第31話 日野兄妹




 二人とも気が気でないようだった。

 流石にあの兄妹喧嘩を大勢の人たちに見られたのが恥ずかしいらしい。


「で、会長と日野さん。思う存分喧嘩していいよ」


 二人ともポカンとした顔をしている。

 なぜだろう。俺はこの人たちの喧嘩を止めたかったのではない。

 むしろ喧嘩はいつも相手に感じているストレスを吐き出せるいい機会だと思っている。

 確かに喧嘩には互いに雰囲気が悪くなるだけで止めたほうがいいものもある。


 あれはそうじゃない、最も近いのは痴話喧嘩だろう。

 だから止める必要はない。


 しかし、あの場で目立つのはよろしくない。

 だから俺は喧嘩を止めた。

 なのにポカンとされるとこちらが困惑してしまう。


「「…え?」」


 その反応も困る。

 ポカンとした顔と変わらないじゃないか。


「え?って何がだよ。」


「いや、普通あの場に入る理由って目立ってたのもそうだけど、喧嘩を止めるのが一番の理由じゃないかな?というかあれは喧嘩じゃないけどね。」


「は?喧嘩じゃんか。クソ兄がついて来ようとするのが問題で…」

 

 ここは何とか場を和ませなければ。

 あ、そうだ。ここは堂川のマネでもしてみよう。


「会長…同志だったんですね。これからはため口で話そう。同じ兄として!」


「まさか君もか!ああ、同志よ!俺たちは一心同体だ。」


 流石にそこまで言われたら引くよ?

 俺は会長みたいなシスコンじゃないし。(本人目線)

 至極真っ当で、人並みの感覚を持った俺はシスコンなんかでは絶対ないだろう。

 特に凝った返しもしないでいいだろうし適当に返すか。


「同志ではないので、遠慮しとく。」


「何変なことしてんの?普通にキモいんですけど。」


「謝っておくよ。キモチ悪いお兄ちゃんだと、その妹は嫌だろうしね、柚歌ゆずか?」


 ゆずかって誰?

 俺は知らない名前に目を点にした。


「ゆずかさんって誰?俺知らないんだけど。」


 次は信じられないって顔をした。

 本当に二人して表情の移り変わりが激しいな。

 俺も乃愛とこのくらい息ぴったりだったらなぁ…


「…君、それ本当に言ってるのかい?うちの可愛い可愛い柚歌だよ?あり得ない。」


 急に会長が俺を睨んでくる。

 正直めちゃくちゃ怖い。


「私もショックだよ~w」


 絶対にこの状況を楽しんでますよね?

 というかそんな暇あるの?さっき日野さん、友達と遊びに行くとかなんとか言ってたよな。

 時間大丈夫なのかよ。


「ほら、柚歌がショック受けてるじゃないか。どう責任取ってくれるのかい。」


「クソ兄。冗談で言ってんの。分かるでしょ?こんな事私に言わせないで欲しいんだけど。」


「ごめんね。柚歌の心が傷つけられたって思うと居ても立っても居られなくなってさ。」


「うわっ。キモっ……」


 あれはきっとすごい心にダメージが来てるな。

 真顔のガチトーンで「キモっ」だよ?

 兄としては傷つくこと間違いなしだろう。

 俺がやられたら軽く二日間は寝こむ自信がある。


「…………………そんなこと言わないでくれよ。寂しいじゃないか。」


 …これ絶対相当ショック受けてるよな。

 ドンマイだよ会長さん。


「俺そろそろ失礼していい?乃愛とその友達と約束してるから早く帰らないといけないんだよ。だから一刻も早く帰りたい。」


「うわっ。こっちもシスコンだった…」


「うっさい。それに日野さんだって友達のところ行かないといけないだろ。時間は大丈夫なのかよ。こんなくだらない事を言い合ってる時間あるのかよ。」


「あっ、すっかり忘れてた…やっばぁ~。ごめん先急ぐから。じゃあね。」


「ちょっと待ってくれよ…柚歌ぁ………」


 さっきの一言で走る気力すら失ってしまったらしい。

 会長はフラフラとしながら、小走りをしている日野さんよりも圧倒的に遅いスピード、例えるならビデオのスロー再生くらいの速さで追いかけている。

 実に哀れだった。


 俺はその場に残されて立ち尽くしている会長を横目に、自転車に乗って家まで駆けだした。


__________________________



「乃愛あぁ~たっだいまあ。ちゃんとお兄ちゃんを待っていてくれた?」


 家に帰って来て乃愛に癒しを求めた。

 そうやってしまったのだ。

 乃愛の友情のために我慢しようと決心したのに。


「お帰り。遅いよお兄ちゃん。待ちくたびれた。」


 少し言い方は強いが、さっきの日野さんの態度と比べると大分柔らかい態度だ。

 本当に俺の妹が乃愛でよかった…

 そんなことを思っていると羽村さんが俺目掛けてぶっ飛んできた。

 ぶっ飛んできた?


「痛っ。何するんだよ…急に突撃してくるのは乃愛だけで充分だから。むしろそれ以外はイラッとくるから。今度からはやめてくれ。痛た…」


「何か今のおっさんぽいですねw」


「うっさい。あとそこどけ。」


「うわっ。酷いんですけど?さすがに女子に対してそれはないのではないかと。」


 そう言いつつもちゃんとどいてくれる。

 根は優しい子なんだよな…


「…ともかく今日って何する感じなんだ?」


「それはですね…お泊り会ですよ☆」


 はっ?何それ俺聞いてない。

 本当に俺の扱い雑じゃないか?荷物を届けに行かされたり、重要な情報を伝えてくれなかったり。

 本当にどうにかしてほしいものだ。


「お兄ちゃん、何神妙な顔してんの?とりあえず昼作るからお兄ちゃん手伝って。」


「おう!任せろ!」


 珍しすぎて嬉しい!マジか乃愛が俺を頼るとか奇跡か何かか?

 でもここで頼りがいのある姿を乃愛に見せなきゃ。

 とりあえずお兄ちゃんガンバっちゃうもんね~

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