうやって手伝ってもらってるんだよ。」


「……取り合えず作業に取り掛かろうか。間に合わなくなるかもしれないからさ。」


「そうだな。助かる。」


 それから清瀬は俺が送った動画を事前に確認してくれたようで、何も言わずに黙々と作業に取り掛かり始めてくれた。

 ますます俺がやらない訳にはいかなくなったな。

 そんなことしたら周りに悪いし。

 そう思った俺は更に作業にのめり込んだ。

 のめり込んだは良いんだけど……


「全然分かんない!」


「でしょうね」


 俺がついに我慢していた言葉を放出すると、羽村はそう返してくる。

 もう少し気を遣ってくれても……とも思ったが、よく考えなくても初心者がやるような芸当ではないし、全ての教科の中で、現代文だけ少し点数が低め(誤差範囲)の俺がやるようなことではない。

 俺よりもそういうのに才能があるやつか、文才があるやつがやればいいと思う。

 とは言え、今更文句を言っても仕方がないのだが。

 正直半ば押し付けられたような形なので納得はいかない。


 ……取り合えず考えないと。

 えっとこの部分の曲には……この言葉か?

 でもそれだと何か違和感が拭いきれない。

 ……やっぱりもっと愚直に表現すべきか?

 いや、それだともっとおかしくなる。


 本当に分からない。

 だってペンが一つも進んでいない。

 まるでやったことない範囲の問題をテストで出されるような地獄を感じた。

 正直言って相当マズい。

 これだと俺が足手まといだ。

 いや、最初から足手まといだったわ。

 ……ともかくこれ以上足手まといになるのは避けたい。


 どうにかしないと……

 でも無駄に韻を踏ませても余計に初心者っぽくなるだけだし……かと言ってそれ以上の方法が思いつかない。


 取り合えず大量に用意して、それをくっつけて作ってもらった方がマシか。

 まあ、それって実質頼りきりにしてるのと何も変わらないけども。

 そう思い作戦を変更した俺は、ペンを走らせた。


 しばらくすると、日野さんがトイレの方から戻ってきた。

 1から化粧するのならともかく、化粧直しでそんな時間がかかるものなのかと疑問に思ったが、実際に本人がそこまで時間をかけたのならそうなのだろう。


「ごめん〜〜トイレしててさ。で、天川ーどこまで進んだ?」


「うーん……まあ結構書いたけど全体的に微妙感が拭えないって感じ。なんだろう……明らかに初心者が書いた的な?」


「そりゃあまあ、天川って初心者じゃん。大丈夫私が後から直すから。余りにも酷いと直せないけどね?」


 少し口調が変わったか?

 何か気持ち柔らかくなった気がする。

 ……気のせいか。


「えっと……何かごめん」


「どうして急に謝んの? 意味不明過ぎて少し笑うんだけど」


 いや、だって俺ただの戦力外じゃん。


「まあ、お互いに頑張りましょうお兄さん。私もそれなりに助力しますので!」


 と言っている羽村も途中から申し訳なくなったのか、作詞を始めている。

 チラッと覗いてみたけど俺の書いたものよりも完全上位互換だった。

 ……本格的に足手まといだな、これ。


「……取り合えずありがと」


「えっ?」


 そんなことを思った矢先、日野さんが囁き声でそう呟いた。

 えっと……何に感謝してるんだろう……

 俺感謝されるようなことしたか?

 いやない。

 俺が感謝することはあれど、日野さんが感謝するようなことは無いはずだ。


「何急に驚いてんの? ほら手止まってるよ」


「あ……すまん」


 本当になんで感謝されたんだろう……謎で仕方がない。

 まあ、気になっても無駄だろうし普通に作業しよう。

 この何の意味があるかも分からない詞でももしかしたら役に立つかもしれないし。


 そう思いながらも、どこかその感謝に引っかかり続けながら作業を続けるのだった。

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