第4.5話 私のヒーロー ( side ‐ 望友 )




 私は急な転校が決まったばかりで正直心が不安定だった。

 こんな微妙に遅いタイミングで転校してきて友達ができないのではないかと思っていたのもある。

 しかし、それ以上に自分が新しい環境を受け入れられるのかが心配だった。

 

 小学生のころ似たような時期に急きょ転校になったことがあった。

 その時は友達を何人か作ることはできた。


 でも、一部の先生とのソリが合わなかったり、一部の女子から執拗にいじめられたりした。


 正直すごくつらかった。でも両親は共働きでいつも家にはいなかった。

 だから相談することもできなかった。

 それにただでさえ大変そうな両親に心配をかけたくなかった。


 だから最初のうちは嫌味や嫌がらせに耐えられていた。

 まだ軽い嫌がらせだったし、そこまで気にするほどのことでもなかったからだと思う。


 でもそこから嫌がらせは加速した。

 おいていった教科書がなくなったり、ロッカーにしまっていた縄跳びが壊されていたり。

 それだけではない。友達だと思っていた子たちにも無視されるようになった。


 それから私は不登校になった。

 本当に親には心配をかけたと思う。


 それでも中学からは普通に友達もできて、相手に合わせることばっかりだったけど、それなりにうまくやれていた。

 それに親友といえるくらい仲のいい友達もできた。

 私の過去を知ってもそれでもずっと仲良くしてくれて、夜遅くでも馬鹿話に付き合ってくれる、そんな友人だった。


 高校だってわざわざ自分のレベルよりも一つ高い学校を選んだ。

 その親友と一緒の学校に通いたかったから。

 そうして願いがかなって私はその親友と一緒の学校に入学した。

 そんな矢先の転校だった。


 正直言って信じられなかった。

 親友にこのことを伝えると心から悲しんでくれた。

 それでも私の努力も熱意も何もかもがぐちゃぐちゃになった気がした。

 残ることができたのならどれだけよかっただろうか。

 でも残念ながら私の家にそんなお金はあるはずもなかった。


 それからの私はずっと落ち込んでいたままだった。

 ふと、トラウマがよみがえった。

 きっと同じような状況だったからだろう。

 気分が沈み切っていたのもあって私は何も考えられなかった。


 先のことを考えると吐き気がした。

 だから学校のことも何も考えないようにしていた。


 でも今日はそれができなかった。

 転校先の高校に初登校なのもあっただろう。

 学校生活のことを考えずにはいられなかった。

 悪い未来しか想像できず、どんどん気分を沈めていった私は本当に何もできなかった。


 暗い顔で俯いている最中、私の下半身を触られているような感触がした。

 いつもの私ならはっきりと痴漢ですって言えてただろう。

 でもその時の私にはそれをいう気力も何もかもがなかった。


 本当に気持ち悪くてでも誰も気づいてくれなくて。

 そんな中一人の男の子が私に話しかけてきた。


「すみません、あの具合悪いなら席座っていいですよ。」


 彼は私にそういった。私の表情から気づいてくれたのだろう。

 私はとっさに彼の申し出を受け取った。

 私は同じ駅で降りた彼に感謝を告げた。


「別にいいですよ。具合が悪かったんでしょう?」


 彼なりの気遣いだと思った。それすら私にとっては嬉しかった。

 私は彼へ自分が痴漢を受けていたことを正直に言った。

 そうしたら彼はこんな私のことをすごく真摯に心配してくれた。


 でも、私は彼が下心から私を助けてくれたのだと思っていた。

 だから失礼だけどあまり彼のことを好印象には思えなかった。

 女性慣れしてそうな整った顔つきだったし、あまり信用はしていなかった。

 それでも何かお返しをしなくてはと思った。

 だからお礼の話をした。


 でも彼はそれを断った。


 よく見たら彼は同じ学校の制服をしていた。

 だから私は彼に一緒に登校するように誘った。


 でも当の本人はそこにはいなかった。

 彼は私のことをただの善意で助けてくれたんだってその時初めてわかった。

 ただ私のことを心配して、ただそれだけで私に真摯に向き合ってくれたんだって気づいた。

 そう思うと胸の高鳴りが止まらなくなった。

 初めての感情だった。

 彼のことをもっと知りたいと思った。


 私と同じ学校の男の子。

 名前も知らない、でも考えるだけで気持ちがあふれてきた。

 また会いたい。

 もう一度会って話がしたい。

 できるならこの気持ちを伝えたい。


 いつの間にか私の緊張も陰りも何もかもが消え失せていた。


 名前も言わず、ただ颯爽と助けてくれた私のヒーロー。

 絶対にこの感謝を伝えるんだ。

 そしてこの気持ちも…


 私は強く手を握りしめた。

 そこにはさっきまでの弱気な私の姿はなく…

…ただ何もかも晴れやかになった私の姿がはっきりと映っていた。

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