第6話 傘と雨




 妹の手料理をウキウキで食べたその翌日、

 特になにもない1日を過ごし、部活を終えて帰る途中、雨が降り出した。

 幸い傘は持っていたので、傘を差す。


 しばらく歩いていると、雨で立ち往生している人を見かけた。

 

「すいません。もしかして傘とかなくて困ってたりしますか?」


「あ、はい。天気予報でも降水確率10%でしたし、まさか降るとは思わず…ってあのときの!」


「え?会ったことありましたっけ?すみません、人を覚えるのが苦手でして…」


「あの時はうちの犬がご迷惑を…」


 あ~前の土曜の飼い主さんか。そういえばあの犬可愛かったな。また会いたいな。


「あ、あの時の…同じ学校だったんですね。それよりもライちゃん元気ですか?」


「元気ですよ。元気すぎて困っちゃうくらいですよ。」


「そうですか。それならよかったです。」


「あ、あの時のお礼とかって…」


「別に要らないですよ。前も言ったじゃないですか。逆にこっちが癒されたぐらいだって言ったじゃないですか。なので本当にお礼は結構です。あ。それならライちゃんの写真とか動画をここで見せてくれませんか。癒されたいので。」


「それだけでいいなら…」


 その後、俺とライちゃんの飼い主さんはしばらくライちゃんのかわいい姿を見て癒されていた。


「あ、俺もうそろそろ門限だ。帰らなきゃ。」


 実際にはまだ門限ではないが、俺はこの後この人に傘を渡す予定である。

 すなわちびしょ濡れになる。

 そんな姿を母さんにでも見られたらたまったものじゃない。

 そう思った俺は、少し早めに帰ることにした。

 もう少し動画とかみて癒されたかったが背に腹は代えられない。


「あの、それならせめて連絡先でも…」


「ん?何か言いました?俺少し急いでるのでここで失礼します。あ、この傘使ってください。俺の家すぐ近くにあるので。それでは。」


「え!?悪いですよ!さすがにそれは…もし家が近かったとしても濡れて風を引いたら困りますよ…あ…行っちゃった…」


 はあ。傘渡しちゃったな~…あ~母さんにまたどやされるのか…嫌だな~

 でも父さんでも母さんでも乃愛でも一緒のことやっただろうしな…

 これは普通のことである。(本人目線)

 別に何か特別なことをしたわけでもないけれど、強いて言うなら国民の義務に準ずるものに違いない。(本人目線)


 それならば、怒られても仕方ないのかもしれない。

 でも、俺は当然の義務を果たしたまでである。

 このことで怒ってくるのは勘弁して欲しい。

 やはり、世の中は理不尽だ。


 父さんも言ってたな~

「分からないことがあるなら聞いてって言ったよね」

 それで聞いたら、

「はあ、それぐらい自分で考えてほしかったんだけどな~」

 それでまた聞かずにやったら、

「ねえ、何でおれに聞きもせず勝手にやっちゃうかな~?」

 って昔バイト先で言われたって。

 なにそれ、どうあがいても無理じゃん。無限ループじゃん。

 詰んでるじゃん。

 

 本当に世の中は理不尽にできているものだ。

 だからこそ周りのみんなはやるべきことができた時、正しいことであると普通のことであると知っていて、行動に移せなくなるのだろう。

 それは仕方ないから俺は諦めている。

 最近の人は両親曰はく、疲れ切っているせいで普通のことが普通にできなくなっているらしい。

 そしてその同調圧力に負けて、他の人たちも行動できなくなるらしい。(両親視点)

 それならせめて俺だけでも普通であるべきだろう。

 一般的な視点からみたこうあるべき姿、つまり普通。(本人視点)

 それができる普通でまっとうな人間にならなきゃいけないと思った。

 でもあくまで普通。

 だから俺は平々凡々でいい。


 でも最近は俺の周りでイレギュラーが起こりすぎて困ったものである。

 これでは目立ってしまうかもしれない。

 でもやらなきゃいけないことを見つけたらやらなきゃだしな…

 だってそれが普通だろ?(本人視点)


「…ク、シュン」


 あ~怒られるの嫌だな~

 でも一般家庭の男子って結構怒られてるって聞くから、俺もこのくらい適度に怒られたほうがいいのではないかと思った。

 普通って難しいな。


「ただいまー…クシュ、ン」


「おかえり~お兄ちゃん。何その可愛らしいくしゃみw」


「え?そんな可愛かった?のあ的可愛いメーター的にはどのくらい?」


「ハイハイ、変なこと言ってないで早く着替えたらどう?びしょびしょじゃん。うけるw」


「は~いお兄ちゃんすぐ着替えるからねぇ~」


「なにそのしゃべり方?気持ち悪いからやめて。」


 わお辛辣~。もしかして思春期なの?それならショック…でもお兄ちゃんとして妹の成長を素直に喜ばなくては…でもショックだよ~


「突っ立てないで早く風呂入って。着替え置いてあるしすぐ入れるでしょ?びしょびしょのまま玄関にいたらまたママに叱られるよ。」


 それは困る。ただでさえ傘の紛失で怒られるところにさらに追加で怒られるのだ。

 さすがにそれだけは避けなければならない。


「わ、分かったよ。お兄ちゃんしばらくお風呂入ってるけどいい子で待っててね?」


「うっさい」


 本当に最後までお兄ちゃんを心配してくれなかった。悲しい…

 …くしゅん。


__________________________



「さ・い・と~傘なかったけどどこにやったの?もしかして無くしたとか言わないでしょうね?」


 風呂から上がるとそこに待ち受けていたのは、天使で最強のうちの自慢の妹、乃愛ではなく、鬼の形相でこちらをにらみつける恐ろしい母の姿だった。


「ぎゃ~」


__________________________


 そして翌日、俺は無事風邪をひいた。


「ヘッ、ヘッ、ヘッ、ヘックシュン!」

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