第49話 懇願
何をすればいいのかまったくわからないリコは、あてもなくとりあえず新宿に戻って来た。喧騒の中で立ち尽くすリコの手に握られたKARIMOの画面には、【オリンピックの金メダル(夏季限定)】という無情な文字。与えられたミッションは、残り時間が確実に減っていく中で、途方もなく困難なものに思えた。
そこでリコの頭に、ある考えが浮かんだ。
メダルを展示してある記念館みたいなものはないだろうか……。東京ならそういう場所があってもおかしくはない。
そう思ったリコは、新宿駅前の交番へ駆け込んだ。
「すみません、オリンピックのメダルが展示されている場所ってないですか?」
中年の警察官は少し驚いた表情を見せたが、
「えーっと、確か都庁でそういうのをやっていたんじゃなかったかな」
地図を取り出し、都庁への行き方を丁寧に説明してくれた。
リコはお礼を言って交番を後にし、走って都庁へ向かった。
第一本庁舎へ駆け込むと、一階の総合案内コーナーで、息を切らせながらメダル展示について尋ねた。
「以前は東京オリンピックのメダルの展示を行っていましたが、現在は終了しております」
職員は申し訳なさそうに首を振った。
「嘘でしょ。ねえ、本当に展示してないの?」
身を乗り出すようにして再度尋ねたが、答えは変わらなかった。
「そんな……」
立ち尽くすリコの目に、涙が浮かんだ。
目の前が真っ暗になり、意識が遠のきそうになる。
「オリンピックのメダルでしたら、もしかしたら日本オリンピックミュージアムで展示しているかもしれません」
「え? 何?」
「日本オリンピックミュージアムでしたら、」
「あるの? そこにあるの?」
「東京オリンピックの頃はそこでメダルを展示していたみたいです。現在も展示してあるかどうかはわからないですけど」
「どこにあるのそれは」
リコは叫ぶように尋ねた。
「国立競技場のすぐ近くにあります」
リコは礼も言わず、急いで都庁を後にした。地下鉄に乗り込み、五分ほどで国立競技場駅に到着。駅員にミュージアムの場所を教えてもらうと、一目散に走り出した。競技場を右手に眺めながら全力で走っていると、目指す建物が見えてきた。
「ここだ……」
リコは息を切らしながら、入り口へと駆け込んだ。一階フロアに足を踏み入れ、そのまま進んで行こうとすると、慌てて駆け寄って来た女性スタッフに「チケットを買ってください」と声をかけられた。
チケットカウンターで五百円を支払い、チケットを受け取る。
「二階から順番にご覧ください」
スタッフの言葉に従い、二階へと続く螺旋階段を駆け上がった。二階にはオリンピックの歴史を物語るさまざまな展示品が並んでいた。リコは一つ一つ見て回りながら、メダルを探した。しかし、なかなか見つからない。焦りが募る中、奥の展示スペースへと足を進めた。
そして、ついに見つけた。ガラスケースの中に、まばゆいばかりに輝くメダルが並んでいる。それは、日本で開催された1972年と1998年の冬季大会、そして1964年と2021年の夏季大会の金、銀、銅メダルだった。
「あった!」
リコは思わず声を上げた。安堵と興奮が入り混じった感情が、リコの胸に広がっていく。
そのメダルは、誰かが獲得したメダルというわけではないようだった。しかし、それぞれの大会で選手に与えられたメダルと同じメダルのはずなので、これは間違いなく本物のメダルということだ。このメダルをスタジオに持って行けば、当然認められるはずだ。
リコは辺りを見回し、近くにいた女性スタッフに声をかけた。
「すみません、あのメダル、貸してもらえませんか」
「はい?」
女性スタッフは目を丸くする。
「あそこに展示してある金メダルをひとつ、貸してもらえないでしょうか?」
「いや、それは、ちょっと……」
困惑するスタッフに、リコは食い下がる。
「お願いです。どうしても必要なんです」
しかし、スタッフは首を横に振る。
「申し訳ありませんが、展示品をお貸しすることはできません」
予想していた答えではあったが、簡単に諦めるわけにはいかない。
リコはその場に両手両足をついて、頭を床にこすりつけた。
「お願いします! どうしても、どうしても必要なんです!」
その姿に、周囲の人々も足を止め、驚きの視線を向ける。
「やめてください、困ります。そんなことをされても、無理なものは無理なんです」
スタッフは毅然とした態度で答えた。
そこへ、警備員が駆けつけて来た。スタッフが状況を説明すると、警備員はリコの腕を取って立ち上がらせ、
「申し訳ありませんが、こちらでは展示品をお貸しすることはできません。ご退出願います」
「なんでよ、あとで返すから、絶対に返すから!」
「そういう問題ではないんです」
「UKCって知ってるでしょ? あれで必要なの。だからいいでしょ、ねえ、お願いだから!」
リコは金切り声で叫んだ。
「お引き取りください」
警備員は冷静な口調で言って、リコを建物の外へと連れ出した。
リコはもう一度叫ぼうと思った。お願いだからメダルを貸してくれと。
しかし、目の前に立つ警備員の眼光に射すくめられ、言葉がまったく出てこなかった。リコはゆっくりと背を向けて、力なく歩き出した。
アスファルトの熱気がリコの足元から這い上がり、息苦しさを増幅させる。リコはうつむき、自分の影をじっと見つめた。その影はどす黒く、リコの打ちひしがれた心を映し出しているかのようだった。
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